覚悟
閃太が川で水浴びをしたところから30分程下っていったところで、閃太は鞄から未開封のペットボトルを取りだし、一口含む。
「てかこの森広すぎだろ……出口とかないの?」
一人愚痴りながら、回りを見渡す、30分前よりも川の幅もどんどん広がっていく、空も曇ることを知らないかのような見事な青一色。先程から鳥のような生き物をチラチラと確認するがあれは魔物なのだろうか?などと考えていると、不意に森の方から何かが吹っ飛んでくる。
閃太は木の影に隠れ、剣を抜く。
「ステータス…」
オーディンの右眼で何かのステータスを見る。
ゴブリンLV 3
とでた。そのままLV 3は地面に叩きつけられ、転がり、川に落ちた。
そのあとを追うように4つの影が飛び出した。
石頭イノシシLV 12
ソードゴブリンLV 16
ゴブリンLV 7
ゴブリンLV 7
ゴブリン同士でイノシシと対峙しているところから閃太は何かあると思い、それを見ていた。
ゴブリンは閃太が殺したゴブリンと若干の違いはあるものの、同じ姿をしていた。石頭イノシシとソードゴブリンは見た目がかなり違った。
石頭イノシシは名前通り、見た目もイノシシのような姿だ。牙もしっかりと生えている。名前の通りなら頭が石のように硬いのだろう。
ソードゴブリンは今までのゴブリンと顔などは同じ姿をしているが、革を鞣して作った防具を身に付け、ソードと名につくから、剣を持っている。
剣だ。簡素な剣だが今までのゴブリンの棍棒や、石の斧よりも殺すことに特化した武器になっている。多分の予想だがあれはゴブリンの上位種なのではないだろうか?
★☆★☆★
「ギュエー!」
先に動いたのはゴブリン勢だった。3対1という数はゴブリンの方が上だ。LV 7の二匹が派手に動き回り、ソードゴブリンが確実にダメージを与えていく。逆にソードゴブリンばかりを気にしすぎるとLV 7ブラザーズが攻撃してくる。イノシシの方は仲間もいなければ、戦略もない。しかし速度と純粋な破壊力はこの中ならトップクラスなのでそれを武器に突撃してくる。軽自動車のようなイノシシは木にぶつかりながら、止まり、また突撃していくの繰り返しだった。
途中、3匹のなかで逃げ遅れた囮役のLV 7の1匹がイノシシの激突を食らい、木の間に挟まれる。
イノシシはそのまま細い木々を薙ぎ倒していく。ある程度進んだところでイノシシは向きを変えゴブリン達を警戒している。LV 7はそのまま絶命したのか白い光となりイノシシに吸収されてしまう。
「うわっ、あんなのまともに喰らったら……」
閃太はイノシシが襲って来たときのことを考えて身震いする。
ゴブリンは、遠くでイノシシを警戒しているが、ソードゴブリンの姿が見れない、逃げ出したのか?
閃太がそう思っていた瞬間
「ギュエーっ!」
イノシシの近くの茂みから奇襲をかけるソードゴブリン、ソードゴブリンの上段斬りはイノシシの右の横っ腹を深く切り裂く。ボタボタとイノシシから鮮血が垂れる。イノシシは頭を振り回しソードゴブリンと距離を取り、ソードゴブリンを威嚇する。
この二種類は厄介だ。イノシシの突進も充分脅威だが、もっと厄介なのはゴブリン達だろう。今も1匹が囮になり、1匹が攻撃して行く。あの連携だ。二匹であの厄介さなのだ。もし4匹でこられていたらやばかっただろう。予想だが指揮を取っているのはソードゴブリンだろう。一対一なら勝てるかもしれない。しかし集団になると勝ち目は無い。
今とれる行為は2つ、ここで三匹の戦闘が終了するのを待つそして勝った方を倒す。メリットは経験値とドロップアイテム。デメリットは最悪死ぬことだろう。
もうひとつは、逃げる。メリットは比較的安全。デメリットは背後から三匹に追われること。
閃太は結果、倒す方を選ぶ。どうせまた戦わなければならないのだ。それなら慣れておきたかった。元の世界では虫を殺すことはあってもこんな大きな生き物を殺すことはほとんどの人間が体験したこと無いだろう。閃太は魔物を倒す、殺すことにまだ抵抗がある。魔物だろうと生きているんだから、道徳心なんて自分にはないと思っても実際は義務教育9年間の間に育まれているものだ。
「よし、やるか……」
余り気は進まないがやるしかないのだろう。しかしまともに三匹とやりあってもまず勝てないだろう。魔法での遠距離?魔力が少ないので却下。今出来るのはもっと奴らが体力を消費してから潰していく、漁夫の利を狙う作戦とも思えないような作戦だ。
「そういや、魔物もスキル持ってんのか?一応の試しだ、……ステータス、フォーカス」
すると赤色のパネルが大きくなり、
ソードゴブリンLV 16
ゴブリンが修行し、剣士の道を選んだ姿。
剣術LV 3
肉体強化LV 2
斧術LV 3
ゴブリンLV 7
中型のゴブリン。その才能は未知数。
肉体強化LV 1
石頭イノシシLV 8
石頭なイノシシ。成体になればその突進は岩をも砕く。
肉体硬化(頭)LV 2
と出る。
「魔物もスキル持ってんのか……ん?これで相手の戦い方とか少しは予測できるな、地味に便利だ」
閃太は考えながら戦いを見ていく。
ゴブリンが囮になり、イノシシが突撃し、ソードゴブリンがダメージを与える。最早その繰り返しでしかなかった。次第にイノシシの体は斬り傷だらけになり、多量の出血を伴い、瀕死寸前だ。ゴブリン達も肩で息をしている。
「フギイイイイィ!!」
イノシシが最後の悪あがきなのか、けたたましい声で吠える。そして突撃の為に、構えを取る。するとイノシシの四肢に白く光る魔方陣が形成される。
「何、魔法だと!?アイツ魔法のスキルは持ってないはずじゃ!?」
閃太はオーディンの右眼を使い再度確認したが、イノシシは肉体硬化以外のスキルは持ってない。
閃太が叫んだせいでゴブリンがこちらを見る。
ーしまった!見つかった!ーと思った刹那、
ドゴン!!と空気が爆発したような音のあと、閃太の視界に凄い速さの何かが映った。
その何かはゴブリン2匹に突っ込んでいく。ゴブリン2匹は回転しながらぶっ飛び、木にぶつかりながら減速していく。
その何かも木々を何本も巻き込みながら進み、やがて失速し、その姿を見せる。
石頭イノシシだった。石頭イノシシはどかっとその場に倒れこんでしまう。
やるなら今しかない!
「フレアボール!」
閃太はイノシシにフレアボールを放ち、ゴブリン2匹と対峙する。しかし、ゴブリンはその場から動かない。気絶したのだろうか?そんなことよりも閃太はソードゴブリンを見つめる。
ソードゴブリンは剣を杖代わりにヨロヨロと立ち上がり、中段に構える。その剣はイノシシの突進で歪み、刃も欠けたり潰れてしまって使い物にはならなさそうだった。先程のイノシシの突進もかなり身体に応えているはず、しかしその眼は死んでいない。それは生への執着心か、それとも剣士としてのプライドなのか……
閃太も剣を構え…ゴブリンとの戦いが始まった。
1人と1匹が互いににらみ合い、あるタイミングで両者が動いた。
ギン!キン!
剣の交わる金属音が辺りに響く。
「セヤッ!」
「ギャ!」
ギャリ……閃太とゴブリンが鍔競り合う。しかしレベルは相手の方が上、閃太は押し切られて、後方へ下がってしまう。
ならばと閃太は剣を振るう速度を上げ、手数を増やす。時折体術を混ぜてダメージを与えていく。が、ゴブリンの身体に剣が入りそうになると、閃太の手が、身体が言うことを聞かなくなる。
脳ではやらねばならないことを理解している。しかし身体が生き物を殺すことを全力で拒んでいる。元の世界でこ殺すことは人間であろうと大きな動物ならほとんどが法によって禁忌とされていた。動物を殺してはいけないと当たり前のように教えられてきた。自分なら出来る。ゲームでも似たようなことしていたから。そんな考えを持っていた自分がアホらしく閃太は思える。自分が殺す。他の生き物の将来を摘み取る。そんな場面に直面して、閃太の手が止まる。
閃太にとってのピンチはゴブリンにとってのチャンスでしかない。ゴブリンは閃太を横真っ二つにしようと剣を振る。閃太はハッと我に帰り、バックステップで回避するが服が斬れてしまう。
ーこの世界は、殺さなきゃ殺される。弱肉強食の世界だ。甘さは命取りだ。死にたく無きゃ殺すしかない!ー
閃太の纏う雰囲気が変わる。向こうの世界では使うこともないもの、殺気が体中からあふれでている。
その威圧感にゴブリンも怯むが、ゴブリンは剣を振るう。
キン!…ギャリ……
再びの鍔迫り合い、
(くっ、重い……!でもそれでいい!)
閃太はゴブリンの剣をいなし、左ストレートでゴブリンの顎先を掠める。今はそれでいい!そのままま身体を反対に捻り、裏拳で逆側の顎先を叩く。すると途端にガクッとゴブリンの膝が崩れる。
「ギィッ!?」
「喰らえ!」
閃太が狙ったのは脳震盪だった。人間などは顎を左右に強く打つと、脳が揺れて身体に力が入らなくなる。ならば人間と身体の作りが似ているゴブリンならばどうだろうか?閃太がやったことは賭けだった。この賭けに負けていたら、力づくに押し切られて、殺されていたかもしれない。しかし閃太はその賭けに勝ったのだ。
閃太はその場で意識が朦朧としているソードゴブリンの心臓に剣を突き立てる。
「カハッ!」
ソードゴブリンは吐血し、そのまま光の粒となり消滅する。閃太は安堵し、ドロップアイテムを回収する。回収したアイテムはステータス画面で
ゴブリンの爪
ゴブリンの爪
ゴブリンソード
と出た。
ゴブリンの爪は先程の爪と同じものだった。ゴブリンソードは形は閃太のもっている剣と余り変わらない。長さは若干ゴブリンソードの方が短い。
「ソードゴブリンのゴブリンソードって言いづらいな……フォーカス」
するとゴブリンソードのステータス詳細がパネルに記載される。
ゴブリンソード
カテゴリー片手剣
ゴブリンの上位種ソードゴブリンのもっている剣。
切れ味は余りよくない。
となる。
「魔物って武器も落とすのか、そういえば魔物って全部ドロップアイテム落とすのか?」
閃太はゴブリンソードを右腰に差す。
あいかわらず、殺すという行為はなれそうにない。心で分かっていても、芯の部分はその行為を拒絶している。
殺さなければ殺される。それがこの世界の理であるならやらねばならない。でもそれが分かっていても背徳感を感じてしまう。それが優しさではないことをわかっているつもりでも……
☆★☆★☆
閃太が悶々と考え事をしている間に石頭イノシシは立ち上がる。ゴブリンたちにつけられた斬り傷、閃太の魔法で皮膚はむき出しになり、痛々しいやけどのあとが見える。血もかなり出ており、ポタポタと鮮血を滴らせている。
倒さなければ……殺さなければ殺される……
この考えはイノシシにとって当たり前の考えである。まだあの男はイノシシの存在に気づいていないはず、
「フギイイイイィ!!」
イノシシは叫ぶ、魂の叫びだ。そしてそのまま今出せる全力を尽くして閃太に突撃する。
一歩地を蹴る度身体が痛む、血が吹き出す。
しかしイノシシは自らの生にしがみつくため、閃太に突撃する。
閃太は突然飛び出すイノシシに驚きを感じる。先程までよりも圧倒的な威圧感に動けなくなりかけた。しかしイノシシが自分を殺しに来ているのだと思うと、本能的に閃太は剣を抜いた。
桃崎流剣術、閃太が物心ついたときからやっていた剣術だ。始まりは戦国時代まで遡る"殺すための双剣技"
剣道のように当てるだけではない、斬るという動作の含まれた素振りを閃太は10年以上し続けてきた。
殺すための技術と殺そうとする意志が合わされば生物は容易く殺せる。
閃太の顔付きが変わる。雰囲気が変わる。先程までよりも鋭く研ぎ澄まされた殺気がイノシシの身体を突き刺す。
閃太は剣をしまい、イノシシに向かって走っていく。
閃太とイノシシがぶつかる紙一重で閃太は身体を捻り回避し、捻った力を利用しながら右手でを抜き、イノシシの首を切断する。一撃だ。一撃でイノシシの首は飛び、そのまま光の粒となり、閃太の糧となる。
閃太の雰囲気がもとに戻ると、閃太はその場に経たり混む。身体の疲労感が酷い。疲れの残るからだでイノシシのアイテムを回収し、自分の鞄に押し込む。
「レベルとかどうなってかな……ステータスフォーカス」
センタ・モモサキjob 剣士LV 4/15♂
ポテンシャル『オーディンの右眼』
スキル
剣術LV 6
体術LV 5
炎魔法LV 1
神速LV 1
道化神ロキのサイコロLV 1
「レベル上がってるな……」
ふと、空を見上げる。太陽は絶賛日照中で閃太の頭上を照りつけている。
「本当に暑いな……」
そのまま二刀流の少年は川を下っていった。