1:事件の後①
加筆修正版
読み方注意
布葉紗未「きれはさみ」
その時に要請された依頼はストーカー被害者の住居周辺のパトロールだった。
現在所長が不在の探偵事務所ではあるが、二つ返事で引き受けた。今まさに影に怯えている被害者のことを考えれば躊躇することはなかった。
翌々日、事務所に管轄の警察署から警邏資料が送られてきた。被害者の女性――布葉紗未は電車で一時間未満の会社のOL。犯人に心当たりはなし。彼女の許に窓越しの自宅と会社、それに電車内の写真が送られてきたことで、巡回ポイントは会社周辺、通勤の電車、駅から自宅、そして自宅周辺となった。前日のまでは警察官が通常通りの強化パトロールを行っていたが、これを探偵社七社合同、三十人以上で行うことになった。そして彼女との接触は厳禁である。
一人に対して三十人以上は護衛という視点から見ると多いと思うが、巡回視点から見れば通常通りなのである。ストーカー被害に遭っている状態で被害者に接近すれば加害者に要らぬ警戒を持たせ――引いてくれるのがベストなのだが――対象者にケガを負わしてしまう可能性があるため、接近は禁じられていることが決まっていた。よって、巡回対象者の彼女は警邏する者の顔は知らないことになる。
送りつけられた写真が――別の日に撮られたのは間違いないにせよ――彼女の周囲で起こったこと。「いつでも近づけるのだぞ」とストーカーからの挑戦的な意思を捉えた警察は巡回ポイントを定めた。しかし、近づいてはいけないのはこちらも同じで、いくら日常が習慣的なサイクルといって、同じ人物が近くにいたらさすがに偶然では済まされない。よって持ち回りが固定のシフト制となった。
具体的に、昼食時に彼女がよく立ち寄る店での場合を明かすと、様々な人でごった返す店内ですでに食事をとっていたチャラケタ服装のデート中の若いカップルを装った男女であったり。その数分後彼らが立ち去るのと同時に入店する会社勤めのよれよれになった背広の中年を装った男性であったりする。しかしそれはその日一日だけであって翌日は別の人物がその場に合った格好を装って担っている。
電車内は最も被害者とストーカーに接近するのでその手のエキスパートが担当したが、早乙女桔梗も相棒の敷波操希と協力者の夜東零人とともに、隣町に電車で通って駅と自宅を行き来する登下校中の高校生と自宅近くを通る通行人を装うように決まっていた。
実際誰がどこで何を担当するかは全員が全員を把握していないが、それでも情報だけは共有される。情報の独占はしてはいけない決まりなのだ。
さてここまでして護衛ではなく警邏と言い張るわけなのだが、それでも優先されるのは当然ながら犯人の逮捕である。
情報は共有されなければならないが、手柄は独占してはならないとは決まっていない。
そこが、探偵見習い早乙女桔梗の狙い目だった。