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D&T~幻想的な夜~  作者: 頁宴人
7/10

2:____③

2015/06/23 加筆修正版


人物ふりがな

敷波 操希「しきなみ みさき」

 敷波操希は優等生に部類される女子生徒である。HRも始まっていないのにすでに机の上に教科書を置いているが、別に「ガリ勉」というわけではない。現にその横に二つ、膝の上にタブレットPCを、左手にモバイル端末を持って忙しそうに指を動かしていた。


 ロボット産業の三割のシェアを占める大企業「マリア・イクス・マキーナ・インダストリー」――通称「M.E.M」のご令嬢という肩書きをもつ彼女は、この成績は英才教育の賜物というよくある勘違いを持たれがちだが(事実受けてはいるが)実際はそうではなく、学校の成績でいえば本人の努力の結果であり、『優等生』と評価しているのはあくまでも周り――教育者側なのであって、彼女にそうあっていようなんて意思はなかった。


 お嬢様口調や世間離れの箱入りのつもりはなくとも『大企業のご令嬢』のネームバリューに目をくらませ過剰に評価したり勘違いな嫉妬をあてられたりしたこともあったが、彼女は鼻に掛けることもなくあくまでも『普通』の少女であった。


そんな彼女が何をしているか興味を持つクラスメートを少なくないが、誰一人としてその探究心を満たそうとするものはいなかった。


 小柄で柔らかく波打つ長い髪は人形のように可愛らしく、さらに背丈に似合わない過剰に強調された女性たる象徴は女子とも男子とも釘づけにしていた。そんな外見に誰にでも優しい柔和な態度で学校中で知らぬものなどいないくらいに人気があった。実際その色香に誘われて、告白した結果玉砕した生徒も少なくない。


しかしそんな好印象な評価と打って違った真剣な表情は近寄りづらい雰囲気を醸し出していた。ただ要因としてはそれだけではなく、操作している携帯端末にもあった。


そこに表示されていたものは高速でスクロールされる文字列や常に変動している様々なグラフ。机の二つのタブレットに次々に表示されては消えるウィンドウ。そしてその少女は膝の上のタブレットをキーボードとして右手で操作していた。その卓越した素早い指捌きはクラスメートを圧倒していた。


しかし彼女にしてみれば行っているのは趣味であり時間潰しであり、本命は左手に持っている携帯端末であった。


現在起動しているのはどこを探してもある地図アプリ。スクリーンに映し出されていたのは学校近辺の地図だ。しかしよく見ればその中を二つの光点があった。一つは現在位置で、もう一つは明滅しながらゆっくりと動いていた。光点同士が近づくにつれ地図はより詳細になっていき、ついには校舎の間取り図になった。そして彼女がいる教室の前で止まり、次に動いたと同時に教室に入ってきた一人の少女がいた。


「おはよう」


 探偵業の相棒にして親友、早乙女桔梗の登校であった。


「おはようございますキョウちゃん。昨日はお疲れ様でした」

「ミサキもね。それからありがとね、長い間あのカラス貸してくれて」

「どういたしまして、なのです。それよりも眠そうですね、やはり昨夜は遅かったのですか?」

「確かに遅かったけど、まぁ、その何とか起きれたし気にする必要はないよ」

「うーむ、私も残っていればよかったのです」


 とはいえ操希は、見習いではあるが探偵である桔梗の助手の立場であってできることは限られていた。夜遅くまで残っていたとしてもやれることは桔梗の帰りを待つくらいしかなかったのだ。助手という立場で桔梗の探偵業を助けてはいるが、こういうところで負担を減らすことができなく歯がゆい思いだった。


「やっぱりなのか異常でも起きてた?」


 机のタブレットを一瞥した桔梗が不安げに訊ねてきた。普段は学校ではこのようなことはしないので不審がったのかもしれない。


「ああ、そういうことではないのです。ただ実地での稼働データなんてこういう機会がなければえられないものですから、昨夜からまとめきれなかったデータが送信されてきているのです」


 M.E.Mが所有する社屋には作られてたロボットが試行するための実験設備が存在する。しかし一日に万単位の大小さまざまなロボットが作られ、その度に流れるようにそれらをテスト運行する。会社の利益に繋がるタイムスケジュールに彼女が趣味で作ったものをテストするために割り込もうなんてことは難しかった。


 だからこそ桔梗の協力という名目で、テスト試行及びぶっつけ本番で使われることが操希にはありがたかったのだ。


 だからこそ、こちらこそ、


「そ、そんな。キョウちゃんが私の心配を?………うれしい」

「いや、あのね?アタシが心配してるのはそっちじゃなくって、あ!そっちじゃない言っても別にミサキを心配してないとかそういうんじゃなくって………」

「わかっていますですよ。ありがとうなのです」

「………ふ、フン。友達として、あと相棒として、心配するのは当たり前じゃない。だからこちらこそ、いつも、アリガト。助かってるわ」


 友達。その言葉を聞くたびに、どれだけ努力をしてきたのだろうか。彼女と出会うまで自分の殻に閉じこもっていた。でも目の前の少女に出会い、助けられ、変わるきっかけをくれた。あの事件の後はそのまま何もない関係に戻るはずが、こうして今の関係が続いている。こうして友達になってくれている。今はそれだけだけで心が温まる感じがした。


「それじゃあ私も、キョウちゃんを心配してあげようかなと思うのです」

「え?」


 今は、今日まで貰ってきた恩を少しでも返せたらいいなと、そう思っていた。

 素直なんだか素直じゃないのか分からない、この不器用な少女を助けになることが桔梗の喜びだった。


「なんだか元気がないように見受けられるのですが」

「そんなことないけど?」

「夜東くんと何かありましたか?」

「……ッッ!?」


 桔梗の顔に一瞬だけ動揺の色が浮かんだ。


「なんでアイツの名前が出てくんのよ!?」

「キョウちゃんが元気がないときは大体テストの点数が悪いときか、事件に進展がなくてヤキモキしているときか、夜東くんが関わったときくらいです」


 言い返して否定したい、けれど言い訳が見つからないという感じで口をパクパクしている彼女の姿は、もう図星であることに間違いなかったのであった。

 というか表だって活動する警察とは異なり、秘密裏に調査をする探偵がこんなに分かりやすくて良いものなのか、不安になってきた操希であった。


 観念したようで苦い表情で頭をガシガシと掻いた後、ポツリと白状し始めた。


「……………実は、レイジを殴っちゃって」

「…………………………………」

「いや!アタシは悪くは無いんだよ!?確かに殴っちゃったのは事実でも、それまでの過程があって――」

「キョウちゃん落ち着いて。まだ何も言ってないのです」


 桔梗は我に返ったように辺りを見渡した。所々空席はあるものの、ほとんどのクラスメートや出入口付近でたむろっている隣のクラスの生徒の注目を集めてしまっていた。これにはさずがに気恥ずかしく思ったのか、ぎこちなく愛想笑いを振りまいて何事もなかったように自分の席で小さくなった。


 桔梗と操希はそれぞれ別の理由ではあるが学校内ではそれなりに有名人であった。よって少しでもなにかしら事を荒立たせれば衆人環視の的になってしまうのだ。

操希は会社主催のパーティなどで慣れてはいたので問題はなく受け流せることができる。

しかし桔梗はそういうわけにはいかず、初めのころは羞恥心で苦労していこともあった。今では少々のことなら受け流せるようになったが、それでもまだ恥ずかしい部分は残っているらしかった。


 注視する目が散り散りになり、朝の学校の雰囲気が戻ってきたところ、今度は周りに注目されないように小声でで改めて再開した。


「いったい何があったのですか?」

「………あの、その、………………を見られて」

「え?なんなのです?聞こえないです」

「だから!………………下着姿、見られて」

「あらあらまぁ」

「まぁ、それで殴っちゃったんだけど、その後の朝食とか登校の時がすっごく気まずくなっちゃって…………」


 特にバイク通学は密着しなければならなかったのでキツかった、と話した。

 レイジは無口で表情も乏しいで、このような気まずい状況になってしまうと、何を考えているか非常に分かりにくいのだ。兄弟同然に育ったとはいえ赤の他人。怒らせてしまったらと思うと、今後の生活がどうなるか分かったものではない。


「ケンカをして家を飛び出したけど、結局帰る場所がそこしかなくって、いざ帰ったらその彼と間で両方とも謝ろうとするけどタイミングが分からなくて変な駆け引きをしている初ケンカしたカップルのノロケ話のようになっているわけなのですね」

「何その長い例え?あ、あとカップルでもなければノロケでもないし!」


 ミサキは「的は射てると思うのですが」と首を傾げる。


「大体そんなことになるのでしたら普段からしっかり生活習慣を身に着けるべきなのです」

「別にそこまで狂った生活してる覚えはないのけれど」

「私が言っているのは女性としての生活習慣なのです。キョウちゃんはほぼ同棲状態なのですから、いつでも見られる身なりと覚悟をするべきなのです」


 それなのに


「朝来ると分かっているはずなのに、夜東くんが真っ直ぐ行くリビングで、しかも半裸状態で。シャワーを浴びる気力がないのでしたらせめて寝巻くらいは着替えた方がいいのです」

「え、あ………はい、すみません?」

「今回も昨夜遅すぎてそのまま朝まで寝ちゃって、夜東くんに起こされたのはいいけれど寝相が悪くて制服が乱れた姿を見られただけなのですよね?それで照れ隠しに殴っちゃうなんて、夜東くんはうらy……可哀そうな話なのです」

「………ねぇ、毎度思うんだけど、なんでそんなに知っているの?」


 下着姿は見られたと言っただけで、そこまで事細かに詳細を話していないはずだった。さらになんで寝相の悪さなんて知っているのか。


「簡単な推理なのですよホームズ先生。キョウちゃんのことをよく知っていればこれくらいの予想なんて当たり前なのです」


 ふふーん、と勝ち誇った表情をした。…………そう彼女にとってこれくらい当たり前だった。


「決していつも遊びに行ったときに、お土産の手作りのぬいぐるみに盗聴器とか超画質の小型カメラとか仕込んでキョウちゃんの私生活を眺めていた、なんてことはないのですよ」


…………………………………………………………………………。

…………………………………………………………………………。


「あ」

「え?」

「と、ともかくキョウちゃんが気にしているのは見られたことよりも夜東くんの機嫌の方なのですよね?」

「う、うん。そうだけれど、ねぇ今のって」

「さっきのは冗談です。だったら話は簡単なのです。さっきの例えに出しましたがさっさと謝ることが先決です。長引けばそれだけ亀裂が入りますよ」

「分かったけど、いつにすれば?」

「今すぐ………他の人の目を気にするでしょうから、ソムニウムでしたら」

「確かに人前でするようなことじゃないわよね、うん。それからミサキ」

「はい?」

「ありがと、ね。心配してくれて。なんだかスッキリしたわ」


 この親友にはこうして何かと察して相談に乗ってくれていたので助かっていた。


「…………」

「ミサキ?」

「あ、ごめんなさい。キュンとしてました」

「???」

「いえなんでも。独り言です」




 HRまで残り数分に迫っていた。この時間になるとすべての席が埋まっていた。担任が来るまでの間、教室は騒然としていた。


「でもさすがはキョウちゃんなのです」

「何が?」

「夜東くんに下着姿を見て気を引こうだなんて」

「――ぶッッ!?まだ続けるの!?てかよくよく考えたら良くないし!」


 レイジを殴ったことで今朝のハプニングは一区切りついていたのだが、改めて思い出すとこれはものすごく恥ずかしいことではなかったか。

 一瞬のうちに顔が熱くなるのを感じた。大体、異性に見られるなんてそうそうにあったものではない。というかあってたまるか。


「でもこれであの朴念仁くんにいい刺激になったではないのですか」

「うぅ、どんな刺激よ。単にアタシが恥ずかしい思いをしただけじゃん」

「その羞恥心のおかげで夜東くんはキョウちゃんの魅力を目の当たりにして意識せざる負えなくなるのです」

「魅力って、アタシそんなのないよぅ。だって…………胸だって、無いし」

「大丈夫なのですよ。女の価値は胸なんかじゃ決まらないのですよ」

「あるやつに言われても説得力に欠けるんだよ!!」

「あぁんッ!!」


 桔梗は我を忘れてミサキの胸をわし掴んだ。もはや衆人環視なんて関係なかった。禁句の元凶たるそれは、望もうとも手に入らないシロモノ。そんなものは憎むべき対象だった。


「なにこれ!?なんでこんなに大きいの!?なんでこんなに大きいの!?なんで、同じ女なのにここまで差があるのよぉぉぅ!!?」

「ッんあ!!チョッとキョウちゃん、はげし――」

「走ると揺れて痛いってナニ!?お湯に浮かぶってナニ!?こちとら痛くもないし浮かびもしないんだよ!!」

「~~~~ッいやぁ!!せ、せめてやるならもっと優しく――」

「アタシ知ってんだからね!!男が女の第一印象で初めに見るのが胸ってこと!!それでプラマイを決めるって、雑誌書いてあったもん!!」

「はぁ、はぁ……でも、これはこれで………」

「無いからナニ!?見向きもされないってこと!?……………それじゃあ、アイツも?チクショオオオオオオオオオ!!」

「ぁあああああああんん!!」


HR時刻になり、担当教師が入室して首を傾げた。

 男子生徒は揃って背を丸めてうつむき、女子生徒も揃って視線を外していた。

 そんな中で一番印象に残ったのは、机に突っ伏してすすり泣く早乙女桔梗の姿とやけに顔がツヤツヤした満面の笑みを浮かべた敷浪操希の姿だった。




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