第5話
スキル<ハイスラッシュ>、片手剣で相手の身体を我武者羅に斬り続けるスキル。
このスキルに固定された回数はなく、その時により多い時は30連撃という破格な攻撃回数を誇るスキルだ。
それがクラベリオンの身体を傷つけ多大なダメージを与えたはず――だった。
「えっ……」
静かな疑問の声が漏れる、それはまさしく俺の声でありクラベリオンにスキルを当て、
HPゲージを見たときに発された声だ。
――HPが減っていなかった。
確かに俺の攻撃力は熟練度が低い為少ない。だがさっきの攻撃は完全に10回以上の斬撃を与えたはずだった。なのにクラベリオンのHPはかすかに緑の部分が黒く染まっただけだった。そして俺の思考をさえぎって声が聞こえてくる。
「玲、ソイツは攻撃も防御も並以下だ。だがHPだけはどのモンスターと比べても異常、
一筋縄ではいかない。さらにソイツは何分かに1度、HPを微量回復する。
俺が相手をしたボスの中ではそんなに強くは無い。だが最も苦戦した相手だ」
早く言ってくれ、と言いたかった。だが生憎そんな暇はない、直ぐ目の前に巨大なハサミが迫っているのだ。俺はその巨大なハサミを飛んで避ける。
だがそれでは爪が甘かった。飛んで動けない俺の身体にもう一つの大きなハサミが迫っていた。
「くっ」
空中なので当然避ける事は出来ず直撃し吹き飛ばされる俺。だが俺のHPはほんの少ししか減っていない。それは多分当たる直前に自分とハサミの間に剣を入れていたからだろう。
静かに立ち上がり走り出す。高速で迫る二つのハサミを避け身体の下に入る。
「足ならどうだ」
そして1番後ろの足に思い切り片手剣を叩きつける。
堅い物同士がぶつかった時の鈍い音、そして激しい衝撃による痺れが俺の腕を襲う。
――コイツ、足はくちゃくちゃ堅い!
「くそっ!」
毒づき、大きくバックステップをしてクラベリオンの真下から離れる。
その直後、クラベリオンの巨体が急に下がり俺の元居た場所を叩き付けた。
――!? アレを喰らったらやばかった。
心で動揺しながら足を踏み出す。相手の隙は今起き上がろうとしている時、つまり今なのだ。俺はそれを見逃さずクラベリオンの背中に飛び乗り、剣を大きく掲げた。
「オラッ!」
俺は攻撃力が弱い。だから少しずつしか削れない、だからこそ自分のHPを削ってでも必殺級のスキルを使う必要があった。
連鎖スキル<サクリファイス>、自分のHPを少量だけ残し減らす。そしてそのHP減少量だけ熟練度が一時的アップする。いわば自己犠牲のスキル、それを連鎖させてスキルを連発すればなんとか半分は削れるだろうか。
「半分は削れろ!」
俺は愛用しているスキルを使用した。
<ペナルティブレイク>5連撃のすべてにクリティカル判定が付く訓練所でしか手に入れられないスキル、そしてサクリファイスによって上げられた熟練度とクリティカル判定が付けられた5連撃が今クラベリオンに放つ。
腕を限界まで上げ、クラベリオンの身体に剣を突き刺し、剣の柄を掴み真下に殻を引き裂く。その後ソレを抜き取り斜めに切り上げその力を利用して1回転し遠心力が加わった最後の1撃を叩き込んだ。
「どうだっ!?」
クラベリオンに振り返りながらHP剤を飲み干す。
クラベリオンのHPゲージはまだ10分の1程度しか削れて居なかった。
――こんなもんなのか
少し残念になりながらも剣を腰に収める。
そして肩から少し長めのもう一つの片手剣を抜き放つ。訓練所で貰った内のもう一つ、
剣にはそれぞれ攻撃力があり、性能がある。重さ、柄の持ち易さ長さ、刀身の長さ、それぞれが違いそしてその中で特別な剣には特性が付いている。
例えば俺がいつも使っている短い剣の特性は攻撃スピードを上げる、だ。
他にも色々な特性を持つ剣があるだろう、そして今から俺が抜く剣はある意味賭けであり、
その時により最弱になり、最も最強になる剣だ。
「来い!」
叫び、剣に特性が宿る。この剣の特性はランダムステータス。
この世界に存在する剣の特性を30分ごとに変化させる。
いわばこの剣は全ての剣と同じ性能を持つ剣、世界に一つだけの剣がその時間だけ2つになる。
そして今のこの剣の特性はバーサーカー、斬った回数が増える度、1時的に攻撃が上昇する。
「今、最も欲しいと思っていたスキルが来てくれましたね」
漣に向かっていった一言は多分理解されていない。
なんせ漣は俺と会ったのすら最近であり、俺のこの剣の特性すら知らないのだから。
「カニって美味しいんだよね……食べれるかな」
いつも使っている剣より少し長く真っ直ぐな剣を片手で構え静かに走り出す。
食べられるかな。砂になってしまう前に……カニなんて何年も食べてない。
ジュルリ……
「喰らえっ――!」
俺の今の特性を考えると数打てば勝てる状態、なら回数を多く打ち込めるスキル、それが有利だ。なら、と俺は考え剣を持ち直しカニの足を弾き返す。その反動を利用してジャンプし、発動する。
スキル<ハイスラッシュ>、さっきも使ったが回数が限られている、だからこれは賭けであり、ヘタをしたら死ぬかもしれない。
「死ねぇぇぇ!」
連続で振り下ろされる剣、だがそれは予想よりも少なくたったの6連撃。
――くそっ!
愚痴を心で吐き、身体を1回転させハサミをぎりぎりかわす。わずかに鼻を掠りはしたがHPの減少は見えない、これならいける!
俺は即座にカニの甲羅に飛び乗りもう1度ハイスラッシュを与える。
高い金属音――回数は23回、攻撃力の上昇に関して言えば3倍、だがこれが目的ではない。
あくまでこれは攻撃力を高める為の余興に過ぎない、クラベリオンはまだHPが半分は残っている。正直言ってHPは満タンと言っていいが疲れすぎた。
終わらせよう、完膚なきまでに、見られたっていい、本気を出そう。
この世界の必殺技、それはほとんどの人がこう言うだろう。
スキル、と。その中で俺はこう答えると思う、避ける事、と。
久しぶりに感覚が戻ってくる気がした。訓練所の特別な足捌き、剣を出すタイミング。
それらが全て今ここに使われる。
目をそらすな、相手の攻撃を良く見ろ。そして相手の攻撃とあわせろ。
「らぁ――!」
迫り来るハサミ、これはもう何度と経験した。これでもかって程に。
俺は静かに背中を曲げる、前にではなく、後ろに、そして俺はその力を利用したまま、
剣を突き刺す。そして迫る足を避ける。回転した勢いで足を水平になぎ払う。
「踊れ! 何処までも」
もうこれで剣とアイツは交じり合う事はない。おれはもうアイツの攻撃が当たらない。
避けて斬るではなく避けながら斬る、これが本当の戦闘スタイル。
俺にとって戦闘は踊りだ、別に甘く見ている訳じゃない。死ぬかもしれない、それはいつも俺の背中にのしかかっている。重く、重く。
だから、俺は自分にとって最強のスタイルを見つけた。
誰にも似つかない俺だけの――!
「トドメだぁ!」
最後の胴体を斬った一撃、それでクラベリオンのHPは消滅していた。
途中からHPを見ていなかった俺はその場で座り込む。
驚愕の顔をしている漣の顔を見ながら言う。
「見ちゃいました?」
「あ、ああ、ばっちりと」
いきなり話を振られた漣は困った顔をしながら答えた。
どうせこれはいつか説明しなきゃいけない、一緒に戦うなら。
「漣さん、説明しましょう。この力を」