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大悪魔サタン誕生伝説~光を求めた反逆者たち~  作者: 月光女神
第三章 三人の反逆者と怪物
11/21

反逆者と怪物の逃亡

 そして、同じく漆黒の魔力が吹き出てきた。

 サタンを取り押さえていた兵士二人は、気づけば頭を落としていた。文字通りだ。本当にそのままの意味で彼らは頭を『床に落として』から、綺麗な切断面の残った首から血しぶきを撒き散らす。くわえてサタンが右手を振るうと、ただそれだけの動作で上半身と下半身が綺麗に切り分けられた。

 ボトリ、と。

 分解された肉塊が、あたりに散らばっていく音が連続して響く。

「……は?」

 そして。

 何よりも衝撃的だったのは。

 いつの間にか、大天使ラファエルの目と鼻の先に、サタンの顔があったことだ。あまりにも常軌を逸した移動速度に、唖然としていたラファエルはミスを犯していた。

 ミスとは単純なこと。

 すぐに逃げなかったこと、それだけである。

 故に。

 グシャ!! と肉が弾けた音がした。サタンが小さな右手を使って、ラファエルの手首を掴む。そして、引き抜いた。ただ乱暴に、荒々しく、雑草でも引き抜くような調子で肩から一気に引っこ抜いてやった。

 その結果。

「が」

 一拍置いてから。

 大天使ラファエルは、ようやく恐怖と激痛を自覚する。

「―――が、バァあああああああああああッ!? が、がフッ!? が、ご、ごぼぇぇえええええええええええええええええええッ!?」

 悲鳴を上げて崩れ落ちる彼だったが、サタンはそれを許さなかった。全身に黒い紋様が浮かび上がっている彼女は、その異様な姿のままうっすらと笑みを浮かべて、足元に落ちた醜い顔を蹴り飛ばす。

 簡単に、靴先が綺麗に顔面に埋まった。

 次の瞬間。

 ビシャッッッッ!! と、水がたくさんこぼれた音がした。

 頭蓋骨ごと粉砕させられたラファエルの頭が、四方八方に気持ち悪い液体や肉を飛び散らせた証拠の音だった。最高位の立つ『四大天使』の一人が、あっという間に汚い死体へ変わったのだ。最強の天使の一人が、ただの幼い女の子に顔面を木っ端微塵にされて死んだ。

 いいや違う。

 全身から黒い魔力を溢れさせている彼女は、ただの子供などではない。

「……『邪鬼魔躙じゃきまりん』」

 ファーリスが、思わず呟いた。

 天が体を与え地が命をさずけた最悪の怪物。天界に住む善の生き物である天使たちとは対になる、正反対でまったく別の化物。その力は天使たちを天界もろとも滅亡させる恐怖であり、天使でも人でも動物でもない世の邪悪が作り出したような存在。

 すなわち。


 ―――『邪鬼魔躙』。

 邪を取り込み、鬼のように蹂躙する、魔と悪から生まれた怪物だ。

 









「つ、捕まえろ!! ラファエル様を手にかけた化物を許すな!!」

 誰かが大声を上げて、一斉に待機していた兵士たちがサタンへ突っ込んでいく。武器に魔力を込めて、いざとなれば殺すつもりで飛びかかっていった。

「っ!! 待てッ!! 奴の間合いに入ったら―――」

 四大天使の一人、赤い髪が特徴的なレブルード・ガブリエルが制止しようと声を上げようとした。しかし遅い。既に彼らはニヤニヤと笑っているサタンの気をひいてしまい、もはや引き返すことは出来ない化物のテリトリーに踏み込んでいた。

 直後。

 ゴバッッッ!! と、サタンの全身から溢れていた魔力が四方八方へ拡散した。漆黒の閃光が部屋中に撒き散らされたが、もちろん、一番近くにいた兵士たちに全てが直撃する。

 その結果。


 

 全員。

 跡形もなく、身体を『破壊』された。



 持っている武器も、使おうとした魔力も、全てを無視するような『破壊』を秘めた魔力が彼らを貫く。するとある者は風船が破裂するように内側から爆発し、ある者は四肢が切断されたように吹き飛んで転がっていき、ある者は血飛沫すら上げることなく消し飛んだ。

 あらゆる破壊。

 自由自在の『破壊』を宿す、最悪の『邪鬼魔躙』の魔力だった。

 あらゆる攻撃は破壊されて。

 あらゆる防御は破壊されて。

 確実に漆黒の魔力に触れた者は、絶対に『死んでしまう』最凶最悪の力だった。おかげで兵士たちの半数が死んだ。返り血まみれになったサタンは赤く汚れ切った顔に笑みを浮かべ、鮮血が付着した銀髪を揺らして歩き出す。

 目的は、クロアの背後を取っている大天使ミカエルのようだ。

 リリルを殺されて尚、クロアまで殺されてはたまらないからだろう。

「『邪鬼魔躙じゃきまりん』……あれが、ねぇ」

 一方。

 狙われている大天使ミカエルが、クロアの耳元で呟いた。

 さすがのミカエルも、あの四大天使の一人を瞬殺した力には度肝を抜かれたようだ。ミカエルは危険を察知して後ろに下がっていき、クロアを壁にしてサタンとの距離を取る。

 一方のクロアといえば、自由になったのにあまりの事態に動くことができなかった。

 自分の方に近づいてくる、いつも笑っていた無邪気な子供が。今では極悪に笑ってその身に返り血をまといながら近寄ってくる。

 あんなサタンは、知らない。

 あんな嗜虐的な笑顔を浮かべる彼女は、知らない。

「……サタ、ン」 

 かすれるような声でクロアは呟く。

 名を呼ばれたことに、一度だけサタンは足を止めた。しかし、すぐに歩き出す。大天使ミカエルを殺し、この場にいる邪魔な存在を駆逐するためだけに手を赤く染める。

 これでは。

 まるで―――本当の怪物ではないのか。

 そう思ってしまい、唇を噛み締めたクロアはうなだれた。

「すみませんが、ここは通行止めですよ」

 だがそこで。

 サタンの行く手を阻むように、ファーリスが姿を現した。その手には一本の鞘に収まった刀、『雪刀せっとう』が握られている。

 いつもの優しい笑顔はない。

 その顔にあるものは、サタンに対する恐怖と彼女を助けたい勇気のみ。

「クロアさんも、サタンちゃんも、私は友人だと思っています。だからこそ言いますが、サタンちゃん―――あなたはやっぱり子供です。ここで四大天使を殺したなら、それはもう、立派な反逆罪ですからね。そしてもちろん、クロアさんがあなたを見捨てるはずもない。そうなれば必然的に、あなたのせいでクロアさんも反逆者になってしまい処刑される」

 ファーリスは目を鋭くして。

 敵視するのではなく、どこか哀れむようにサタンを見る。

「つまり、あなたの起こしたこの騒動で今度はクロアさんを失ってしまうかもしれない。なのに、あなたはそれに気づかない。今度は本当に自分のせいで、大切なものを無くすかもしれないのに、あなたは子供だからそれに気づかない」

「っ」

 一瞬、サタンの顔が歪んだ気がした。

 気持ちの悪い紋様が顔からつま先まで覆われている彼女は、はっきりとファーリスを殺意の目で睨む。

 しかし動じない。

 ファーリスは刀を抜刀できるように構えて、最後に言った。 

「だから大人として、子供のあなたを助けてあげます。今から私はあなたを殺さずに助けるので、その無謀な行為をどうか成功させてくださいね」

 対峙する二人だったが、当然、攻撃的になっているサタンの方が先に動こうと踏み出した。

 だがそこで。

 ガゴッッッ!! と、いきなりサタンは顔を蹴り飛ばされて吹き飛んでいった。こめかみに靴底が埋まり、派手に転がって壁に激突する。突然の乱入者にファーリスが顔を向けると、そこには白金の髪を腰まで伸ばしたドレスの女が立っていた。

 つまり。

 四大天使の一人、アルファンク・ウリエルだ。

「なぁクロア。私は子供相手に加減とかしねえけど、まぁ恨まないでくれたら嬉しいね。私はお前のことが結構好きだから、あんまり嫌われたくはねえんだ」

 ハッと顔を上げたクロアは、容赦なくウリエルを睨む。

「お前、よくもッ……!!」

「だーから睨むなって。こうなった以上、もう方法はただ一つだ。残った四大天使の三人で、あのサタンを『殺す』しかない。どうやら魔力に触れたらアウトみたいだが、さっき蹴り飛ばした時みたいに魔力をまとっていない『不意』を突けばいくらでも殺せそうだ」

 気を失って倒れているサタンは、確かに今は魔力を纏っていない。つまりチャンスだ。意識を失っている今を逃せば、もう二度と『邪鬼魔躙』として暴走している彼女を止められる時はなくなる。

 故に。

「悪いな、クロア」

 短く謝って。

 倒れているサタンの前に立ち、その手に魔力を纏っていつでも殺せる拳を握ったウリエルは。

「私がお前にこの子を預けなければ、きっとお前は苦しまなかった」

 全力で。

 その四大天使としての一撃を、幼い女の子の頭に叩き込んだ。その威力は大地を叩き割る災害であり、下手をすれば雲をも裂くかも知れない大天使の力。

 だから終わる。

 これで、もう、天使たちを脅かす『邪鬼魔躙』という怪物は消滅する。

「―――ふざけんなよ」

「っ!?」

 だが。

 どうしても、彼だけは認められなかった。いつも笑ってやんちゃばかりする彼女が、最悪の化物だとは到底思えなかったのだ。殺されるべき化物。そんな彼女に向けられた天界全体の意向など、もう面倒くさくてどうでもいい。

 ふざけるな。

 そこのガキは、いつも走り回っているうるさい子供で。

 そこのガキは、イタズラばかりする馬鹿みたいな女の子で。

 そこのガキは、いつも笑ってくれて周りを誰よりも支えてくれる純粋無垢なガキなんだ。

「……ふざけんなよ。どいつもこいつも、その馬鹿幼女を化物だの怪物だのと吠えやがって。どこが怪物だ。いつもくだらねえことで俺を困らせて、いつもアホみたいにニコニコ笑ってるクソガキじゃねえか」

 気づけば、振り上げていた拳を握られていた。

 いつの間にか背後にはダーズ・デビス・クロアが立っていて、四大天使のウリエルの拳を強引に握り止めている。

 直後。

 ゴガッッッ!! と、ウリエルの顔に拳を叩き込んだ。容赦なく、相手が女であろうと四大天使であろうと、そんなものは無視してクロアは殴り飛ばしてやった。

 咄嗟に反撃に出ようと立ち上がったウリエルだったが、ふと動きを止めた。

 驚愕したのだ。

 ただし。

「おま、え……」

 振り向いたウリエルが仰天したのは、クロアそのものだ。

 あのダーズ・デビス・クロアが―――倒れていたサタンを抱きしめて、震えながら抱き寄せて、涙を流しながら歯を食いしばっていたのだ。初めて見る彼の泣き顔は、とても綺麗で子供のようにグシャグシャだった。

 ウリエルは低い声で告げる。

「……分かってるのか。そこの『邪鬼魔躙』を助ければ、テメェも反逆罪で死刑だぞ。立派な裏切り者だ、天界全体がお前らを殺しに行く。そいつを守った結果の覚悟はできてるのか?」

「……ああ」

 それでも。

 どれだけ醜い顔になろうとも、情けないくらいに泣こうとも、汚く泥の中を這い回っても。たとえその先に待っているものが、闇だけが広がる絶望だとしても。



「覚悟なんざしてねえよ。ただそこに、抱きしめたいモンがあったから抱きしめたまでだ」



 ぎゅっと、サタンを強く抱いて。

 絶対に離さないように、離したくないから離さないためにそばに置く。ただそれだけのことに、無くしたくないものを腕の中に包むこと程度に、どうして覚悟が必要になる。 

「―――友達になりたいなら、友達になればいい。いつだったか、サタンちゃんがそう言っていたな」

 アルスメリアが、クロアの右横に立った。彼女は倒れている兵士たちのものから拾ったのか、一本の長槍を手に持っている。

 まるで。

 自分も反逆者こちら側だ、とでも言いたげな様子だった。

「なら同じ道理だ。そばにいたい者がいるなら、そばにいればいい。ずっと一緒にいたいなら、ずっと一緒にいればいい。抱きしめたいものがあるなら、抱きしめればいい。実に当然のことだが、私はそれに気づかなかった」

「……アルスメリア元帥、てめぇもか」

「ああ。『サタンちゃん理論』に従って、私も『守りたいものがあるから守る』だけだ」

「この馬鹿どもが。もう庇ってはやれねえ段階だぞ」

 呟いたウリエルは、重いため息を落とす。すると直後に、一人の男が声を上げた。大天使ミカエル、彼は待機している部下たちに向けて命令する。

「反逆者を捕えろ!! 特に『邪鬼魔躙』だけは逃がすな!!」

 すると一斉に大軍勢が押し寄せていた。部屋の中にいた兵士たちだけでなく、室外に待機していた天使たちも乗り込んでくる。武器を手に持ち、西方軍元帥ダーズ・デビス・クロア、東方軍元帥アルスメリア・エファー、『邪鬼魔躙』の三人の反逆者に向けて突撃する。

 だが、その瞬間。

 スパン!! と、綺麗な切断音が響いた。何十人という兵士たちの首元からそれは連続して響いていき、気づけば喉から血飛沫を上げてバタバタと倒れていく。

 圧倒的な戦闘力だ。

 当然、この場にいる中でそれほどの実力を持つ者と言えば、

「はいはーい。私も『馬鹿』なんで、退職しちゃっていいですかー?」

 血がべっとりと付着した刀を片手に、クロアたちの元へ合流するファーリス・エルサンガー。彼女のニコニコとした笑顔は、主に四大天使の一人に向けられていた。

 四大天使、ガブリエルだ。

 赤い髪に赤を基調としたロングコートに身を包んでいる、かつて廊下で言葉を交わしたこともある上官だった。ファーリスはガブリエルの管轄に入っているため、事実上、本当の意味で二人は上司と後輩の関係だった。

「じゃ、ガブガブさーん。今までありがとうございましたー。よいお年をー」

「……最後の最後まで、気に入らない部下だな」

 反逆者は出揃った。

 西方軍元帥、ダーズ・デビス・クロア。

 東方軍元帥、アルスメリア・エファー。

 北方軍元帥、ファーリス・エルサンガー。

 以上三名が、天界の秩序を乱す不浄な謀反人たちである。 

 故に。

 勢いよく、再び兵士たちは突っ込んできた。咄嗟にアルスメリアやファーリスが応戦し、元帥としての実力を振るい蹴散らすが、やはり数は圧倒的だった。五人切っても十人出てきて、十人切っても二十人あとから攻めてくる。

「『天地斬滅リーブッドフィーン』」

 魔法を唱えたファーリスの刀に、魔力が勢いよく凝縮される。直後、ただその場でひと振りするだけで斬撃は魔力へ状態変化する。直線上の全てを切断していき、軍勢の一部を強引に刈り取ったのだ。

「っ、くそ!! 鬱陶しいほど数が多いな!!」

 吐き捨てたアルスメリアが、持っていた槍を低く構えた。すると彼女の魔力が槍の先端に収束していき、あっという間に槍は魔力で覆われる。

 それでなくとも、もともと一級品の長槍なのに。

 その上から元帥であるアルスメリアの魔力がコーティングされたのだ。

「『魔力包装ハルブリング』。貴様ら雑兵共でも扱える初歩的な魔法だ」

 その通りだ。

 特別すごい魔法でもなんでもない、ただの魔力を使って武器を強化する魔法。

 しかし、

「武器の価値は使用者で決まる。私が使えば小枝だろうと立派な刀になるんだ」

 扱う者が元東方軍元帥アルスメリア・エファーならば、話は別だ。彼女は光輝く魔力に覆われた長槍を構えて、慈悲をなくした戦士としての目へ変わる。

 直後。

 ゴガガガガガガガガガガガガガガッッッ!! と、激しい肉を叩く音が響き渡った。長槍をおもちゃのように振り回し、あたりに群がっている敵兵を光のような速度でなぎ払っていくアルスメリアが音源だった。 

 おかげで敵兵の数は大幅に激減する。

 しかし、やはり根本的な戦力差は変わらなかった。敵の数が多すぎる現実に変化はない。

 まずい。

 とにかく今は、ここから逃亡することが最善だ。

 よって、アルスメリアが目をつけたのはクロアの一撃で弱っている『四大天使』の一人、白金の髪を伸ばしたウリエルだった。大勢の敵兵の中から走り寄っていき、人口密度が高いことを利用して兵士共をかげに移動する。

 結果。

「動くな」

「っ」

 仲間が多いこの室内では、ウリエルは派手な魔法も放てない。そこを利用したアルスメリアは、ウリエルの喉元に槍の先端を突きつけて、周りの兵士たちを見渡しながらこう言った。

「ここを通せ。謀反人という悪党らしいセリフで自己嫌悪しそうだが、このさい仕方ないな―――全員武器を下ろして道を開けろ。さもなくば、四大天使がまた一人消えることになるぞ」

 低い声で言ったアルスメリア。

 当然、最高位の天使を盾に取られたことで、誰もが武器を構えることはしない。しかし、ここで逃がしてしまっていいのか不安に思う気持ちは変わらず、いつまでも睨み合う状態が続いていた。

 すると。

「いいよ、ここは見逃そう」

 大天使ミカエルが言った。

 彼はニッコリと微笑んだまま、主にクロアを見下ろして告げる。

「その代わり、ウリエルの命だけは勘弁して欲しい。彼女は貴重な人材だ」

 ミカエルの言葉に従い、全ての天使たちが武器を床に落としていく。あっという間に出口へ繋がる道が切り開き、クロアは気を失っているサタンを抱いたまま歩き出した。

 ファーリスも続き、アルスメリアもウリエルに刃を突きつけたまま出口へ向かっていく。

 だが、最後に。

「―――ねぇクロア。いや、ちょっと違うかなぁ?」

「……」

 呼び止められて、ダーズ・デビス・クロアは振り返る。

 そこにはミカエルの腹の読めない異質な笑みがあり、その口からは忌々しい過去を思い出させる名が響いた。



「ダーズ・デビス・サタン。僕が奪った君の名前、今ここで返しておくよ」



 ファーリスが息を飲んだが、アルスメリアが彼女の肩を叩いて落ち着かせる。一方のクロアといえば、ただ黙ってミカエルを睨みつけているだけだった。

「ダーズ・デビス・クロア。僕がつけてやった名前も、もういらないでしょう? 君はあの頃の君に戻っていいんだよ、反逆者らしくね」

「……」

「過去最強最悪の大罪人、ダーズ・デビス・サタン。君の本当の名前だが、当然、天界軍で働くようになったら『罪人の名前』など使えない。何より、罪人はきちんと名前が記録に残るからね。だから僕がダーズ・デビス・サタンは記録上死刑にしたことにし、本当の君を『殺した』んだ」

 驚愕の事実をペラペラと語るミカエルは、最後に軽く苦笑した。

「本当にごめんね? 今まで、君を僕専用の犬にしちゃってさ」

「だから、また反逆者になった謀反人の俺に、名前を返すってか?」

「うん。もう敵同士だしね」

「そうか。なら言っておいてやるよ」

 西方軍元帥ダーズ・デビス・クロア。

 彼は腕の中にいる小さな『サタン』を見下ろして、躊躇うことなくこう言った。



「『サタン』はこいつにやった。未来永劫、『サタン』はずっとこいつのモンだ」


 

 言い切って、ミカエルを一瞥し立ち去っていく。

 名前など存在を表す言葉にすぎない。いつだったか、クロアは確かにそう言ったはずだ。

 だが、どうやら少々違ったかもしれない。

 名前とは―――その者を表す言葉なのだから、誰かに名前を託せばその者は永遠となるのだろう。 

 









 始まるのは、天界という世界に反逆する四人の生き様。

 彼ら反逆者たちが行く末に、一体、どんな光が待っているのかは分からない。そもそも光など初めから無くて、たどり着く場所は闇が広がる最悪の地獄かもしれない。

 得られるものなど、何もないかもしれない。

 勝ち取るものは皆無かもしれない。

 それでも、約束しているのだ。



 また桜を眺めながら食事をしよう。あの絶景の場所で、四人で笑いながら自然を眺めよう。



 得るものはない。

 ただし、守らなくてはいけないものはある。

 だから立ち向かう。相手が世界だろうと、億を超える天使達だろうと、それでも三人の反逆者は幼い少女と共に這い上がる。

 死とは美だ。

 ただし、美しい死とは美しい生があってこそ生まれる。生き様が輝いていれば、必然的に死に様は誇れるものとなるだろう。

 だから。

 彼ら四人は、約束のために美しい生き様を飾ってみせる。歩む道のりがどれだけ苦しくても、その先に何もなくても、踏みしめてきた悲劇や絶望、そして幸せだけは価値あるものだから。



 美しく散ってみせろ。

 あの日見た桜のように、誇りを抱いて生き抜いてみせろ。


 

 


 

 

  

  


  

 


 

 


 




 


 





 

 

 

 



 


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