007 遭遇 1
森を彷徨い4日ほど経った。
食料は十分にあるが、このままダラダラと移動するには心許ない。
何よりも水が問題だ。
水筒らしき物に随分と水を確保しているが、正直腐る懸念がある。
何とか水場を確保したいのだが…
あと魔物もそうだ。
随分襲われることもなくなったが、それでも襲われる心配からは逃げれない。
少女達もそろそろ疲れが溜まってきているだろう。
どうにか一時避難できる場所で心身を休めたいところだ。
「マサ…疲れてない?」
「お、大丈夫さ。それよりもそろそろ休憩するか~」
声を掛けてくれたのは白い少女ことエリル。
そして目線で心配そうに俺を見てくれているのは黒い少女ことエリラ。
あの逃げ出した日の翌朝、起き出した2人と自己紹介が出来、会話が成立したことで随分と現状をよりよく把握できた。
俺の話している言葉が魔獣語というものらしく、言葉を話す魔物の間で広く共通する言葉と教えてくれた。
エリルやエリラの話す言葉はエルフ語で、エルフ特有の言葉になる。
あと、それ以外には人語や獣語、妖精語など各種族特有の言葉があり、なかなか会話が面倒そうだ。
一応、人間主体の国家は人語を共通とし、多種族国家はエルフ語を共通語として会話するらしい。
だから俺はエルフ語と人語を覚えないと、この先会話に苦労するようだ。
「さ、ここらで休憩してご飯にしよう」
「「うん♪」」
開けた森の空間にタライを降ろして2人を自由にさせる。
背負った袋を地面に下ろし、中からパンと干し肉とチーズを取り出す。
ワインで消毒したナイフを使ってパンを切り分け、その上に干し肉とチーズを乗せる。
簡単な食事だが、これで幾分かマシな栄養が取れる。
後は、歩きながら採取した果物に水を用意して出来上がりだ。
「さ、食べようか」
用意した食事を手に取り口にほおばる。
エリルとエリラは笑顔でパンを食べていく。
「おいしいね~」
「うん、おいしいね~♪」
「「ね~♪」」
随分と笑顔が出てきた。
俺からすれば質素な食事でも、2人にとっては結構いい食事らしく毎回この時間を楽しみにしている。
「後は水か~」
俺は食べながら今後の課題を口にする。
すると、エリルがしょんぼりしながら聞いてきた。
「マサ~水なくなるの?」
「ん~まだ持つとは思うけどあったら嬉しいからね」
「お水…」
エリルが俯いて気落ちしだす。
「あ~川でもあればいいんだけどね」
「川?」
「そう川があれば水も確保できるしね」
勤めて笑顔で心配させないようエリルに向かって声をかける。
エリルはそれでも申し訳なさそうにするので、俺は更に笑顔を向けると、突然エリラが立ち上がる。
「ん?どうした?」
「マサ、川あるよ。あっち」
「マジか?」
「ま・じ?」
「あ~本当?って意味ね」
「ふ~ん、本当に川あるよ~」
「ほほ~」
なんとも鋭い感覚を持っているものだ。
エリラのこの感覚はダークエルフの特徴なのか?
2人が姉妹であることにも驚いたもんだ。
初めて会話したときを思い出して、つい苦笑が漏れた。
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2人と会話したのは逃げ出した日の翌朝だ。
別段感動的でもない。
単純に朝の挨拶から始まっただけで、なんか凄いイベントがあったわけではなかった。
森を歩き続け朝日が昇り、太陽が真上に行くか行かない午前のこと。
その時は俺自身の異常性に頭を悩ませていた時で、しかも更なる自分の異常性を発見してしかめっ面だったのだ。
良く考えてみれば夜からずっと歩き続けているのに疲れがこない。
それよりも眠気すらこないのだ。
おかしすぎるだろう普通に考えて。
考え込んでいる今ですら疲れも眠気もないし、空腹感すらない。
正直、オークになっている俺は人の枠から完全にかけ離れた存在になっているようだ。
そんな摩訶不思議な己の境遇を考えていると、不意に目の前のタライの中で身じろぎしだす2つの存在。
目をこすり、ニャムニャム~と起き出す姿に笑みがこぼれ、自然と欝な思考が泣くなり声をかけた。
「おはよう」
優しく声をかけると、ビックリして辺りを見回す2人。
つい笑ってしまう。
「大丈夫。怖い者は居ないから安心してね」
安心させるために笑顔を絶やさずゆっくり話しかける。
俺自身が怖いものかもしれないが今はスルーだ。
俺が挨拶をして、笑顔でいること数分。
驚きながらもモジモジとする白い少女。
その白い少女を見て、どうしたものかとオロオロしている黒い少女。
何かを必死に成そうとしているのは解るが、いまいち切欠がないようだ。
だから俺は俺自身の事から話し出す。
無論、会話できるとは思っていなかったが、言葉は解らずともジェスチャーや顔色で意思疎通が出来るようになると思ってのことだ。
「よし!まずは自己紹介だ。俺の名前はマサキ・ニイサカ。見てのとおり豚さんだ」
名前を強調して話しかけ、タライを降ろす。
ゆっくりと屈んで、2人の目線に近づくようにして今度は指を使って名前を言う。
俺自身を指差して『マサキ』と言うと、今度は白い少女を指差し首を傾げる。
再度自分を指し『マサキ』と言い、次に黒い少女を指差し首を傾げる。
これを数度繰り返すと、2人は理解したのか初めて声を出してくれた。
白い少女は自分を指差し『エリル』と言い、俺を指差し『マサキ』と呼んでくれる。
思わず嬉しくてエリルの頭を撫でる。
かなり急な行動だったが、エリルは驚くことなく撫でられた。
エリルを撫でていると、横から黒い少女が名乗ってくれた。
黒い少女は自分を指差し『エリラ』と言い、俺を指差し『マサキ』と呼んでくれる。
こちらも嬉しくてエリル同様に頭を撫でると嬉しそうにして目を細める。
2人を撫でながら、自己紹介が上手くいったことで心が温かくなり、ずっと撫でてしまった。
自己紹介が済むと、堰を切ったかのようにエリルとエリラは話し出す。
自分達が攫われたこと。
奴隷になったこと。
叩かれて痛かったこと。
オークに食べられるとおもって怖かったこと。
俺に撫でられて嬉しかったこと。
エリルとエリラが姉妹であること。
両親に会いたいと言うこと。
とにかく思いつく限りの話をしてくれた。
俺は何も言わずただすっと笑顔で聞いていた。
2人が交互に言葉を発し、訴えてきている思いを受け取ろうとずっと聞き手になっていた。
長い間話し続け、やっと思いを吐き出せたのか2人は落ち着きを取り戻す。
「そっか。うん、怖かったね。でももう大丈夫。パパやママに会えるし帰れるよ。俺が連れて行ってあげよう。だからエリルもエリラもこれから俺と沢山会話しようね。解らないことや困ったこと、嬉しいこともいっぱい話して無事に帰れるようにしようね」
「「うぇ~~ん」」
俺の言葉に泣き出す姉妹。
ひとしきり泣き止むまで抱きしめてあげ、初めての食事を取った。
食事の後は、それぞれの疑問を話し合う。
俺が怖くないのかとか、エルフとダークエルフでなんで姉妹なのだとか。
オークなのに優しいのはなぜとか、そりゃもう出来る限り話をした。
「やっぱり俺はオークなのか~。見た目もそうだし言葉もそうか…みたら怖いよな~、あ~このままじゃダメだな~魔獣語だっけこれを話さないようにして何とかしないとな。せめてエルフ語を覚える必要があるな~」
「マサは怖くないよ」
「うん怖くないよお姉」
「そっか~ありがとう~」
俺が悩んでいると、2人が気遣ってくれる。
まあ、エリルとエリラに怖くなくても、普通の人には怖いだろうからな。
そのことは言わずお礼だけにとどめる。
すると、エリルが俺に向かってモジモジしだす。
これはエリルの癖なのだろう。
モジモジしだすのは何か言いたい事があるときだ。
「あのねあのね」
「ん、エリルどうした」
「あのね、言えなかったの」
「なにが」
「そのね」
「ん?」
「あ…ありがとう。助けてくれて」
「あ、ああ。いいよいいよ」
「あのあの、私も、あの、ありがとう」
「ははは、エリラもいいよ気にしないで」
笑いながら2人の頭を撫でます。
頑張って伝えたいことを言えたご褒美だ。
言えた2人も満足なのかエヘヘっと笑みを零している。
でも、いつまでもこうしているわけにも行かない。
重い腰を上げ、移動するように促す。
「さ、ご飯も食べたしまた移動しよう。ところでパパとママのいた場所はわかるかい?」
「わかんない」
「そか~せめてどっちに行けばいいか位解るといいんだが」
「じゃあ、あっちあっち」
「ん、エリラ解るのか?」
「ん~あっちに行けば良い気がする」
「ふむ、まあまずはその勘にしたがってみるか」
「エリルもいいか?」
「うん、エリラは勘がいいの♪エリラの言う方に行くと食べ物とかいっぱいああるんだよ♪」
「ほほ~そりゃあいいね」
こうして、森を移動しながら果物を集めることが出来たわけだ。
エリラの勘のおかげで。
ダークエルフでありながら父にエルフを持つ異色の女の子は、どうやらエルフよりも感覚が鋭くなっているという。
細かい点は2人もわかっていないのでハッキリとしないが、ハーフエルフというのは存在しないらしい。
いや、いるにはいるが殆どいないので、いないのと同じとか何とか。
この世界では母方の種族に合わせて子ができるみたいで、父親の性質は受け継ぐものの種族は受け継がないらしい。
拙い説明により俺が解釈した結果なので、間違っているかもしれないが。
とにかく、エリラの感覚は頼りになると言うわけで。
俺に向かって川があるといったエリラを見つめながら、思い出した特性に納得してみる。
2人をタライに乗せ、また歩き出す。
エリラの示す方向に進むだけだが、次第にエリルも嬉しそうにして2人で同じ方向を指差しはしゃぎだす。
「ほんとだーあるねエリラ」
「うん、あるよお姉~」
「こっちだね」
「うん、こっちだね」
姦しくはしゃぐ2人を見ながら、川に向かって歩く俺。
2人がいてくれて本当に良かったと、笑顔が自然と出てしまう。
「「もうちょっと~♪」」
2人が綺麗にハモって声を上げた瞬間。
目の前の茂みから、突然飛び出す人影が警告を発する。
「何者だ!!」
突然の出来事に身を竦め、タライの中に隠れる2人。
警告の言葉は俺には理解できない。
だが、目の前に現れた男は武装し、剣呑な雰囲気を漂わせて俺たちを凝視している。
「オーク風情がこんなところに…」
また何か行っているが、あまりいい言葉ではないようだ。
「おい!!オークだ!!」
男が叫ぶと複数の応じる声が上がる。
「なんだなんだ?」
「オークって嘘言わないのよ」
「ったく、まだ水汲んでないぜ?」
「オークか…いい獲物だな」
わらわらと現れた人影は4人。
目の前の男と合流し、5人になった人影は、俺たちを取り囲む。