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南方軍元帥と邪鬼魔躙

「クロアはお仕事、ファー姉もアル姉もお仕事、みんな構ってくれないぞ……」

 一人で寂しげに背中を丸めて、天界軍総本部の城内を歩くのはサタンだった。彼女は唇を尖らせて見るからにふてくされているが、クロアたちの邪魔をすることだけはしたくない。よって暇になった彼女は、無駄に大きいこの城内を散歩することにしていた。

 とにかく退屈だった。

 故に、退屈を冒険心で塗りつぶそうとしたのだが……。

「あれ? ここどこだ?」

 案の定、迷子になった。

 ポツンと、広く長い廊下に立ち尽くす彼女は、オロオロと慌て始める。まずい。クロアやファーリスやアルスメリアがいない現状、三人のうちの誰かに助けてもらうことなどできない。というか、そもそも人っ子一人この場には見当たらなかった。

 あまり使われていない場所なのだろうか。

 適当な部屋を見つけて中を覗き、そこにクロアがいないか期待するサタン。同じことを何度も繰り返し、十を超える扉を開けたところで体が固まった。

「……?」

 誰か、いる。

 ようやく見つけた『誰か』だが、いくらサタンでも顔も知らない相手に駆け寄ることはしない。部屋の中は、一言で言えばとても女の子っぽい場所だった。可愛いクマのぬいぐるみや、同様の動物系のクッションなどがいたるところに散乱しており、そこに誰かが床の上に座っている。

 ぬいぐるみを弄って、会話をしているようだった。

 もちろん、ぬいぐるみに発声機能はついていないので、全部全部その者一人の自演なのだが。

「あ、あの」

 意を決して、サタンは口を開いた。 

 すると『誰か』はゆっくりと振り向き、その顔を見せてくる。

 サタンと同じくらいの歳をした女の子だった。綺麗な青い髪を肩まで伸ばし、明るい金の瞳を持っている。格好はダボダボのチェック柄パジャマだが、とても愛嬌のある容姿から無駄におしゃれをしなくても可愛いことに変わりはなかった。

 サタンを見つめる彼女は、少々怯えた様子で言った。

「だ、誰……? 何か、用なの?」

「あ、その……み、道がわからないんだぞ。クロアの部屋に戻りたいのに、ここがどこか分からなくて……」

「……迷子なの?」

「ち、違うもん!! 迷子なんかじゃないもん!!」

 必死に胸を張るサタンの姿に、ようやく警戒心を解いたのか青髪の少女は苦笑する。すると彼女は持っているクマのぬいぐるみを胸の前で抱きしめて、

「クロアって……西方軍元帥のダーズ・デビス・クロア元帥のこと?」

「う、うん。そんな感じの難しい名前だった。ダー、なんとかクロア」

「ふふ、ちょっとクロア元帥の名前は長いもんね。だったら分かるよ、私も元帥だし」

「え?」

 首をひねるサタンに。

 南方軍元帥のリリル・シャルーズは、その幼い笑顔を開花させて言った。

「私は南方軍元帥のリリルだよ。君が噂のサタンちゃんなんだね、私と同じくらいの歳って聞いてたから、ずっと会ってみたかったんだ」

「我輩に……? 何で?」

「うっ……その……えっと……」

 なぜか言いにくそうに身をよじるリリルに、サタンは怪訝そうな顔をする。理由もないのに会いたいわけがないので、興味をすぐに持つサタンは彼女の答えが待ち遠しかった。

 すると。

 ようやく覚悟を決めたのか、リリルはぬいぐるみに顔を埋めながら言った。

「と、友達に……なってくれるかなって……」

「……友達?」

「ご、ごめんね。私、友達とかいなくて……私みたいに小さい子で、元帥に昇格することはなかなかないらしいの。だから、あんまり同年代の子とか周りにいなくて……それで……」

 年齢に合わない重い立場。それは子供だからこそ噛み締められる友達、遊び、イタズラなどのやんちゃ、といった子供の特権を味わえないということ。クロア達のように仕事とプライベートを分けて行動するには、あまりにもリリルにとって早すぎるのだ。だからこそ、ぬいぐるみを使うことでしか孤独を埋められず、いつもこの部屋に閉じこもっているのかもしれない。

 つまり。

 立場は高くとも、内側はサタンと同じ女の子である。

 よって。

「―――何だ、友達くらい全然いいぞ!! 我輩もずっと一人で、クロアのおかげで友達ができたんだ。だから、リリルも一緒にたくさん遊ぼうだぞっ」

「……ホント?」

 希望が見えた表情で、ぬいぐるみから顔を出すリリル。

 対して、サタンは満開の笑顔を咲かせて彼女の手を取った。自分と同じサイズの、小さな手。同じく周りに年上しかいないサタンにとって、リリルは一番親近感が沸く相手でもあった。

 手を引っ張って、走り出す。

 部屋から飛び出て、遊びに行くためにサタンはリリルを連れて行く。

「ホントホント! 早く遊びに行こう、面白いものを知ってるんだ!!」

「う、うん! わ、分かった!!」

 初めて『遊び』に行く解放感と緊張感がたまらないのか、リリルはドキドキと心臓が鳴っていた。そんな彼女を先導するように、サタンは楽しそうに走っていく。




 ……その結果。

 サタンが連れてきた遊び場とは、場合によっては最悪なところだった。

「ほら、ほらほら。あそこに座ってるのがクロアだぞ。あのいっつも怒ってる顔が、すっごくわかりやすいだろう?」

「う、うん。何でイライラしてるのかな……ちょっと怖いけど、何か面白いね」

 二人は外に出ていた。桜が咲き誇っている大木の一つに登っていて、太い枝の上に座って一つの窓を観察していた。そこはダーズ・デビス・クロア元帥の部屋であり、角度的に彼には気づかれないはずだ。

 しかし。 

 そこで、ふとリリルがこんなことを呟いた。

「で、でもさ、ここって登っていいのかな? 何か怒られそうだよ?」

「大丈夫大丈夫、いざとなったらクロアに言えば助けてくれるって。クロアは何だかんだ優しいからな!」

「そ、そうなの?」

「そうなの!! だからクロアに任せればいいのだー!」

 何だかクロアの大変さが分かる発言だったが、サタンはそんなことには気づかずに、さらに行動を開始する。面白いものを見つけたのだ。近くの枝に小さな虫がいて、桜の花に登っていた。クモだ。小さくて動きが鈍いクモで、毒など持っていない斑点模様のクモである。するとサタンはニヤリと笑って、その一匹の虫を片手でつかまえる。

「リリル、クロアの弱点って知ってる?」

「ううん。クロア元帥は何か、すっごく強いってことしか分からないよ。あとは、ちょっと短気らしいってことは、周りから聞くけど……」

「ふふん。なら教えてやろう、クロアの弱点はズバリ『虫』なんだぞ!!」

「虫? そんな小さなクモもダメなの?」

 サタンが捕まえている小さなクモを指差し、意外そうな顔をするリリル。対して、サタンは大きく頷いてなぜか誇らしげに言った。

「当然! クロアは将来、この世の虫を全て殺し尽くすことを夢にしているらしいぞ。壮大だよなぁ、さすがクロアだ」

「ほ、褒められることじゃないと思うけど……」

「いいから、そこで見てて!! これをクロアの部屋に放り投げてやるから!!」

 そう宣言すると、サタンは林立している桜の木に飛び移って移動し、あっという間にクロアの部屋に繋がる窓へ到着した。枝から腕を伸ばせば、窓には余裕で届く距離である。室内が暑かったのか、都合よく窓は開いていたのでサタンにとっては好都合だった。

「あー、ったく。何でこんな書類が残ってるんだよ。つーか馬鹿げてるだろ、この量を三日以内に提出しろって……」

 愚痴を吐くクロアの背中に向けて、サタンはクモを投擲する。狙いは少々外れたが、見事にクモはクロアの右腕に着地した。

 カサカサ、と音を小さく立てて肩へ登っていく。 

 結果、

「あ?」

 クロアが気づく。

 自分の肘あたりに君臨する、八本足のまだら模様の化物を見た。

 瞬間、

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああッ!? お、おば、ばばばばばばァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 わけのわからない悲鳴を上げて、思い切りクモの乗っている右腕を振り回した。おかげで持っていた書類は空中に飛び散り、あっという間に仕事は増える。だが代償にきちんとクモは飛んでいったが、それに気づかないクロアは奇声を上げて部屋の中で暴れていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? どこだどこだよどこだゴラァああああああああああああああああああああああああああああ!! 袖か!? 袖の中に入ったパターンか気持ち悪ィィィいいいいいいいいいいいい!! ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 服の中に侵入したと勘違いしたようで、彼は勢いよく服を脱いでいく。上半身の衣服を全て剥ぎ取り、ドンドンドンドンドン!! と壁にタックルするように背中や胸を打ち付けていた。とても奇妙な行動だが、これ、とにかく体のどこかにいるクモを潰すために取っている賢明な判断である(大げさだが)。

 しかし。

 そこで、事態は思わぬ方向へ進むことになる。

 なぜなら、

「サタンちゃん、暇になったから遊びに来たぞー。ほら、ちゃんとお菓子も用意してあるから一緒に食べ―――」

 いきなり部屋の扉が開いて、アルスメリアが入出してきたのだ。彼女は言葉通り手に洋菓子が詰め合わせてある箱を持っていたが、もちろん、『それ』を見た瞬間に動きが固まった。

 当然、『それ』とは一つだけ。

 ガンドンガンバドン!! と、上半身裸で何度も何度も思い切り壁にタックルし、悲鳴を上げながら暴れているダーズ・デビス・クロアだった。

「な、なな、何をしているクロア!! 儀式か!? どこの民族の成人式だそれは!!」

「い、いないいない虫がいない!! どこだ!? 何でさっきから消えてんだよォ!? ―――まさか下か!? 下半身なのかァァああああああああああああ!?」

 ベルトを壊す勢いで、ズボンを脱ごうとするクロア。というかすぐに脱いでしまい、下着姿になるがそれでもクモは見つからない。

 よって。

 急いで最後の下着に手をかけたが、

「こ、この性犯罪者がァァああああああああああああああああ!!」

「―――ごはっ!?」 

 赤面したアルスメリアに全力で腹を殴られて、崩れ落ちるクロア。下着を脱がそうとしていた手は体ごと崩れ落ちて、バタリとほぼ裸のままダウンした彼だった。





 そんな光景を、サタンとリリルは桜の木の上で眺めていた。 

 当然、二人は涙を流して大笑いしており、最後に顔を合わせて盛大に笑う。クロアに見つかれば地獄を経験するだろうということには、面白すぎて思考が回らないようだった。

 サタンはリリルに微笑んで、

「な、虫がダメだったろ?」

「う、うん。クロア元帥にも弱点ってあるんだね。はは、面白かった……けど、ちょっと悪いことをしたような……」

「いいのいいの、どうせクロアなら許してくれるし」

 桜の木から下りて、青空を見上げるサタンとリリル。二人は手を握り合って楽しそうに歩き、草を踏みしめながらついに走り出した。

「次はもっと面白いとこに行くぞ、リリル!!」

「うん!!」

「へー、どこに行くんだ? そんなに面白いのか?」

「もちろん、クロアにイタズラするために集めておいた我輩の虫コレクションが収納されてる秘密の場所に―――あ」

 リリルの声ではないものを聞き、ふと振り返る。

 そこには、窓から飛び降りたのだろうダーズ・デビス・クロアが息を荒げて立っていた。ちなみに急いで着替えたのか、ズボンは着用しているが上半身は裸のままである。

 彼は血走った両目をサタンに突き刺して、思い切り拳を握り、

「この馬鹿幼女が!! イタズラにも限度があるだろ!!」

「―――痛いっ!!」

 ゴツンと頭にゲンコツを食らったサタンは、涙目になって不満そうにクロアを見上げる。何で自分だけゲンコツして、リリルにはしないんだと訴えるようだった。

 クロアは重いため息を落として、

「そこの南方軍元帥様は、俺とそこまで話したことはない。親しくねえ相手の部屋にクモをブチ込む真似なんざしねえだろうが。だから、ヤンチャなお前がやったとしか思えないんだよ」

「むー、我輩だってやってないもん!!」

「嘘ついたら晩飯にクモ食わせるぞ」

「やりました!! ごめんなさいでしたすいませんでした!!」

 ガバッとクロアの腰に抱きついて、必死にまともな夕飯を食わせてくれと懇願するサタン。そんな彼女に呆れたクロアは、申し訳なさそうに顔を伏せているリリルに言った。

 微笑んで、彼らしくない嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。

「ありがとな、リリル元帥」

「え……? な、何でですか? 私もサタンちゃんと一緒に……」

「確かに俺は怒ってるが、それ以上に助かったよ。―――この馬鹿幼女、ずっと一人で寂しかったろうからな。俺やアル達が仕事で忙しいと、必然的にサタンは一人ぼっちになる。だから、こいつと仲良くしてくれてありがとうってことだ」

「い、いえ! わ、私もその、友達ができて、良かったし……。すっごく、サタンちゃんと一緒にいて面白かったです!!」

 リリルは主に、戦闘ごとの仕事しか回されない。実力はあるが書類などの頭を使うことには能力がないため(子供なのだから仕方ない)、基本的に出動命令がくる以外は部屋で一人だったのだ。

 だから。

 サタンと出会えたことは、彼女にとっても最高の幸せだったろう。


  

 


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