妹な俺
『私は、この体を返さない』
咲はそう言うと、俺に何か言わせる暇もなく、部屋から出ていってしまった。
部屋を出ていく間際。
『もう、朝だぞ。咲』
と、改めて言っていた。
つまり、咲は本当に俺を演じるつもりらしい。
『私は、『一生』お兄ちゃんを守る』
咲の言葉が頭に蘇り、俺を混乱させる。
『一生』・・・。
どういう意味で言ったんだ。咲・・・。
『私は、元の体に戻りたくない』
そんなに、苦しんでたのか。さっき、何も出来ないと痛感させられたこの体に、苦しんでたのか・・・。
どうして、俺に言ってくれなかったんだよ・・・。
どうして、俺は気づいてやれなかったんだよ・・・。
「咲・・・」
俺は、無意識に呟き、俺の───咲の体の───髪を無意識にくしゃくしゃに掴む。
俺は・・・どうすればいいんだ・・・。
答えは、いくら探しても見つからなかった。
◇ ◇ ◇
幾十分後。いや、数えてはないが、それくらいたったと思えるくらいの間、俺は全く動けなかった。
全く、答えは、見つけられなかった。
だけど。
「わかったよ」
俺は呟く。
「咲。俺はお前の思い通りに動いてやるよ」
だが、元に戻るための方法は探す。
どうしてこうなったのかすらわからないため、手がかりは何もない。
だけど。絶対に探し出す。
そう、決めた。
俺は覚悟を決め、咲の部屋から下に降りた先にある、リビングを目指す。
幸いなことに、叔母さんは今日───日曜───は十時になっても起きない。
それゆえ、俺は安心しつつも、緊張しながらリビングの扉を開けた。
「やっと起きたのか。咲」
リビングのソファーの上で、『俺』───咲───はいつもの俺のようにニュースを見ていた。
いつもの俺の口調で、俺に声をかけた咲。
俺はニュースを横目に俺を見る、咲の前に立った。
咲の部屋の時とは違い、俺が見下ろし咲が見上げるという、逆の立場だ。
そして俺は、咲に指を指した。
「咲。方法が、元に戻る方法がわかるまではお前の好きにさせてやる。だけど元に戻る方法がわかったら、俺は元に戻る」
「・・・ふーん」
いつもの咲の言葉で、違う口調。明らかに、どこか違う言葉を出してから、咲はソファーから起き上がった。
・・・。
それにより、咲と俺の立場がまた、逆転する。
入れ替わったことを、再認識してしまう。
「お兄ちゃんは元に戻るまで好きにさせてくれるんだ」
前屈みになり、俺の首を引き寄せるように指で触れながら、咲は答える。
「でもさぁ。わかってる?零からのスタートの大変さ」
「わかってるさ。だけど、諦めるわけにはいかない」
余裕の笑みを浮かべながら答える咲に、俺は不敵に笑い返す。
「いつかは俺たちは別々になる。だから、そのためにも俺───」
「嫌だよ。お兄ちゃん」
俺の言葉を咲が遮った瞬間、避ける間もなく咲の両手がそれぞれ俺の頭に当てられ、引き寄せられた。
気づいたときには、既に───
「!?───っ!!?──っ!」
力の差。
反射の差。
そりにより、避けられなかった時間。
一秒とも、億年とも思える時間。
俺は咲にキスされていた。
そして、気づいたときには咲は俺から顔を離した。
「はあっ」
「ぇ?うぁ・・・?」
俺は状況に心が追い付かず、地面にペタリと座り込んだ。
今、俺は何された?
今、何が起こった?
今、咲は何をした?
俺が理解する時すらもらえぬまま、咲はしゃがんで俺と目線を合わせてから、ある言葉を告げた。
「お兄ちゃん。私は、昔からずっと。昔よりもずっと。お兄ちゃんが大好きです」
俺の体で、いつもは滅多に見せない笑顔をして───
咲は、いつもの口調でそう告げた。
いつもの咲の口調で、そう告げた。
「妹として、じゃなく。一人の女として。お兄ちゃんのことが好き」
『俺』の体に咲の口調。違和感の塊のその状況を、俺は気にすることもできない。
咲が、俺を好き?
いやいや、確かに可愛い妹に好きと言われたら嬉しいさ。うん。凄い嬉しい。
でも、それはあくまでも『兄妹として』だったらだ。
そうじゃないと、間違ってる。
「咲。冗談なんだよな・・・?」
「本気」
迷いなく、即答する咲。
その瞳は、ぶれることなく俺を見ていた。
「いつからだ」
「・・・わからない。気づいたら好きになってた」
「どうして・・・」
「わからない。でも、お兄ちゃんは全く気づいてくれなかった」
咲は「どころか」と繋げ、俺を白い目で見る。
「子供の頃から今に至るまで、全く対応変えないで恋人みたいなことして・・・」
「え?」
そんなことしてたか?
全く自覚がないんだが。
「それは、まぁいい。だってこれからは私がやるんだから」
「咲が、やる?」
「うん。いや、ああ。兄妹としてじゃなく、恋人としてな」
咲は、『俺』の口調に戻った。いや、『俺』の口調に変えた。
「本当。お前が鈍いせいで凄いもどかしかったんだぞ?」
と、咲は俺の頭に手を置いた。
そして、優しく、心地よく撫でる。
「いつもお前がこうしてくれてるとき、凄く安心できたんだよ」
「っ!」
俺は慌てて咲の手を払った。
完全に、俺は咲の言った通り、安心しきって、やすらいでいた。
無意識に、咲になっていた。
「やっぱり。入れ替わったのは精神だけで、肉体的な特徴や才能、反射的なものは入れ替わってないみたいだな」
咲は、俺に弾かれたその手を引きながら、確かめるように呟いた。
「結局、お前は何が言いたいんだ。咲」
俺の言葉を聞いて、咲はまた、ニヤリと笑った。
その笑みは、喜びに満ち溢れていた。
「この状況を利用する」
「は・・・?」
「この状況を利用して、俺の気持ちを分からせてやるよ」
俺の顎に手を当てて、顔を引き寄せ、咲はそう言った。
迷いなく、そう言った。
間違いなく、そう言った。
それだけ言うと、俺の頭に手をポン、と置いて咲は立ち上がった。
そして、ニコリと笑って、こう言った。
「可愛いよ?咲」
「──────っ!?」
恐らく、俺は真っ赤になっていると思う。
羞恥により、赤くなったのだと思う。
だけど、羞恥の中に何か別のものが混ざっている気がした。
「あれ?照れてる?」
「照れてない!」
話を切るため、俺は立ち上がって台所の方へと歩く。
「あぁ。料理は俺が」
「うるさい!お前はできないだろ!」
何なんだ。何か、感情的になってしまう。
感情が抑えられない。
「・・・まぁ。いいけど」
何か思うことがあるのか、咲はあっさり引いた。
何考えてんだよ。咲は料理できないだろうが。
俺はいつもの俺のエプロンを取って、エプロンを着ける。
「大きくない?背伸びしてるみたいで可愛いけど」
「・・・」
確かに、サイズが全然あってない。
だけど、咲のやつは着るわけにはいかない。
「これで、やる」
俺はいつもの通りに料理を始めた。
◇ ◇ ◇
「で、これは?」
「う、うるさい・・・」
苦笑しつつ、俺の作った料理を指差す咲。
そこには、マーガリンを塗って、オーブンで焼いただけのパンが置いてあった。
俺は、いつもの通りに料理をしたんだ。
なのに、スクランブルエッグは焦げ、レタスはうまく切れず、手を切って咲に心配される始末。
俺は、料理ができなくなっていた。
「今まで通りにしても、体の経験とかそういうのがあるから出来ないに決まってるだろ?そもそも、初心者は無意識に火や刃物に緊張するものだし」
「・・・」
俺は何も返せない。
「しょうがないやつだな。昼は『いつもみたいに』一緒に作るぞ?」
「ふぇっ!?」
俺は思わず情けない声を出して、驚く。
一緒に作るって、いつもみたいにってことは・・・。
「分かったな?咲」
咲は、とてもとても、嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。
どうしてこんなことに・・・。どうして咲がこんな性格に・・・。
俺は、何故か咲の言うことを断ることができなかった。
◇ ◆ ◇
本当に、君たちは・・・。
まぁ。こんな異常事態に遭ったんだからしょうがないのかも知れないけど、入れ替わった後の性格変化が激しすぎないかい?
咲「そうか?」
こっちは演じきってるし・・・。
健介「しょうがないだろ・・・」
こっちは色々抑えきれてないけどね。
まぁそのうち、パラレルの方でキャラ説明でもしようかな。
健介「はあっ!?」
咲「キャラ説明・・・」
いいだろ?このパラレル内でのステータスなんだから。
健介「だからってそれは個人情報保護法違反だろ!」
確かにそうだね。だけど・・・。
『僕は悪くない』
健介「無理矢理過ぎるだろ!」