東方軍元帥と伝説
「言い訳はしないのか、アルスメリア・エファー。追っていた敵に人質を取られて、あまつさえ取り逃がすとは。おかげで西方軍元帥のダーズ・デビス・クロアなんぞの力を借りたんだぞ。あんなチンピラ臭い馬鹿力しか取り柄のない男など、頼りたくなかったというのに」
「申し訳、ありません……」
「北方軍元帥のファーリス・エルサンガー。西方軍元帥のダーズ・デビス・クロア。南方軍元帥のリリル・シャルーズ。この三人は実力があろうとも扱いにくい猛犬だ。何をしでかすか分からん不安があった。しかし、東方軍元帥の貴様だけは俺に忠実だと思っていたのに……失望したぞ」
「っ!! し、しかし、人質の安全のためにも、あの時は仕方なかったのです。なにせ人質にされて誘拐されたのは幼い銀髪の子供で、さすがに強行突破のような真似はでき―――」
「黙れ!! 貴様は俺の期待を裏切った、故にそれが罪だ!!」
場所は四大天使が集う会議室、広間のような場所だった。部屋の中心には円を描くように四つの椅子が並んでおり、そこには当然四大天使が腰を掛けている。この部屋を四天室と言って、四大天使が今後の天界についてを話し合う場である。
しかし。
そこには、四大天使ではない少女が紛れ込んでいた。彼女は床に片膝をついて、深く深く頭を下げている。名をアルスメリア・エファー。東方軍を率いる元帥であり、長いサラサラの黒髪を腰まで伸ばし、深海を表すかのような紫の瞳が特徴的だった。
「……クロアは、馬鹿なんかじゃない」
アルスメリアは誰にも聞こえない声量で呟く。
彼女に怒声を浴びせているのは、四大天使の一人であるザンラード・ラファエル。ショートヘアーの金髪と長身が目立つ彼は、忌々しそうに大きな舌打ちをする。
「もういい!! さっさと出て行け!!」
「……かしこまりました」
静かに立ち去っていくアルスメリアを一瞥して、ラファエルは椅子に座りなおす。こうして四大天使が揃い、全員が向き合う形になった。
始めに口を開いたのは、退屈そうにしているウリエルだった。クロアにサタンを預けた張本人である。今回の会議の目的は、簡単に言えば誘拐事件について。もちろん誘拐事件とはサタンの一件であり、最終的にはクロアが解決したものだ。
「あのさぁー、私はこういう面倒くさい話し合いが大嫌いだ。どうせ誰もが納得のいく方法が生まれるわけじゃないしな。だから先に聞くが、さっさと答えてくれ。あの銀髪幼女……いや、サタンについて何かわかったことは?」
「両親不明、住所不明、つまり捨て子や孤児だろうな。魔力の使い方も知らない、自分の名前すらも元はなかったミステリアスな幼女だ」
要望通り完結に答えたのは、赤い髪をポニーテールにしたレブルード・ガブリエル。対して、白金の髪を手ではらいながら立ち上がったウリエルは言った。
「だったら話は早い。私はクロアの奴にサタンの面倒を押し付けたい。あいつはいやいや引き受けるし、面倒見もいいから適任だろう」
「待て、俺は反対だぞ!! クロアのような不良天使に子供の世話などできない!」
「相変わらずクロアが嫌いみたいだな、ラファエル。男同士仲良くしてやればいいだろうがよ」
「ふざけろ。俺は反対だぞ。それに、今回の会議はそのサタンとかいう子供について、『深く分かった』から開いたものでもある」
「? 何だそりゃ、初耳だぞ」
どうやら、会議とはこれからが本番らしい。再び椅子に座りなおしたウリエルは、耳を静かに傾ける。
すると、最後の天使が口を開いた。
名をクロークティ・ミカエル。黙っていても四大天使の中で一際目立つ存在感は、彼が冷酷無比かつ多くの実績を残す故だろう。ちょうどよく伸ばした銀髪と血のような赤い瞳がギラつく彼は、その閉じていた口をようやく開く。
「あの子供、サタンとか言ったね。僕なりにいろいろと調べたけど、どうにも『相当やばい』ことが分かった」
「やばい……?」
首をひねるウリエルに、ミカエルは続けてやった。
ただ一言で、サタンという存在の全てを。
「『邪鬼魔躙』、という伝説を知ってるかな?」
場の空気が凍りつく。
それは昔から言い伝えられてきた伝説上の生命体の話だった。そもそも天界や天使は生まれておいて、どうして他の人を超える存在はいないのか。現在の天界では確かに天使しかいないが、その昔、天使と同じタイミングである生物が現れたという。歴史によると―――天使とは対になる、天が体を与え地が命をさずけた最悪の化身『邪鬼魔躙』という生き物だそう。
その力は天使をも超えると言い伝えられてきた。
あくまで歴史上の話だったが、どうやら現状から歴史という言葉では片付けられない。
なぜなら。
「サタン、とかいう子供の魔力を調べてみたんだ。結果、僕も驚愕したよ。なんせ僕たちとは違う、『黒い魔力』をあの子は持っていた。天使の魔力は基本的に善を表す白銀の色をする。くわえて、あの子の魔力は魔力の構造そのものが違っていて、完璧に『天使の魔力ではない』ことが判明した」
だから、とミカエルは付け足して。
ダーズ・デビス・クロアにサタンを預けた張本人、ウリエルを見つめて言った。
「―――僕たちの敵になるようなら、そのサタンとかいう子供は即刻殺害する。邪魔をする可能性が高いダーズ・デビス・クロアも、場合によっては排除する方がいい」
「っ!! 待てよ!! 確かにサタンが天使ではない存在だとしても、あの子は十分に魔力を扱えないはずだ! サタンは微量の魔力を絞り出すだけで限界なんだから、敵対なんて……」
「確かに、今のままじゃ問題はない。だから、少しでもサタンとかいう子が『邪鬼魔躙』としての『力』を見せたら……その時は、ね?」
ニヤリと笑って。
赤い瞳を細めて微笑み、大天使ミカエルは口ではなく目で伝えてきた。
「っ……」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、ウリエルは席を立った。乱暴な足取りで歩いていき、勢いよく扉をしめて退出する。
彼女の脳裏には、いつまでも大天使ミカエルの邪悪な笑顔が張り付いたままだった。
「それにしても、『サタン』ねぇ……」
ミカエルは呟いた。
歪んだ笑みを浮かべて、『サタン』という名に興味を抱く。
「クロア、君はまだ僕に反抗するらしい。まさか『サタン』という名を『邪鬼魔躙』に与えるとは……はは、どうやら君はあの頃から何も変わっていないみたいだ」
ミカエルは笑っていた。
いつまでもいつまでも、面白そうに笑顔でいた。