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大悪魔サタン誕生伝説~光を求めた反逆者たち~  作者: 月光女神
第三章 三人の反逆者と怪物
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二枚の桜

 ガゥンガゥン!! と、連続して発砲音が炸裂する。

 ダーズ・デビス・クロアが、四天室の前で警備をしている、残り数人の雑兵ども簡単に掃除したのだ。バタバタと倒れていった天使たちを無視して、彼は『魔浄天銃』の二丁を腰のホルスターにしまいサタンの手を握って廊下を歩いていく。

 四天室の前で、二人は一度止まる。

 しかし、クロアが息を吐いてから、決意を固めて踏み出そうとした。

「クロア」

 その時。

 ふと、小さな声でサタンは言った。本当に小さくて、弱い声だった。耳を澄まさなくては聞き取れない、ロウソクの火のように消えかかっている声だった。

「……やだ」

「……何がだ」

「もう、やだ。……こん、なの……嫌だ」

 涙をこらえているのか、サタンはクロアとつないでいる手に力を込める。

「みんな、いなくなっちゃうよ……!! ファー姉も、アル姉もっ……いなく、なって……。この、ままじゃ……クロアだって、二人みたいに……!!」

「……」

「だったら、我輩だけ死ねばいい!! わ、我輩をすぐに突き出して、そうすれば……クロア達は、きっといなくならない!! だか、ら。だから……!!」

「もういい」

 ぎゅっと、サタンを抱きしめてやる。いっぱいいっぱいの恐怖を抱えて、それでも必死に耐えている、健気な少女をクロアは温めてやらずにはいられなかった。

 小さな体だ。

 こんな子供が、どうしてこれだけの痛みを背負わねばならない。 

 腹の底から、怒りが湧いてきた。それは怒りというレベルを超えて、殺意という感情へ進化する。

(ふざけんなよ)

 ギリッ、と歯切りしを鳴らす。

 涙を必死にこらえているサタンを抱きしめて、強く強く抱擁して、

(ふざけんなよって言ってんだ。テメェらくそったれ共のせいで、このガキが震えてんだよ。泣いてんだよ。ガクガク震えて、追い詰められて、ガキのくせに自分が犠牲になろうとか言い出して……)

 ダメだった。

 もう、いろいろな意味で、クロアもダメだった。

 今にも目の前の扉を撃ち壊し、大天使ミカエルどころか、この天界そのものをグチャグチャに壊してやりたくなってきた。

 慈悲なんてない。

 恐らくは、天使とは言えない『闇』に染まっている。

 だが、それはおかしいことなのか?

 ここまでズタボロにサタンや自分たちを攻撃されて、理不尽な暴力に苦しんで、泥沼の中を必死にもがいて生きて、なんとか今を生きている。

 ここまでされて。

 ここまでのことをされておいて。

(ミカエルの野郎を『ぶっ殺したい』って腹の底から思うのは、間違っていることなのか?)

 間違っているわけがない。

 確かに善とは言えない感情だろうが、だからといって間違ってはいない。

 だから言える。『本当に正しいこととは、決して善かどうかは分からない』と。善だから正解で、悪だから不正解。そんなルール、誰が決めた。もしもそんなルールを作った奴がいるなら、今この状況をよく見てみろと怒鳴りつける。

 善の生き物、天使。

 その善そのものの存在によって、クロアの腕の中で泣いている子供は傷つけられた。たくさんの命を理不尽に奪い、踏みにじり、そうして天界軍総本部という善の組織は行動している。

 これの何が善だ。

 どこにも光など見えないじゃないか。

(……それでも、テメェらが自分のことを善だって吠えるなら)

 クロアはサタンをゆっくりと引き離して。

 そのこらえていたはずの涙をついに流してしまっている大きな瞳に、優しく微笑んだ。

「安心しろ、とは言わねえよ。けどな、アルもファーリスも、俺たちのことを信じてあの場に残った。信じてくれてんだよ、あいつらは」

「……」

「だったら、俺たちもあいつらを信じるぞ。二人は生きて帰ってくる。必ずだ。あいつらは絶対に、約束を破るような真似はしない」

「……っ」

 コクリと頷いたサタンの頭を撫でてやり、クロアはあらためて目の前にある巨大な扉を見上げる。

 この先に、奴がいる。

(そっちが正義なら、こっちは悪になってやるよ)

 クロアは腰のホルスターから、『魔浄天銃』を一丁引き抜く。

 そして、銃口の先を四天室の扉に向けた。

 


「ああそうだ。俺は堕天してでも、テメェら正義を踏み潰す」



 ゴバッッッッ!! と、引き金が引かれてクロアの膨大な魔力が発射された。その魔力の一撃は四天室の巨大な扉をぶち壊し、そのまま室内に吹き飛ばす。派手な入出をしたクロアは、サタンの手を引いてようやく四天室へたどり着いた。

 すると。

 案の定、部屋へ入った直後に声が降りかかる。

「待ってたよ。退屈に耐えて、ずっと君を待っていた」

「セリフがいちいち気持ち悪いんだよ、テメェは」

「はは、ひどい言いようだなぁー。せっかく君のために、わざわざ一人で迎え撃つのにさ」

 大天使ミカエル。

 その銀髪色白の最強の大天使は、史上最凶の大罪人、ダーズ・デビス・サタンを玉座に座って見下ろしている。確かにミカエル以外には誰もこの場にいない。広大な四天室で睨み合う二人にとって、それはお互いに邪魔者がいなくて好都合なのだろう。

 クロアはサタンから手を離す。

 だが、離した瞬間にサタンがぎゅっと掴んできた。

 クロアが彼女を見下ろすと、サタンは呟いた。

「……やだよ」

「……ああ。俺も嫌だ」

 苦笑したクロアは、ポンとサタンの頭に手を乗せる。

 ガシガシと強く撫でてやって、精一杯、安心させてやるために笑った。

「俺もお前と離れたくねえ。嫌だ。だから、約束する」

「……帰って、くる?」

「ああ。約束だ」

 しばらくうつむいて。

 ゆっくりとクロアから離れたサタンは、やはり強い子だった。

 まるで出来のいい娘に満足するように、クロアは苦笑して玉座に座るミカエルと向き合った。

「あのガキ、俺の自慢の娘なんだよ」

「へぇ」

「だからさ、まあ、俺って親バカだから許してくれ。多分、俺はテメェを容赦なく殺す」

「そっかそっか。親子愛の強さが何となく分かるよ。良いお父さんじゃないか」

「シングルファザーだからさ、パパとしてカッコイイとこ見せたいじゃん。つーわけで、まあちょいと犠牲になれや。というか、個人的に拳でテメェの顔面整形してやりたい衝動が爆発してるんだ」

 二丁の『魔浄天銃』を取り出す。

 魔力を弾丸として扱う大型リボルバーを二つ握り締めたクロアは、最後の戦いへ挑む。

「それじゃあ、そろそろいいかな」

「こっちのセリフだ。色白もやし」

 玉座から立ち上がったのは、天界最強のクロークティ・ミカエル。

 対するのは、史上最凶の大罪人、天界最凶のダーズ・デビス・クロア。

 最強と最凶は睨み合う。

 そして直後に、二人は最後の決着をつけるために激突した。








「君が僕の力を一番知っているはずなんだけどなぁ」

 大天使ミカエルは薄い笑みを浮かべながら、右手を軽く突き出した。すると掌から白銀の光が溢れ出す。すなわち魔力だった。その神秘的な銀の魔力は彼の右手で輝きを増し、だんだんと形を作り始める。

 ドッッッ!! と、最後に謎の風圧があたりへ走り抜ける。すると、ミカエルはその右手に銀の刀を握りしめていた。

 クロアが一番、知っている力。

 一度は敗北したその絶対的な神にも等しい、最強の魔力。

「魔力を使ってあらゆるものを『創造』できる。想像したものを創造する、限界のない魔力だったな」

「そうだね。君では抗えない力だ」

「……上等じゃねェか」

 頭が沸騰したクロアは、即座に二丁の『魔浄天銃』を突きつける。躊躇いなく引き金を引くと、魔力で構成された弾丸は二発発射された。

 ガゥンガゥン!! と、激しい銃声が二度上がる。

 しかし、ミカエルが指をパチンと鳴らすだけで。

「ざんねーん」

 突然、彼の目の前に何の予兆もなく縦に二十メートル横に十メートルの鉄壁が出現した。白銀の壁はクロアの弾丸を弾き飛ばし、ヒビさえ作ることなくそびえ立っている。

 チッ、とクロアは舌打ちをつく。

 対して、ミカエルが再び指を鳴らすと、それだけで壁はパッとテレビ画面を消すように一瞬で消えた。

 すなわち創造。

 あらゆるものを創り出せる、創造性に特化した魔力である。

 ミカエルは左手を軽く突き出す。すると白い粒子が手の中に集まっていき、だんだんと形を作っていった。出来上がったのは巨大な槍だ。白銀に輝く一本の槍。美しさも秘めた幻想的な塊のようだった。

 彼はそれを大きく振りかぶって、思い切りクロアに向けて投擲する。

 風を切る音と共に、それはクロアの胸へ吸い込まれるように飛んでいく。

 対して、ミカエルの槍にクロアは銃口を向けて引き金を引いた。

 ただし、こう唱えて。

「『絶無消滅アバルダート』」

 クロアが扱う絶対的な破壊を巻き起こす魔法、『絶無消滅』とは、クロアの魔力をただ大量に放出するだけの魔法である。ただし、これはクロア以外では行えない、強力な魔法。クロアの魔力は他の天使とは違い、とてつもなく『高温』なのである。

 故に。



 クロアの魔力をただ放出するだけで、その瞬間最大温度は『五千度』を超えるのだ。



 灼熱の魔力が銃口から飛び出し、光り輝く閃光となってミカエルの槍を飲み込み、跡形もなく焼失させる。そのまま一直線にミカエルの身体を喰らい尽くそうとするが、相手は不敵な笑みを浮かべたまま右手に持っている刀をただ振り下ろす。

 それだけで。

 ビュオッッッ!! と、莫大な風圧が誕生し、クロアの『絶無消滅』を拡散させてしまう。やはり一筋縄ではいかない相手だと再認識し、クロアは『魔浄天銃』の内、左手に持っていた一丁をその場に投げ捨てる。

 銃など、奴には効かない。

 二丁あっては、逆に動きにくいだけだった。

 グッと足に力を込めて、クロアはただ飛び出す。実際に行った行動はそれだけだったが、その移動速度はもはや移動ではない空間を飛ぶようなものだった。

 気づけば、彼の身体はミカエルの眼前へ現れる。

 どうしても移動と呼ぶならば、それはもう瞬間移動としか言い様がない。

 そして、最強の天使の懐へもぐったクロアは、左手の拳を固く握りしめて、

「創造させる前に、その顔をぶっ壊せばいい話だろ」

「っ」

 ゴガッッ!! と、その拳はミカエルの顎に下から着弾する。ミカエルはようやく、自分の愚かさを自覚する。過去に一度戦った時よりも、クロアの全体的な戦闘能力があがっている。

 油断をしていては、まずい。

 よって大天使ミカエルは、成長したクロアを認めて、対等だと理解した上で拳を握った。

 お返しだ、そう言うように彼のボディブローがクロアの腹部に炸裂する。さらに続けて曲線を描くハイキックを繰り出し、クロアの頭へ強烈なダメージを与えた。

 ただしそれだけでは終わらない。

 ミカエルは血を吐き出したクロアの襟首を左手で引っつかみ、身動きを封じ、右手の刀でその心臓を串刺しにしようと突き刺す。

 だが。

 胸に突き刺さるその瞬間、刀の先から刀身の全てが一瞬で溶解し、その後に砕け散る。まるで『絶無消滅』に当たったような現象だった。咄嗟にミカエルは身を引いて、なぜか刀が通じないクロアから距離を取る。

 そこで、分かった。

 クロアになぜ刃物が通らなかったか、それを理解できた。

「君、それはすごく燃費が悪いよ。魔力ってのは無尽蔵じゃない。五分と立たずにからになるよ」

「……ハッ」

 鼻で笑ったクロアの肌には、薄く魔力が全身に展開されていたのだ。言ってしまえば、魔力の皮膚だ。クロアそのものが全身に魔力のカバーを纏い、『「絶無消滅」そのものになっている』のである。

 魔力を薄く皮膚に貼り付ける、斬新な戦い方。

 確かにこれで、ミカエルの創造したもの全てを溶解または焼失させることは可能だが、ずっと魔力を放出している状態なため、すぐに魔力は底を尽きるだろう。

 だがしかし。

 クロアはそこを自覚している上で、戦う。

「一分ありゃ十分だ。必ず潰す」

「へぇ。言うようになったじゃないか、負け犬」

「今から負け犬になりさがる犬畜生が何を吠えてるんだよ」

「そうか。なるほど、君はまだ分かっていないみたいだね」

「あ?」

「僕と君の間にある、越えられない壁ってやつさ」

「越えられないが、薄くてもろい壊せることはできる壁だろうが」

 ミカエルはその両手に二本の槍を創造する。白銀に輝く長槍の二つを同時に投擲。それらは一直線にロケットのような速度を持ってクロアに突っ込んだ。

 対して、クロアはその飛んできた二本の長槍の内、頭に飛んできた一本を首を振って回避。さらに胴体へ迫ってきたもう一本を体をそらすことで回避する―――と同時に、かわした瞬間にその二本の槍をどちらも掴みとる。つまりは飛んできた槍をどちらもキャッチした。

 これにはミカエルも驚愕した。

 そんな彼の顔に向けて、クロアは右手に持っている槍を投げ返してやる。さらに左手の槍を彼の腹部に向けて投擲する。

 さらに右手に持っている『魔浄天銃』へ最大限の魔力を注入した弾丸を装填。

 これが最後の『絶無消滅』となる一撃だ。

 クロアはその引き金を絞り、最後の全身全霊の一撃を解き放った。

「ふと思ったんだよ」

 と、そこで。

 ミカエルが右手の人差し指を立てて、クロアに向ける。

「君の『絶無消滅』。つまり君の高温の魔力。それさえも僕が『創造』しちゃったら、ひょっとして魔力の量の差で僕が勝つんじゃない?」

「っ」

 今更止められない。

 銃口から飛び出た最高出力の魔力は、ミカエルの『創造』したクロアの魔力と激突する。

 勝敗は、決まる。



 結果は相殺だった。

 ただし、もう魔力が底を尽きたクロアは、静かにその場へ崩れ落ちた。



 ぜえはあと息を荒げながら、クロアはミカエルに見下ろされて倒れてしまった。やはり、勝てない。最強の天使の前に、最凶の天使は二度目となる敗北を味わうことになったのだ。

「クロアッ!!」

 勝敗が決したことを感じて、サタンが駆け寄っていく。クロアは整えられない呼吸を無視して、近寄って来たサタンのためにも、とにかくもう一度体を起こした。

 フラフラと立ち上がり、サタンの頭をポンと優しく叩く。

 視線だけはミカエルにロックオンさせておいて、憎しみしかこもっていない目で睨みつけていた。

 と、その時。

「動くなッ!! 謀反人、西方軍元帥ダーズ・デビス・クロア!!」

「っ」

 ハッとして振り返ると、そこには百を超える武装した天使たちがクロアとサタンを包囲していた。逃げ場は消えた。そもそもミカエルから逃げ切れるわけもないのだが、後ろも前も敵だらけ。

 ここまでか。

 悔しそうに顔を歪めるクロアに、ミカエルが言った。

「ごめんねークロア。時間切れだよ。どうやら、僕たちの喧嘩を嗅ぎつけてみんなが駆けつけてくれちゃったし。惜しかったねー、あとちょっとだったのにさ」

「……くそったれが」

「おお怖い怖い。そんな鬼みたいな目で見ないでよ。繊細だからさ、僕って」

 そこで、何人かの天使たちがクロアとサタンを強引に引き離した。クロアの腹に男の天使が拳を叩き込み、髪を引っつかんで無理やり床へひざまずかせる。

 その滑稽な姿に、ミカエルは満足そうに笑った。

「はは、いいねー似合ってるよクロア。やっぱり君は、いつまでも汚い泥の中をもがいているのが似合う」

「……そりゃどうも」

「で、だ。その子が、確かサタンちゃんだっけ」

 ミカエルはチラリと、その視線をサタンに向ける。

 彼女はクロアのもとへ行こうとしたが、武装した天使に拘束されているクロアの状況から、自分が動けばクロアが危ないと悟り立ち止まった。

「あはは、意外と聡明な子だねー。そうだよー、君が変なことしたらクロアの首は飛ぶよー」

 ニヤニヤとミカエルは笑いながら、サタンに近寄っていく。

「ねえサタンちゃん。ちょっとお兄さんと取引をしようか」

「とり、ひき……?」

「本当ならね、このままだとクロアは処刑されちゃう。けどね、君が僕の言うことを聞いてくれたら、クロアだけは助けてあげよう」

 その瞬間。

 倒れているクロアから怒声が上がった。

「っ!! 逃げろサタン!! そこのクソ野郎に耳を傾けるなッ!!」

「おいおいクロア。それはちょっと言いすぎだよ」

「ふざけろボケが!! テメェはそこのガキを使って何をする気だ、あぁ!? 理由もねえのにガキ一人ナンパしてんじゃねえよ!! 大体、もとはと言えばサタンを殺すって方針だったはずだろうが!!」 

 ミカエルはクロアの血走った目に臆することなく、淡々と語り始める。

「だからこれは取引だって。サタンちゃんがこの場でその命を捧げてくれるなら、その勇気に感動した僕はクロアを助けてあげる。抵抗する場合は、君たち親子をまとめて殺す」

「っ……!! 何が取引だ、結局はテメェのためにテメェが望む芝居をやれってことだろうが!!」

「そうかな。君は助かるし、サタンちゃんにとっても利益はあるけど。ああ、一応言っておくけど、僕は約束だけは守るよ。そもそもクロアの実力は、やっぱり僕につぐほどのものだ。捨てるにはもったいない、天界の貴重な戦力だしさ」

 サタンは一瞬、目を見開いて希望を得たような顔をした。

 まずい。完全にミカエルの話術に飲まれている。よって、再びクロアが声を張り上げた。

「いいからさっさと逃げろサタン!! 俺が死ぬならまだいいんだよッ!! ここまでの道のりは、全部全部お前を守るために歩いてきたんだ!! ここでテメェが犠牲になったら、今までの時間は無駄になるんだよッ!!」

「で、でも……!!」

「でもじゃねえ!! さっさと行けェ!!」

 クロアの怒声に肩をはね上げるサタン。しかし、やはり彼を見捨てることはできないのか、その場から動くことだけはしない。

 最悪の状況だ。

 しかし、そこで神様というやつはさらなる絶望をサタンとクロアに与えるようだった。

「ミカエル様、ご報告することがあります」

「ん、なにかな」

 近寄って来た部下の天使にミカエルは微笑む。 

 すると、その男の天使はただ事実だけを述べた。



「アルスメリア元帥、ファーリス元帥、共に討伐を成功させました。アルスメリア元帥の死体は確認し、確保。ファーリス元帥の方は死体が原型をとどめておらず、その場で燃やし処理を実行。彼女たちの討伐に向かったガブリエル元帥は負傷、その他の者はほとんどが廊下で斬殺されていて壊滅とのことです」



 血が凍った。

 サタンの体から、一気に体温が抜けていく。

「……アル姉とファー姉が、なに……?」

 クロアは黙って視線を落とす。

 ただし、彼ほど冷静に現実を受け止めきれない子供のサタンは、だんだんと瞳が震え始めた。

「や、だ」

 ポツリと呟く。

 その不安定な声音は、次第に大きくなっていく。

「いや、だ」

 二人の記憶が、自然に記憶の扉から引きずり出される。彼女たちとの時間が、思い出が、その全てがサタンの脳内で再生されていく。

 涙が、今になって、垂れてきた。

 つーっと、もはやたくさん涙を流すことすらできないのか、サタンの瞳は乾いてしまっている。

 銀の瞳は、その一滴の涙を最後に、だんだんと現実を理解してしまう。

「嫌、だ」

 当然。

 また大切な人を失ったサタンの心は、爆発せざるを得なかった。

 だから。



「嫌だァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」




 そこで、彼女の背中から巨大な黒翼が出現した。闇よりも墨よりもドス黒い、漆黒の翼は四天宝の天井を突き破って空へ伸びる。同時に膨大な量の黒い魔力が全身から噴出し、天井どころか室内全体を食い荒らしながら全てを破壊していく。

 突然の『邪鬼魔躙』としての力の暴走。

 これにはミカエルも対処ができず、全ての天使たちが恐怖に負けた。

 天井は崩壊し、サタンの魔力が全てを壊し、破壊を繰り返して四天宝を瓦礫の山へと変えてしまう。

 拘束されていたクロアだったが、当然、現状のおかげで天使たちは逃げ惑っている。豪雨のように巨大な瓦礫が降ってくる中、それでも、サタンに向けて走り出していた。

「サタンッ!!」

「っ」

 彼女もこちらに気づき、手を伸ばしてくる。力は暴走していても、どうやら正気だけは前回のように失ってはいないようだった。

 その小さな手を、掴もうとする。

 クロアは必死に駆けていく。たとえ足が潰れようとも、その小さな手だけを求めて何としてでも突き進むだろう。

 だから。

 彼は最後の最後まで、そのお人形のような手を取るために足掻き続けた。









「……っ!!」

 意識を取り戻した。

 クロアはその場から即座に起き上がり、あたりを見渡す。まず最初に目に映ったのは、瓦礫の山と化した平野の中、特に大きな瓦礫に潰されている大天使ミカエルだった。

 恐らくは、サタンの魔力によってダメージを受け、ひるんだところを潰されたのだろう。

 指先一つ動かない彼を一瞥し、静かにクロアは勝利を確信した。

 これで反逆は成功した。

 いろいろなハプニングが起きたが、それでも、結果的に自分たちは天界へ勝ったのだ。

 あとはサタンの無事だけが気がかりだったのだが、クロアはふと表情を柔らかくした。静かに呼吸をしながら倒れている、小さなかすり傷だけを足に作っているサタンを見つけたのだ。

 ほとんどすぐ傍に、彼女はいた。

 ゆっくりと腰を下ろすと、彼はサタンの小さな体を抱き上げる。瞬間的な暴走だったのか、彼女は元のただの女の子へ戻っていた。

 温かい。

 思わず、その場へ座り込んでしまった。

(……あったかいな)

 自分も、サタンも。

 今になって、生きているという事実に、温かいままでいられている事実に涙が出そうだった。

(本当に、お前は温かい……)

 その胸にサタンを抱いて、彼はしばらく動かなかった。

 だがしかし、やがて大きく息を吐くと、クロアは立ち上がって出口へ歩いていく。サタンを抱きかかえたまま、フラフラの足取りで四天宝から立ち去ろうとした。

 すると。

「……クロ、ア……?」

 サタンが目を覚ました。

 腕の中にいる彼女は、こちらを見上げながら尋ねてくる。

「終わった、の……?」

「ああ。もう終わったよ、全部な」

「……そっか」

 そこで、抱えられていたサタンがクロアの腕から床へおりる。彼女はその小さな手をクロアに差し出した。手をつなごう、言葉にせずとも理解できたクロアは、苦笑してその手をぎゅっと握る。

 二人はもう、離れない。

 勝ち取った平穏を、これから共に歩んで行くのだ。

 もちろん、楽しいことばかりじゃないだろう。きっと苦しいことも、つらいことも、泣きたくなることもあるだろう。

 だが。

 それでも、それら全てを乗り越えていくことこそが、『生きる』ということなのだ。

 立ち向かおう。

 これからは、二人で全ての壁に立ち向かい、それでも笑って生きていこう。

 つないでいる手は、温かい。

 とても、温かい。

 だからなのか、二人は幸せそうに歩いていた。 

 その時。



「終わり、だよ。ああ終わりだ。これで全部終わって、君たちだけが終わるんだよ」



 のしかかっている瓦礫から這い出て、潰れた片足を無視して、大天使ミカエルは立ち上がった。同時に、全魔力を用いて『創造』を発動させる。すると天井の消えた満点の夜空に、千本ほどの刀剣の群れが生み出されていった。

 千の剣は星ぼしのように輝いている。

 ミカエルのしようとしていることに気がついたクロアは、咄嗟にサタンを床へ押し倒した。そのまま彼女へ覆いかぶさり、その何が起こっているか分からない顔で呆然としている彼女に、優しく微笑んだ。

 やはり、現実とは甘くないらしい。 

 静かに苦笑したクロアは、こちらを見つめているサタンの額に、コツンと自分の額を当てる。

「クロ、ア……?」

「悪いな。許せサタン」

 クロアは言った。

 まるで子供のような笑顔を咲かせて、彼は言った。

「俺はお前を愛している。これからも、ずっとな」

 次の瞬間。

 千を超える刀剣の数々が豪雨となって降り注がれた。

 避けようのない絶対の一撃は、辺り一帯を刀剣の草原へと変えてしまう災厄の一撃だった。









 


 目を開ける。

 轟音がなりやんだことで、サタンはようやくまぶたを上げた。生きているとは思えなかった。あれだけの刀剣の嵐を受けてもなお、無傷でいられるとは考えていなかったのだ。

 しかし、彼女は傷一つ負っていなかった。

 四肢が揃っている体、骨の一本も折れていない状態、ありえないとしか言い様がない。

 だが。

 もちろん、タダでそんな大きな買い物ができるはずもなかった。



 クロアの全身に、無数の刀剣が突き刺さっていた。彼はサタンに覆いかぶさったまま、それでも、絶対に彼女の瞳から目をそらすことなく笑っていた。



「クロ、ア」

 呆然と、サタンは目と鼻の先にある彼の名を呼ぶ。

「クロア……?」

「……わりぃな。約束、破っちまった」

 静かに、サタン頬へ自分の頬を寄せる。そうして抱きしめて、耳元で彼は続けた。体のあちこちに剣が串刺しになっているというのに、彼は落ち着いた声で告げる。

 サタンの小さな手を、力強く掴んだ。

 痛いほどに握りしめて、思いを伝えた。

「……生きろよ、バカ娘。どんなに汚くてもいい。どんなに醜くてもいい。それでも、どんな形でもいいから、お前は生きてみせろ……」

「や、めて……」

「正義になんて、ならなくていいさ。お前が思う生き方で、いい。たとえその生き方が悪だったとしても、それでも、俺はお前を見捨てない。―――お前がどれだけ悪に堕ちても、俺はお前を愛している。ずっとだ、ずっと。お前がどんな道を歩もうと、俺はお前をいつでも抱きしめてやる」

 無意識に涙を流しているサタン。彼女の顔に手を添えて、愛おしそうな目でクロアはサタンの瞳を覗き込んだ。

 そうして、言った。

 本当に、心の底から思ったことを、ただ告げた。

「……宝石みたいな、瞳だな……」 

 クロアはゆっくりと、サタンの頬を撫でてやって。

 最後くらい、父親らしい威厳を持って逝きたいために。

「ああ……」

 格好をつけて。

 くだらない見栄を張って。

  






「……ほんっとう、宝石みたいな瞳だなぁ…………」


 

  

 

 


 次の瞬間。 

 スパン!! と、クロアの首が飛んだ。ミカエルが後ろから刀で切り捨てたのだ。その衝撃的な光景は、今のサタンにとって、どれだけの傷となったかは分からない。

 ただ。

 大天使ミカエルは、その手に持っている刀でクロアの首をはねた達成感に、ただ笑みを浮かべていた。

 サタンは瞳から色を失う。

 頭を失った死体が、もたれかかってきた。彼女はそれをしっかりと抱きとめて、呆然としたまま抱擁をする。

 彼の笑顔は、いつまでもサタンの脳裏に焼き付いていた。

 なぜだか、今のサタンは一切泣けなかった。

 彼女は涙など一滴も流すことなく、何の感情も抱けずにただ死体を抱きしめていた。















「散ったみたいだな」

「貴様は季節も知らんのか。今ではもう、桜なんぞは散ってしまって当然の時期だぞ」

「うっせーな。しょうがねえだろ、好きなんだから」

「桜がか? あのようなすぐに散っていくものに興味は持てないな」

「それがいいんじゃん。そこにこそ美がある」

 大天使ウリエルは、大天使ガブリエルと新たな四天室の中で、窓の外にある桜の木を眺めていた。もっとも、既に花なんてものは一枚もなく、ウリエルは窓枠に肘をついて外の世界を見つめる。

 あの四人が起こした反逆は、今では『天界滅亡の晩』と呼ばれ、未だに後始末を残している。彼らの起こした一世一代の反逆から、既に三ヶ月は経っていた。天界軍総本部内で起こったあの激闘は、建造物の破壊や山のような天使たちの死体を残しているため、それらの始末に終われる日々が未だに続いている。

 ウリエルは面倒くさそうに溜息を吐いた。

「っつーか、ミカエルの野郎はこれからどうでるのかね。結果的にあいつがてっぺんみたいな風潮だし、またくだらない悲劇を起こさないで欲しいが」

「そうなれば、必然的に貴様が対立するだけだろう」

「てめえは手伝わねえのかよ」

「……」

 壁に背中をつけて寄りかかっているガブリエルは沈黙する。

 しかし、やがて観念するように息を吐くと、

「手伝おう。これで二対一だ。ミカエルといえども好き勝手はできまい」

「おいおいどうしたガブリエル。急な心境の変化じゃねーか」

「……部下だった女の笑顔がふと頭に浮かんだ。奴には命を救われた借りがあるからな、まあ少しずつ自分を変えてみようと思ったわけだ」

「そうかい。そりゃ結構」

 からかうように笑ったウリエルは、時計を確認すると椅子から立ち上がった。

 そんな彼女を一瞥して、ガブリエルは言った。

「また行くのか」

「ああ。気が合う友人だった不良天使との約束なんでね」

「……そうか」

 ウリエルは四天室から出て行った。

 目的地は、かつての四天室であり『天界滅亡の晩』の最終決戦となった場所である。










 瓦礫の山となり、あの反逆のときのような夜空が輝く空の下、ウリエルは一匹の怪物に会いに来た。その小さな怪物は、ずっと死体を抱きしめたまま石のように動かない怪物であり、無理に死体から引き離そうとした天使たちが片腕をもがれたり内蔵を引き抜かれたりしている。

 すなわち。

「『邪鬼魔躙』……いいや、サタンか。てめえを怖がって、ウチの天使たちは誰も手を出せねえんだよ。まったく、情けねえ話だよなぁ。ま、確かにお前のあれだけの力を目の当たりにしたら、そりゃブルっちまっても仕方ねえか」

 まるで人形のように動かない、長い銀髪を持つ銀目の少女。彼女は首のない死体を抱擁したまま、一体どこを見ているのか分からない目で夜空を見上げていた。

 三か月前、彼女はこの場所でクロアに庇われて彼と死別した。

 その抱きしめている死体には無数の刀剣が串刺しになっており、彼がどういう結末をたどったのかは、ウリエルも何となく想像がついた。

「そろそろ終わりにしろよ、サタン」

 ぴしゃりとウリエルは言った。

 彼女はサタンの目の前に立ち、戒めるように告げる。

「てめえは子供だ。だから駄々をこねてもいいが、そろそろ終わりにしろ」

「……」

「いい加減、クロアをきちんと弔ってやれ。いつまでもてめえの都合で起こしてるんじゃねえよ」

「……」

 何も反応はない。

 ただ、首のない死体をいっそう強く抱きしめたように見える。

 だから、ウリエルは尚更口を開く。

「分からないのか、サタン」

 彼女は何も言わない。

 変わらない。変わらなくてはならないのに、それでも彼女は変わらない。

 故に、ウリエルはついに怒声を上げる。

「わからねえのか!! テメェがそうやって息をしてんのは誰のおかげだ!! テメェがそうやって生きていられるのは、あいつら三人のおかげなんだろうがッ!! ―――無意味にするのか、クロアやアルスメリア、ファーリス達の命と覚悟を全て無意味にしてテメェは死んでいくってのか!!」 

 グイっと、その首のない死体をサタンから強引に引き離す。その瞬間、なんの反応も見せなかった彼女は、目を血走らせてウリエルの首を握り潰すために突っ込んだ。

 獣のように吠えて。

 その身に全てを破壊する魔力を纏って、彼を奪うウリエルという存在を排除する。

 だが。

「クロアから、お前に向けての遺言を頼まれた」

「―――っ」

 その言葉だけで、その名前が出ただけで、サタンの魔力は霧散する。ただの女の子へとなった彼女をぎゅっとウリエルは抱きしめて、耳元で優しく続けた。

「あの時、私はクロアに頼まれた。お前が衰弱して別館に立てこもっていた時だ。『俺が、俺たちがサタンを残して死んだら、伝えて欲しいことがある』って言われたんだよ」

 ウリエルは頬を緩ませて。

 サタンを一層強く抱いて、きちんと、あの時の約束を果たす。

「クロア、ファーリスやアルスメリアに代わって、私が伝えるよ。お前のためにその命を捧げた、あいつら本当に正しかった天使たちに代わって、私が伝える」

 サタンはきっと、分かってくれる。

 この三人の気持ちを凝縮した遺言は、きっと彼女の心に届いてくれる。

「『お前と巡り会えて、本当に幸せだった。いつまでも変わらず、そのままのお前で生き抜いて欲しい』」

 それだけで、サタンの両目は涙でいっぱいだった。

 脳裏に三人の顔が浮かんでくる。あの桜の木の下で、綺麗な川を背に草原の上に三人は立っている。こちらに微笑んでくれている彼らは、もうそこにいるようなほど鮮明に見えてしまう。

 ファーリスが優しく笑ってくれている。小さく手を振ってくれていて、いつもの彼女らしい微笑みがとっても眩しかった。

 アルスメリアが静かに苦笑していて、こちらに目を向けたかと思えば、隣に立っている男にチラチラと視線を移している。いつもの彼女らしい、初々しいところが可愛らしかった。

 彼女たち二人に挟まれる形で、一人の黒髪の天使が呆れるように笑っていた。頭をガシガシと掻いて、まるで父親のようにおだやかな笑みを最後は作ってくれる。

「『生きて生きて、生き抜いてくれ。足掻いて足掻いて、泣いて泣いて、それでもやっぱり生きて欲しい』」

 ああ、そうか。

 ふと、サタンはそう理解した。

 クロアが伝えたいことを、ようやく受け止めることができたのだ。

「『お前が生きているだけで、俺たちは笑顔でいられるから。それだけでもう、満足だから』」

「……ぁ」

「『どんな生き方でもいい。俺は絶対に、お前を愛しているから』」

「ぁ、……ぁ」

「『俺と出会ってくれて、本当に―――ありがとう』」

 限界がきた。

 サタンは声帯が切れる勢いで、声を上げた。

「ぁ、うぁ、ぁ、ァぁ……ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 涙が噴火し、ようやく彼女はクロアの死に涙を流すことができた。声が二度と出なくなるかもしれない。それだけの勢いで、とにかく声を上げ続けた。

 そうしていなくては。

 きっと、背負いきれない悲しみだったから。

 それから何十分経ったのだろう。気づけばサタンは泣きつかれて、ようやくまぶたを閉じて眠ってくれていた。ウリエルはその可愛い寝顔に苦笑すると、すぐさま目的の場所へサタンを連れて行くことにする。

 天界軍総本部全体で決めた『邪鬼魔躙』に対する罰は、『天界からの追放』である。処刑しようにも、やはりサタンに返り討ちにあってしまうことから、殺すのではなく遠ざけることにした。理由はどうであれ、サタンは大量の天使たちを殺戮している。この罪だけは変えようのない事実であるため、ウリエルも反対はできなかった。

 天界からの追放とは、具体的に『下』へ落とすということである。この天界という世界の下には、人間界や魔界、冥界などの数多くの世界が存在しているため、それらの世界へ適当に投げ捨てるというもの。

 どこの世界へ落ちるかは分からない。

 それでも、きっとこの子ならば生きてくれる。

 それが、あの三人の希望であり、この子が背負う使命なのだから。

 ウリエルはサタンを『下』へ落とすため、目的地につくまでの道のりとして、天界の木々が生い茂ったところを歩いていた。

 そこでふと、足を止める。

 近くには、かつて自分がクロア達に捕まえられていた別館があった。

 ということは、つまり……。

「やっぱり、あったか」

 ウリエルが見上げたのは、一本の桜の木だった。その枝には、かつて四枚の桜が生き残っていたが、そのうちの二枚は散ってしまい、恐らくはもう一枚も散り落ちたのだろう。

 生き残ったのは、一枚だけなのだろう。

 そんなことを思っていたウリエルだったが、そこで彼女は目を見開いた。

「……はは」

 面白いこともあるものだ。

 いや、案外、この子の傍にはあの三人が常に一緒にいるのかもしれない。

 ウリエルは桜の木を背に、立ち去っていく。



 枝にはなぜか、『四枚』の桜が生き残っていた。



 おそらく、あの四枚だけは永遠に散ることがないのだろう。

 たとえ散る時が来ようとも、きっと、そのときは四枚が共に舞い散っていくことだろう。





 

 

  









 我輩は気づけばここにいた。

 この世界に太陽はない。ただ、異形な怪物と夜しか来ない不思議な世界で、常に血の匂いが充満しているのだ。我輩は長い間ここにいて、長い間生きてきた。ここを『地獄』と呼ぶようになってから、もう何百年経つのだろう。

 ただ、そんなことはどうでもいいのかもしれない。

 生きているだけで、いいのだ。

 それだけで、きっと、みんなは笑ってくれているから。

「……我々は天使たちとは違う、まったく別の生き物だ」

 我輩は今、根城としている城のバルコニーから、眼下に広がる国民たちを見下ろしていた。この世界で何百年と生きている中で、今では彼ら国民を先導する王として我輩は生きている。

 奴ら歪んだ天使とは逆の、まったく正反対の生き物。

 正しい悪として、歪んだ正義と戦い続ける、奴ら独善の生き物と対立する存在。



「我輩たちは『悪魔』である。奴ら歪んだ『天使』とは違う、正しい悪として歪んだ正義を討つ存在だ」



 この世界で生きて。

 天界の歪んだ天使たちと日々戦い、そうしていつか大天使ミカエルの首を取る。

 それが今、我輩が生きている理由。

 復讐といえば良くない響きだ。

 けれど、きっと、クロアなら分かってくれる。いや、分かってくれないかもしれないが、それでも見守っていてくれている。

 だから迷わない。

 我輩は、これからも一心不乱に生き抜いてみせる。






 みんなと約束したから。

 どんな生き方でもいいから、必死に生きてみせると誓ったから。





 






















 




  

 

これにて大悪魔サタン誕生物語~光を求めた反逆者たち~は完結です。どうでしたでしょうか。私の作品の中では、唯一の完結作品かつバッドエンドっぽい作品でもあります。私の作品は基本的に主人公たちが勝つものが多いですが、ここまで主人公サイドが全滅することもなかなかないですよね(笑) でも、世界そのものに立ち向かったのですから、ほぼ全滅するほうが現実的かなとは思います。

 ファーリスは食い殺されてしまったので、死んだ三人の中でも、彼女の死に様が一番ショッキングですよね。アルスメリアは最後の最後まで桜のように戦ってくれました、本当にクロアのことは大好きだったんです。

 主人公のクロアですが、兄貴肌なちょっと不良系主人公でした。最後はサタンを庇って首を切り落とされましたが、その死に様はサタンの『父親』らしい、立派なものだったかと思います。


『どれだけお前が悪になろうと、俺はお前を愛している。抱きしめてやる』



 こんなセリフを最後に残しましたが、ザ・お父さんって感じですよね。本当に父娘のようにクロアとサタンが見えてきます。

 これにて今作は終了です。

 サタンちゃんは、こうして大悪魔サタンとして悪魔の神に君臨したわけですね。あ、一応、実際の神話でも『大天使ミカエル』と戦って負けたとこは、本当です。なので、あながちフィクションってわけでも……ないのかな?



ぜひとも、ご感想を頂けると幸いです。

ちなみに、作者はアルスメリアの最後が一番胸にきています(笑)

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