全員集合と約束
「ピクニック、ピクニック♪ みんなでピクニッククリニック♪」
「おい、最後だけ違うの混じってたぞ。何でピクニック行って病院送りなんだよ」
「ふふ、そういうことは流してあげれば良いんですよー」
サタン、クロア、ファーリスの三人は天界軍総本部である城内から出て、日当たりの良い屋外へ来ていた。場所は最高だった。綺麗な川がそばにはあり、周りは桜が満開に咲いている木々で囲まれている絶景だ。
周りに広がる桜たちを眺めて、クロアはポツリと呟く。
「これじゃまるで花見だな。ピクニックじゃねえよ」
「そういうことも流しておくと良いですよ、クロアさん」
「っつーか、せっかく頼んだラーメンをキャンセルしてまで外に来たんだ。よっぽど美味いものを用意してるんだろうな」
「もちろんです! もともとは私の昼食でしたが、多めに作ってありますので!! さ、いいから早くシートをひいて食べましょう」
「ああ、そうだ―――あ?」
頷こうとして、ふと動きが止まった。
離れた桜の木の下に、知っている顔の少女がいる。何やら落ち込んだ様子で木に寄りかかり、重いため息を落としていた。
クロアは苦笑して、彼女のもとへ歩いていく。
すぐに目の前にたどり着き、桜が舞い散る中でブルーになっている少女に言った。
「桜が舞う幻想的な中、何でリストラされた感じになってんだよ。無駄に現実的な落ち込みっぷりで、桜の存在も台無しだ」
「っ!?」
驚いた少女―――東方軍元帥のアルスメリア・エファー。長い黒髪を腰まで伸ばした、紫の瞳が特徴的な彼女は睨むようにクロアを見つめる。
「く、クロア? 貴様、どうしてここにいる!! いつもは独り寂しく食事を取っていただろうが」
「余計なお世話だよ!? つーか、アル。何でお前にそこまで言われなくちゃならねえ。今日は、ちょっとツレがいるんだよ。そんだけだ」
「ツレ?」
「ほれ、あそこに」
離れた場所でシートをひき、お弁当を広げているファーリスやサタンを指差す。どうやらアルスメリアは同じ元帥といてファーリスのことを知っているのか、軽く手を振って頭を下げていた。
何だか他人行儀な対応である。
あまり話したことはないのだろうか。
「そんで、どうかしたのか? すげー落ち込みようだったが」
「……貴様のせいにする気はないが、なんだかんだ貴様のせいだ」
「は?」
「何でもない。ちょっと桜を楽しんでいただけだ」
言って、踵を返したアルスメリアは立ち去ろうとする。桜の舞う中を歩く彼女の後ろ姿は、とても凛々しく美しかった。
そして。
クロアは小さく苦笑し、アルスメリアの背中に声をかける。
「おい、待て待て」
「? 何だ?」
振り向いた彼女の手を握り。
やや強引に引きずって、サタン達が待っている方へ進みながらクロアは告げた。
「一緒に食えよ。その方が、あのガキンチョも喜ぶからな」
「え、ちょおい!!」
「まぁまぁ、たまには元帥同士交流を深めようぜ」
「わ、分かったから、食事くらいは一緒にするから手を離せ!!」
なぜか恥ずかしそうに顔を赤くするアルスメリア。対して、クロアといえばからかうように笑って彼女を案内していた。
こうして。
三人の元帥と、一人の天使に見えて実際は『天使ではない別の生き物』である女の子がレシートに座り、あたりに広がる桜景色とそばを流れる神秘的な川の流れを聴きながら昼食を取る。
「おお、クロアクロア!! ファー姉すっごく優しいぞ、いつも怒った顔してるクロアとはお大違いだ!!」
「うっせ。黙って食え馬鹿幼女」
「むー!! そうやってすぐ悪口も言う!! ―――って」
そこで、クロアの連れてきた一人の少女、アルスメリアに目がいったサタン。彼女は小鳥のように小首を傾げて、純粋極まりない銀の瞳を輝かせて尋ねた。
「あれ? お姉ちゃん、誰だ?」
「あ、ああ。いやその、クロアとファーリスの仕事仲間というか……君とは初めましてだな、私はアルスメリア。長いならアルでいい。君の名前は?」
「サタンだ。クロアがつけてくれたんだぞ、カッコイイだろう?」
「っ」
急にハッとした顔になり、隣に座るクロアに振り向くアルスメリア。
その表情はひどく困惑していて、どこか悲しげにも見える。
「お前、『サタン』って……まさか……」
「いいんだよ。俺にゃ必要のねえ名前だ。そこのガキにやっただけだから、気にするな」
「だ、だけど!! 『サタン』とは、お前にとって……」
「いいから、さっさと食おうぜ。ファーリスの手作りらしいぞ、美味いかどうかは知らんが」
蚊帳の外になったサタンとファーリスは揃って首をかしげていた。何やらクロアとアルスメリアだけが知る何かが話題のようだが、会話から推測することもできなかった。
というか、それより。
「って、クロアさん! 何で私のことは覚えてないで、アルスメリアさんのことは知ってるんですか!! これってあれですよね、イジメですよね!?」
「いや、こいつとはお前より付き合いが長いんだよ。っつーか、お前とアルも他人行儀な感じじゃんか。仲でも悪いのか?」
「いえ、別にそういうわけでは。ただ、あまり会話をする機会がなかっただけで……」
「そ、そうだな。ファーリスとはあまり話せなかった」
緊張気味のファーリスとアルスメリアは、チラチラとお互いを見ては顔を背ける。どちらも後一歩が踏み込めない状況なのだろう。
何だか、恋愛に奥手な子供を見ているみたいで、つい苦笑してしまうクロアだった。
すると。
「だったら、友達になればいいんだぞ!! そうすれば、またこうやってご飯食べれるし、桜も見れるし、川だって見れるんだ。みんなで、四人で、またこうやって遊べるんだぞ!!」
ガバッ、とアルスメリアとファーリスに抱きついて、幼さ特有の笑顔を浮かべるサタン。無邪気な子供というのは、大人になるにつれて生まれる無駄な心を持っていないので、仲良くしたいなら仲良くすればいいという提案ができるのだった。
「みんな友達だ。我輩の、初めての友達。クロアも、ファー姉も、アル姉も、みんなみんな大好きだぞっ!!」
長く天使として、しかも軍の隊長を務める元帥として戦ってきたからか、クロアもファーリスもアルスメリアも思わず笑顔になっていた。血の匂いなんて知らない、命を奪うことも分からない、そんな綺麗な子供から送られた『言葉』は、全てが全て宝石のように輝いていた。
確かにそうだ。
友達になりたいなら、友達になればいい。そういう考えも忘れていた元帥天使三人は、思わず子供から一本取られたことに頬を緩ませていた。
「まぁ、俺は別に友達なんざいらねえがな。アルコールフレンドって知ってるか? あいつはいいぜ、俺を気持ちよくしてくれて裏切ることはない友達だよ、うん」
「ただの酒好きだろうが。ファーリス、クロアは特別酒が強くもないのに無駄に飲むから、注意してやってくれ。サタンちゃんも、殴られたりしたら私に言うんだぞ? ちゃんとぶっ飛ばしてあげるからな」
「うん! でもな、クロアは意外と優しいんだぞ。たまに悪いことしたらゲンコツとかされるけど、いつもはちゃんと遊んでくれる!」
四人でファーリスの手作り弁当を囲みながら、舞い散る桜と流れる水を楽しんでいた。満更でもないクロアも黙々と料理を食べていて(うますぎて黙々と食べてしまっている)、そんな彼の背中にサタンは抱きついていた。
「あらあら、ツンデレが本性のクロアさんなんですねー。それとも生粋のロリコンだったり?」
「こ、この馬鹿幼女が!! 俺に性犯罪者疑惑を背負わせやがって!!」
「わ、わわっ!! 頭を掴むなー!! た、助けて! アル姉とファー姉、またクロアにゲンコツされてお尻ペンペンされるー!!」
「お尻ペンペン……クロアさん、やっぱり」
「そうだったのか、クロア……」
「違うからァァああああ!! 兄貴的立場としてのしつけだからァァあああああ!!」
四人の表情はとても輝いていて、心の底から楽しんでいることが分かった。天使として幾度と血を浴び、歪んだ正義の名のもとに戦う三人の元帥は、サタンという幼い故の『善も悪も関係ない、ただ輝いている』存在に照らされて、つかの間の休息を得ていた。
ふと。
一枚の桜が、サタンの銀の前髪に落ちた。気づいたサタンがそれを取り、まじまじと一枚の桜を眺めてからこう言った
ニッコリと微笑んで。
ずっと一人ぼっちだった彼女は、ようやく手にした友達に向けて笑顔で言った。
「また、ここでご飯を食べたいぞ。みんなで桜を見て、青空を見て、綺麗な川を眺めたい。だから、絶対にまたここでご飯を食べよう。みんなで遊んで、いっぱい笑いたいぞっ!」
サタンは小指を立てて、前に突き出した。
小さな指は、早く約束を交わして欲しいと訴えるように可愛らしい。
ファーリスは優しい表情で頷き、アルスメリアも苦笑していた。二人は小指を立てる。サタンの小指に自分たちの指を重ねて、照れくさそうに頬を染めていた。
結果、残ったのは一人。
「……」
しばし、沈黙するダーズ・デビス・クロア。彼は期待の眼差しをサタンに上目遣いで向けられて、ファーリスには笑顔の圧力をかけられ、アルスメリアからは純粋に睨まれてそっぽを向いていた。
だが。
ふと、彼は急に口元を緩めた。
「……飯くらい、別に好きなだけ付き合ってやるよ。約束するまでもない」
小指を三人の指に重ねる。重ねるというよりは触れ合っているようなものだが、四人一斉に約束するなら数的に仕方ない。それでも、小指同士をみんなで触れ合わせているだけで満足なのか、サタンは無邪気な笑顔を持って宣言した。
「約束だぞっ! みんなでまた、お花を見てご飯を食べるんだ!」
本当の正義とは何か。
天使という歪んだ善の生き物は、果たして正義と呼べるのか。
これから始まる本当の物語は、彼らが歩んだ正義を求めるための険しい道のりの果てである。