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緊急事態

「あれれ? 今日もサタンちゃんはいないんですかー?」

「リリル元帥と外に行ったよ。どうせバカやって怪我して泣いて帰ってくるだろうさ」

「だ、大丈夫だろうか。二人だけで……」

 三人の元帥はクロアの部屋に集まっていた。アルスメリアもファーリスも、当然、可愛いサタン目当てに遊びに来たようだが、残念なことに留守らしい。いるのは部屋の主である不良天使が一人だったようで、暇になった三人はすることもなく外の景色を眺めていた。

「あーあ、サタンちゃんを寝取られた気分です。なんだかなぁー、これって嫉妬してるのかなー」

「ハッ。俺は子育てから解放されてハッピーだがな」

「とか何とか言っておいて、本当は寂しいくせに。早い親離れでショックか?」

「はぁ!? そんなわけねえだろ!! あんな馬鹿幼女、さっさと自立してくれた方が最高だってんだ!!」

「分かった分かった、クロアはツンデレだから仕方ない」

「そこまで言うならお前が育てろよ、アル!! っつーか協力しろ、俺一人じゃ子供の世話なんざ限界がある」

「ば、ばばばばっ!? 馬鹿を言うな!! そ、それってまるで……」

 もじもじと落ち着かない様子で赤面するアルスメリアの横では、微笑ましいものを見る目で傍観しているファーリスがいた。彼女はアルスメリアの背中を押してやろうという気遣いからか、はたまた純粋な遊び心からか、ニコニコと笑って言った。

「一緒に子育てとか、まるで『夫婦』みたいですよねー。もう結婚したらどうですか、お似合いですよー?」

「っ!? け、けけけけ、結婚!? き、貴様、何をふざけたことを言って―――」

「アホか。結婚なんてノリでしていいわけねえだろ。本気で惚れてそいつと一緒に死にたいと思ったらすればいいんだよ」

 開いている窓に肘をつき、外の景色を眺めているクロアが当然のように告げた。途端に、アルスメリアは先ほどよりも顔を赤くして俯く。

 プルプルと震えながら、絞り出すように声を落とす。

「べ、別にお前となら、……い……いい、けど……」

「んー? なんて言ってるんですかぁアルスメリアさーん。なになに? 子供は十一人欲しいって?」

「それじゃサッカーチームができるだろうが!! というか、誰もそんなことは言ってない!! 断じて言ってないからな!!」

「ふふ、純情可憐で可愛いですよねー。私が男性だったら襲っちゃいそうです」

 からかっている側とからかわれている側の違いとは、どうやら余裕の有無のようだ。本当に勘弁してくれと言いたげにうなだれたアルスメリアの姿に、ファーリスもようやく度をわきまえる。

 だが。

 そこで、いきなりクロアが行動を起こした。彼は眺めていた開いている窓から飛び出して、二階のここから地上の芝生へ着地する。その一瞬だけ見えた横顔は、憤怒に染まりきった化物のようだった。とても冷静な状態とは思えない、首輪を外された狂犬のよう。

 何事だ。

 咄嗟にクロアが眺めていた景色を確認するファーリスとアルスメリア。すると、それは見えた。遠くには大勢の天使たちが集まっていて、祭りでもやっているのかと思ったが実際は違う。

 本当の現実は。

 


 大勢の兵士に囲まれた、サタンとリリル元帥。

 槍や刀を突きつけられている彼女たちは、身を寄せ合って震えていたのだ。



 クロアが飛び出したのも頷ける。

 顔を見合わせたアルスメリアとファーリスは、急いで現場へ走り出した。

















「なにやってんだ、テメェら!!」

 数は五百を超えるだろう。あまりにも大規模すぎる兵の天使たちは、各々の武器を手にたった二人の幼い女の子を囲んでいた。片方は元帥といえど少女。とてもじゃないが、たくさんの大人から刃物を向けられる純粋な恐怖には膝が笑っているようだ。

「どけ!! 邪魔だッ、ぶっ飛ばすぞ!!」

 何度も怒声を叩き飛ばして、邪魔な兵士たちの間を突き進んで行くクロア。どういうことだ。これだけの数の兵が、なぜサタン達をいきなり狙う。

 ようやくサタンとリリルのもとにたどり着き、クロアは二人に駆け寄った。

「何があった!! どうしてこんな―――」

「く、クロア!! わ、わけわからないよ、いきなりこいつら出てきて、大人しくついてこいとか我輩に言って、何か、なんか……怖い刀とか出して、きて……!!」

「分かった、分かったから。安心しろ、もう大丈夫だ」

 胸に抱きついてきた涙声のサタンを撫でてやり、同じく恐怖のあまり震えているリリルも抱き寄せる。ガタガタと体が揺れている二人は、寒さに凍える小動物のようだった。当然だろう。まだ子供だというのに、周りから突き刺さってくる何百という敵意の目は容赦なく二人を襲っている。

 理由は何だ?

 幼い子供をボロボロに泣かし、刃物を突き立てるほどの理由とは何なんだ? そのクソったれな行為を『正しい』とする天使特有の独善的な理由は何だ?

「……テメェら、とっとと武器を下ろせよ」

 西方軍元帥、ダーズ・デビス・クロア。

 彼が漆黒の前髪からのぞかせた両目は、とてもこの世のものとは思えない化物の魔眼だった。いや違う。怒りのあまり血走りすぎた両目が、獣のような獰猛な眼光を放っていたのだ。

 その迫力には、彼を囲んでいる天使たち全てが息を飲む。

 ただし、武器は下ろさない。なのでクロアは、最後のチャンスを与えた。

「下ろさねえなら―――腕ごと落とすぞコラ」

 ビシガギバギィッッッッ!! と、地面に凄まじい重圧が加わり、亀裂が蜘蛛の巣のように入っていく。ダーズ・デビス・クロアの全身から無意識に溢れ出た魔力が、周囲一体の空気を押しつぶすように広がっているのだ。

 異常な力だ。

 とてもじゃないが、ただの天使が束になってかかっても勝てる相手じゃない。

 その時だった。

「相変わらずだな、馬鹿力の野蛮人。魔力だけは常軌を逸している」

 ついにクロアの魔力の膨大さに震え始めた天使たちだったが、そこで一人の男の天使が現れた。彼はブチギレているクロアと向かい合うと、ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべて楽しそうにしている。

 クロアの精神的余裕がない様を、心底面白がっているようだ。

 その男の正体とは。

「……ザンラード・ラファエル」

「上司に向かって態度が悪いなァ。しつけてやろうか、不良天使」

 口を閉じるクロアだが、これで全ての合点がいった。そもそも一介の天使に過ぎない彼らが、どうして元帥の立場にいるリリルに刃を向けるのか。そしてクロアの命令に従わないのか、その理由はごく単純なことだった。

 四大天使。

 最高位の大天使の一人、ザンラード・ラファエルという金髪ショートヘアーの男―――一番の権限を持つ彼に従っているのだから、元帥どまりのクロアに服従するわけがない。

 しかし、どういうことだ。

 なぜこのラファエルは、急にサタンを襲った。

「クロア、どきたまえ。俺は個人的に君が嫌いだが、今は君よりサタンとかいう娘に用がある」

「……チッ。クソうぜぇ奴」

「っ」

 クロアの吐き捨てた言葉が気に入らなかったのか、ラファエルは顔を真っ赤にして激昂する。偉大な天使としての立ち振る舞いも忘れて、ただ純粋な怒りをぶちまけた。

「そこだよ!! 俺はそこが、君のそういうところが大嫌いなんだ!! 俺の方が偉いのに、四大天使より下の一元帥でしかないのに、なぜ君は特別扱いされている!! 普通なら不敬罪のはずだ!! 四大天使の一人にそのような口ぶり、罪として即刻死刑にできる!!」

「ピーチクパーチクうるせえよ。言いたいことはストレートに言え」

「―――ミカエルが、貴様に関してはどれもこれも罪に値しないと特別扱いする!! 君はあまりにも天使としての振る舞いも、責任も、生き方も間違っているというのに、なぜ一度も罰せられない!! 俺の方が上なのに、なぜ君が俺を見下すような立場にいる!!」

「……」

 呆れた顔をするクロア。

 昔から気づいていたが、この大天使ラファエルは自分を敵視していた。いつもくだらないことで刀を抜いてくるし、死刑にしようと冤罪をかけてきたこともあるほどだ。もちろん、普通ならば立場的に四大天使のラファエルの言葉でクロアの命は左右される。『死刑にしろ』と彼が言えば、速攻でクロアは首切り台へ招待されるだろう。

 しかし。

 ダーズ・デビス・クロアとは、大天使ミカエルというもう一人の四大天使と『約束』しているのだ。天使の犬として働けば、命だけは取らない。アルスメリアにも手は出さないし、身の安全は絶対に保証すると。

 つまり、実績を残す役に立つ犬だからこそ、クロアの命はミカエルが守っていることになる。使えなくなったら捨てられるだろうが、クロアほどの力を持つものは天界にもそうはいない。

 なので。

 どれだけ無礼なことをしようと、四大天使のラファエルを馬鹿にしようと、ミカエルという存在が盾となってくれるわけなのだ。

「くだらねえ。んで? サタンに用があるらしいが、何だよナルシストエンジェル。保護者の俺を通して話せっつーの」

「っ……!! 本当に、君はムカつくな。だからこそ、尚更そこの『邪鬼魔躙じゃきまりん』はほうっておけない。化物に化物が育てられたら、それこそ危険になるからな」

「じゃきまりん……? なに言ってんだテメェ」

「いいから邪魔だ。そこのガキは、危険な力を隠し持っている可能性がある。だから検査してやるんだよ、いいから黙ってついてこい!!」

 ガン!! と、兵士の一人に頭を後ろから殴られて転倒するクロア。その気になれば反撃できたが、三百を超える敵の中でサタン達も完璧に守れるかは分からない。故にここは大人しく拘束されて、ラファエルの兵士たちに連れて行かれることにした。

 彼らは天界軍総本部の城内へ入っていく。

 そんな光景を、こっそり物陰から見ていた二人の元帥。ここで自分たちまで突入しても、相手が四大天使では勝ち目がないことは明白だった。

 よって、ファーリスとアルスメリアは向き合い、

「……おい」

「分かってます、どうやら緊急事態みたいですね」

「奴らがどこに行くか、分かるか?」

「恐らくは四大天使が集う、四天室かと。ラファエル様が直々に出てきたのですから、四大天使全体が関わってくるのでは」

「なるほど」

 アルスメリアは小さく頷く。

 ファーリスもいつも浮かべている穏やかな笑顔を崩して、元帥としての鋭い瞳を作り上げた。彼女たちはゆっくりと物陰から出て行き、唯一連行されなかった一人の少女に歩み寄る。

 リリル・シャルーズ。

 同じく元帥の一人である、華奢な女の子だった。

「友達なんだろう?」

 アルスメリアは言った。

 突然の事態に対処できず、ただ呆然と崩れ落ちているリリルに言った。今ここに。生きた年数の差、経験の差、そういったものは関係ない。

「友達とは、良い言葉であり悪い言葉だな。私は、友達という言葉以上に残酷なものはないと思っているぞ」

 語るアルスメリアに振り向き、リリルは耳を傾けた。彼女が本当に、サタンの友達ならば分かるはずだ。本当の意味での友ならば、きっと、頭ではなく心でなんとなく分かるはずだ。

 だから、教える。

「友達なんだから、友達だから、友達なら、友達のくせに、などとくだらん拘束力を『友達』というものは持つ。今の貴様にお似合いな言葉は、『友達なら助けに行け』だな。サタンの友達ならば、頑張ってサタンを助けてこい。そういう意味を正当化してしまう『友達』という言葉は、あまりにも、人と人を『無理やり』結びつけるものでしかない。だから―――」

 膝を曲げて、腰を落とす。

 そうしてアルスメリアは微笑み、リリルの頭を撫でてやって、

 


「―――嫌なら助けに行くな。後ろ髪を引かれる思いがあるなら、友達なんてやめてしまえ」



 友達という縛りから生まれる友情など、偽物だ。そんなものは友達ではなく『近い場所にいる他人』に過ぎず、いちいち気にかける必要もない。

 故に。

 リリル・シャルーズは、密かに何かを決心した。

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