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プロローグ

仕事は至って単純で、業と呼ばれる程の仕事の量もない。


阿他から見たら仕事といえるかも怪しいのが、アルプロの日常のようなものである。


「今日はこんなもんでいいか」


仕事帰り、いつものように業務用の食品を揃えた店でいつきは、食材を購入する。


両親が単身赴任で海外に出稼ぎに行っている為、マンション暮らしの彼は自炊生活を送っている。


帰りは夕陽が暮れる前といった一般企業のような中途半端な時間である。


空腹といった感情が芽生える前でもある為、帰り道に進ませる足取りは至って軽いもの。


暮らしていく為の賃金も賄える程、生活に不便はないが、ここのところのアルプロの実績も考慮した上で、給料が減給されるのも時間の問題といった状態。


次の企画をなんとしても成功させなければ未来はないといった想いを胸に、自宅の入り口を開けようとする。


ダダダッと扉を開けた途端に、何かが走ってくる音が聞こえる。


あんちゃんお帰りぃ!!!」


勢いよく、抱きついてくる短髪で色を茶色に染めた少女。


体型は小学生ぐらいで、笑顔が眩しいくらいに健やかな表情をしている。


「あぁ、ただいま。今日も取材忙しかったか?」


少女の頭を撫でながら、そのまま樹はリビングへと足を運ぶ。


「今日は際どいアングルでさ。カメラマンさんが完全に野獣の眼光だったよ、アレは」


中学生ながら読者モデルを務める樹の妹の華月かげつ


華月は主に中学生のファッションではなく、そのままの姿を活かした小学生のファッション雑誌の売れっ子モデルとして、日々の学校生活と共に自分のお小遣いを稼いでいるといった感じなのだろう。


華月本人も満足しているようで、中学生の雑誌であろうがなかろうが、容姿を活かした仕事ができている事に感謝しているようだ。


「兄ちゃん、今日の飯は何を作るの? カゲにお手伝いできる?」


「華月も疲れているだろうから、リビングで待機してていいよ? 料理が出来そうになったら緋鞠ひまりを呼んできてくれるか?」


元気の返事をする華月に笑顔を見せると、樹は食事の準備をし始める。


今、マンションに住んでいるのは樹を含めて3人、といっても後の2人はどちらも単身赴任の親から預かった義理の妹である。


運動神経抜群で明るい性格を武器に誰でも愛想を振舞う読者モデルの華月ともう1人のーーーー


にいさん、お帰りなさい。今日もお疲れ様です」


スッと気配を感じない程の存在感で、樹の後ろに現れた華月と体型はほぼ変わりない少女。


黒髪の長いストレートで前髪でいつも顔を隠している為、樹も出逢ってから一度も表情など確認したことがないといった、謎が多い子が樹の袖をグイグイと引きながら、存在をアピールしているのだ。


「あぁ、ただいま。今日は肉じゃがだけど、嫌いな食べ物とかあったっけ?」


「...にんじんが無理」


声が小さすぎる為に、樹はしゃがみ込んで耳元に相手の口元がくるようにと配慮している。


にんじんが食べれないとわかると、相手から見えるのかはわからないが理解したことを伝えるように頭を撫でながら笑顔で頷く。


撫でられたことが嫌だったのか、恥ずかしいのかもわからないが、すぐさまに華月のいるリビングに早足で戻っていく。


そう彼女こそが、3人目の同居人こと緋鞠本人である。


「緋鞠ちゃん、緋鞠ちゃん! 今日は肉じゃがだよ!? ちゃんと、にんじん抜くように言えた!?」


「...言った、けど...兄さんが、配慮して、くれ......」


実の姉妹でも会話に差ができてしまうのは、妹である緋鞠が社会に慣れていないという問題がある為である。


姉の華月は日常を桜花する現代中学生だとするならば、妹の緋鞠は社会不適合者という名の引きこもりという名目で置かれるだろう。


緋鞠はココに来てから、新しい学校に馴染めずに部屋に引きこもる毎日を送っている。


前にいた学校でも友達と呼べた関係は築けなかったらしく、転校先でもイジメという問題はなかったのだが、姉の華月に注目が集まった影響もあり、緋鞠の存在は無いも同然といった感じだった。


姉を恨んでいるわけでもないが、華月に対しても言葉が出ないらしく、口ごもりになってしまうのは人と話すのが苦手だからだという。


そんな緋鞠と出来るだけ、関わりを持とうと話しかける樹も未だに彼女のことを何1つわかっていない。


「出来たぞ。お皿運ぶの手伝ってくれ」


華月が率先して出来上がった料理を運ぶと、緋鞠は炊飯器からご飯をよそって樹に量を確認しようと、小さな声を一生懸命に振り絞るように発している。


樹も察したように返事をすると、緋鞠は3人分の茶碗を運んでいく。


並べられた食卓には彩り豊かな料理が広がっているせいもあり、華月が待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせている。


3人の着席を確認すると両手を合わせて、いただきますと掛け声をした後に箸を進めていく。


何気ない日常の会話の会話をしていく樹と華月だが、その中にどうしても踏み込めないといった感じの緋鞠の姿を見つめては、話題をコロコロと変えないようにと気を遣う様子が、話に混ざれない彼女に深く突き刺さっているようだ。


「そういえば、緋鞠ちゃん。アレはどんな感じになった?」


ふとした華月の発言に首を傾げる樹であったが、慌てながら姉の口を塞ごうとする緋鞠は、いつもと違って迫真の表情で卓の向かいまで一瞬で動いたようで、姉妹の団欒がそこには広がってる。


口を塞がれて、ギブアップといわんばかりに緋鞠の腕を叩いている華月の様子を見た樹は、2人を離すように緋鞠の身体を持ち上げて、落ち着くまで待つ。


普段はこんな慌てぶりを見せない緋鞠が、突然暴れだすとは思ってもみなかったのか、樹も半信半疑の目を向けている。


「...もう落ち着いたから離して兄さん。それと胸、触ってる.......」


涙目になりながらも小さく暴れる緋鞠を降ろすと、顔を赤くしながら部屋に猛ダッシュで戻っていく。


育ち盛りとはいえ、手に残る感触に驚いている樹の姿を見た華月が膝に向けて強い蹴りを入れる。


「っーーー!?」


「兄ちゃんのバカっ!!!」


膝を抱え、倒れこむ樹を見ながら膨れ顔で、部屋に戻っていく華月を痛みに耐えながらも追いかけようとするが、食卓に並んだ食べかけの料理に目を移す。


「まったく......。あの姉妹は本当に」


本当に似ても似つかない双子だと思いながらも、後片付けをするように樹は食器を洗い場に運んでいく。


食器乾燥機にそれぞれの食器をハメ込んでスイッチを入れると、そのままお風呂の準備と家事全般を担当するのが樹の仕事でもある。


中学1年生の妹2人は、まだまだ気ままな学生の気分を思わせてあげたいという気持ちでいっぱいなのだが、どうにも緋鞠が気になる。


華月はいつものように緋鞠にばかり、優しくしていると拗ねているだけなのだが、今日の慌てる姿は今まで見たこともなかった。


掃除を終えると、お湯を入れながら緋鞠の部屋へと樹は近づく。


何やら中で騒いでいるように聞こえはするのだが、こんなにもはしゃぐ緋鞠など知らないといった感じに啞然としている。


「誰と話しているんだ? 緋鞠に友達なんているなんて聞いたことないぞ?」


ゆっくりと部屋を開けると、パソコンに向けて何かを話しかけるように画面に可愛らしい女の子の絵を映しながら、嬉しそうに大声を上げて笑っている。


こんな一面もあったのかとホッとしながらも、樹はベッドの上に座ってその様子を眺め始める。


「じゃあね、みんな! 明日はもっと、もーーっと色んな絵を描くから見に来てね? バイバーイ!!」


パソコンに手を振りながら、元気な声で別れの挨拶をする緋鞠は、パソコンのスイッチを切って背伸びをする。


「緋鞠もあんなに楽しそうに話すんだな。俺たちにも、あんな感じで喋ればいいのに」


樹は気の抜けた妹の肩を軽く叩くと、身震いで非常なまでに驚いたような動きで跳ね返りながら、緋鞠が椅子から転げ落ちてしまう。


「に、兄さん......!? い、いつからそこに?」


今にも心臓が止まりそうといわんばかりに慌てながら、青ざめた表情をしている緋鞠に噓はつけない樹は、話していた内容の一部を取り上げる。


「ノックもしたし、名前も呼んでみたけど返事がなかったから気になってな。...迷惑だったか?」


「......」


もちろん、ノックも呼んでもいないが、何もせずに入ったと知れたら、家族としての威厳にヒビを入れてしまうのではないかと思った軽い噓であった。


しばらくの間、沈黙を保ち続けたが、口をモゴモゴさせながらも緋鞠が何かを喋ろうとしているのがわかった。


「...たし、......なの」


「え? なんて言ったんだ?」


発音が聞き取れなかった影響もあり、緋鞠に顔を近づけながら聞こえるだろうという距離まで移動すると、顔を赤らめた少女は大きく息を吸って吐き出すように叫ぶ。


「私! オタサーの姫なの!!!」


鼓膜が破れるかと思う程の大声に気を失いかける樹だが、床に手をついて何とか凌ぐが普段から緋鞠との会話でこれ程の声を発せられたことがなかった。


ファーストコンタクトというべき記念すべき最初に知った緋鞠の秘密。


樹は緋鞠という妹から明かしてくれた事実に誇りを持っていた。


その時は理解していなかったオタサーの姫という事に。

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