婚約破棄だけは、ご遠慮願います
王立舞踏会。
煌びやかなシャンデリアの下で。
第一王子アルベルトは、静かに笑みを浮かべていた。
(ようやくだ)
長かった。
本当に長かった。
冷酷。
傲慢。
完璧主義。
人を人とも思わない悪役令嬢。
セシリア・フォン・ローゼンベルク。
今日、ようやく彼女との婚約を終わらせられる。
そして。
真実の愛を選ぶのだ。
◇
「セシリア・フォン・ローゼンベルク!」
王子が高らかに声を響かせる。
舞踏会が静まり返った。
セシリアがゆっくり視線を向ける。
銀色の長髪。
蒼氷の瞳。
その美貌は、まるで芸術品だった。
だが。
性格は最悪。
それがアルベルトの認識だった。
「お前との婚約を、本日をもって破棄する!」
ざわめきが広がる。
王子の隣には、聖女リリア。
可憐で優しい少女。
アルベルトは堂々と宣言した。
「私はリリアを愛している!」
「お前のような冷たい女ではなく、彼女こそ未来の王妃に相応しい!」
完璧な断罪だった。
――はずだった。
「ご遠慮願います」
セシリアは即答した。
会場が静まり返る。
王子が固まった。
「……は?」
「婚約破棄だけは、ご遠慮願います」
相変わらず無表情。
声色も一定。
まるで“雨が降るので傘を持ってください”くらいの温度感だった。
◇
「なぜだ!」
アルベルトが苛立った声を上げる。
セシリアは静かに答えた。
「殿下が不適格だからです」
「は?」
「現時点で、殿下以外に王位継承条件を満たす王族が存在しません」
周囲の貴族達がざわつく。
セシリアは続けた。
「次期候補育成前の婚約破棄は、国家運営効率が著しく低下します」
「人を物みたいに言うな!」
「道具ではなく国家資産です」
即答だった。
「なお殿下は維持コストに対して成果率が低い為、本来であれば早期更新したいところなのですが」
「お前ほんと性格終わってるな!?」
◇
貴族達がヒソヒソ話し始める。
『相変わらずだな……』
『でもセシリア様、王政関連は全部仕切ってるからな』
『王子殿下より有能なのは事実だ……』
アルベルトは歯を食いしばった。
昔からそうだった。
セシリアは常に正しい。
だが。
常に冷たい。
剣術を失敗すれば。
『努力不足です』
政務を忘れれば。
『記憶力に難がありますわね』
外交会談で噛めば。
『発声練習くらいしてきてください』
最悪だった。
だが。
不思議なことに。
セシリアの指示に従った案件だけは、全て成功していた。
◇
「セシリア様!」
聖女リリアが前へ出る。
「アルベルト様を解放して差し上げてください!」
セシリアは静かに視線を向けた。
「解放?」
「殿下はずっと苦しんでおられます!」
「知っています」
「なら!」
「ですが、現時点での破棄は非効率です」
真顔だった。
「代替候補確保後であれば、速やかに契約終了可能です」
「契約って言うな!!」
王子が叫ぶ。
セシリアは小さくため息を吐いた。
(感情論ばかりですわね)
(だから教育効率が悪いのです)
◇
その時だった。
「兄上」
落ち着いた声が響く。
第二王子レオハルトだった。
黒髪。
整った顔立ち。
柔らかな物腰。
女性人気も高い。
「……レオハルト」
アルベルトが眉をひそめる。
弟は静かにセシリアを見た。
「セシリア嬢」
「ご無沙汰しております」
「えぇ」
短いやり取り。
だが。
レオハルトの視線には、明確な敬意があった。
◇
「兄上」
レオハルトが静かに言う。
「公開婚約破棄はおすすめしません」
「なぜだ!」
「セシリア嬢は、兄上が思っている以上に王家を支えています」
「またセシリアの肩を持つのか!」
「事実を述べています」
淡々とした返答だった。
レオハルトは小さくため息を吐く。
「兄上は知らないでしょうが」
「現在の王家財政安定率は、セシリア嬢主導の改革によるものです」
会場がざわつく。
「北方貴族との外交調整も」
「王都税率再編も」
「軍備予算最適化も」
「全てセシリア嬢です」
アルベルトが目を見開いた。
「……は?」
セシリアは無表情のまま紅茶を口へ運ぶ。
別に褒められたくてやったわけではない。
必要だったからやっただけだ。
◇
「それに兄上」
レオハルトが静かに続ける。
「ローゼンベルク家との関係を軽視しない方が良い」
空気が少し変わる。
アルベルトが顔をしかめた。
「どういう意味だ」
「そのままの意味です」
レオハルトは視線をセシリアへ向ける。
「セシリア嬢のお母上は、“北の女王”ですから」
ざわり、と会場が揺れる。
北の女王。
大陸北方連合を統治する絶対君主。
莫大な財力。
軍事力。
外交力。
その全てを持つ、世界有数の女王。
アルベルトの顔色が変わった。
◇
セシリアは静かに口を開く。
「では、お母様へご報告致しましょうか?」
その瞬間。
アルベルトの肩が跳ねた。
「……なっ」
「殿下が、ローゼンベルク家との契約終了を望んでいると」
淡々とした声。
だが圧が凄い。
セシリアはさらに続けた。
「もっとも」
「殿下も、どうせお母様の財力と後ろ盾が必要なのでしょう?」
「っ……!」
「でなければ、現在の王権支持率で婚約破棄など行いませんものね」
アルベルトの顔が赤くなる。
「お、お前は!」
「最低だ!」
セシリアは静かに首を傾げた。
「事実ですが?」
その瞬間。
アルベルトは理解した。
やはりこの女は。
最悪の悪役令嬢だと。
舞踏会から数日後。
王宮内では、奇妙な空気が流れていた。
「……兄上」
第二王子レオハルトが静かに紅茶を置く。
「まだ怒っているんですか」
「当たり前だ!」
アルベルトは苛立ったように机を叩いた。
「なんなんだあいつは!」
「人を国家資産扱いしやがって!」
「維持コスト!? 更新!?」
「俺は道具じゃない!」
レオハルトは小さくため息を吐いた。
「セシリア嬢は昔からそうでしょう」
「合理主義ですから」
「合理主義にも限度がある!」
アルベルトは吐き捨てる。
「冷たいんだよ、あいつは」
レオハルトは少し黙った。
そして静かに言う。
「……本当にそう思っていますか?」
◇
アルベルトは顔をしかめた。
「どういう意味だ」
「兄上は、“セシリア嬢が結果だけ出している”と思っている」
「違うのか?」
「違います」
レオハルトは静かに紅茶を飲む。
「兄上」
「去年の南方飢饉、覚えていますか」
「あぁ」
「王家の支援が異常に早かった件も?」
「……あったな」
「セシリア嬢です」
アルベルトが固まる。
「北方との穀物交渉」
「輸送路確保」
「税率調整」
「全部、あの人が寝ずに処理していました」
アルベルトは言葉を失った。
◇
「……いや」
「でも、あいつは」
「兄上」
レオハルトが静かに遮る。
「セシリア嬢は、兄上が遊んでいる間も仕事をしていました」
空気が止まる。
「兄上が舞踏会で聖女と踊っていた夜も」
「徹夜で予算調整をしていた」
「兄上が体調を崩した時も」
「医師手配を最優先したのはセシリア嬢です」
アルベルトが眉を寄せる。
「……知らない」
「当然です」
レオハルトは小さく笑う。
「あの人、言いませんから」
◇
一方その頃。
セシリアは王宮書庫で書類を整理していた。
「セシリア様」
秘書官が頭を下げる。
「来週の“北の女王主催舞踏会”ですが」
「各国王族の到着予定が出揃いました」
「そう」
セシリアは淡々と書類を確認する。
北の女王。
つまり実母主催の舞踏会。
大陸各国の王族が集まる巨大外交会議でもある。
「東方王国第三王子」
「西方連盟第一王子」
「帝国第七皇子も参加予定です」
セシリアは小さく頷いた。
「候補としては悪くありませんわね」
「……候補?」
「次期契約対象です」
秘書官が苦笑する。
セシリアは本気だった。
現在のアルベルト王子は不適格。
能力不足。
感情優先。
外交適性低。
本来ならもっと早く切り替えたかった。
だが。
王家の安定性を考えれば、代替候補が必要だった。
◇
(ようやくですわね)
セシリアは静かに紅茶を飲む。
(次が決まれば、現契約を維持する必要もありません)
別にアルベルトへ執着はない。
むしろ面倒だった。
感情論が多い。
無駄が多い。
教育効率が悪い。
だが。
現時点で最適解だったから維持していただけ。
それだけだ。
◇
一方。
アルベルト王子は妙な違和感を覚え始めていた。
廊下を歩く。
すると騎士達がヒソヒソ話していた。
『セシリア様が予算止めてなかったら軍崩壊してたらしいぞ』
『王子殿下、それ知らなかったのか……』
別の日。
侍女達。
『セシリア様、また徹夜だったみたい』
『王子殿下の外交ミスのフォローでしょ?』
また別の日。
財務官達。
『ローゼンベルク嬢抜けたら王宮回らんぞ』
アルベルトは眉を寄せた。
「……なんなんだ」
知らない。
そんな話。
誰も教えてくれなかった。
◇
その日の夜。
王宮庭園。
アルベルトは偶然、セシリアを見つけた。
月明かりの下。
一人で書類を読んでいる。
相変わらず美しかった。
だが。
少しだけ疲れて見えた。
「……まだ仕事か」
思わず声が出る。
セシリアが視線を向ける。
「殿下」
「珍しいですわね」
「何がだ」
「仕事以外で私に話しかけるのが」
いつもの淡々とした声。
アルベルトは少し苛立つ。
「……お前」
「いつもこんな時間まで仕事してるのか」
「必要ですので」
「使用人に任せればいいだろ」
「殿下」
セシリアが静かに言う。
「王家財政を理解している使用人が何人いると思っているのです?」
「……」
「外交均衡を理解している者は?」
「軍事予算再編を行える人材は?」
アルベルトは黙る。
セシリアは小さくため息を吐いた。
「いないから私がやっているだけです」
まるで当然みたいに。
アルベルトは、なぜか言葉に詰まった。
◇
その時だった。
「失礼」
低い声が響く。
一人の青年が庭園へ現れた。
黒髪。
整った顔立ち。
異国風の軍服。
「帝国第七皇子、カイン・ヴァルツです」
セシリアが静かに立ち上がる。
そして。
アルベルトが一度も見たことのない表情を浮かべた。
「お待ちしておりました、カイン殿下」
柔らかい声。
優雅な微笑み。
穏やかな視線。
まるで別人だった。
アルベルトの思考が止まる。
(……誰だ、それは)
セシリアは静かにカインへ紅茶を差し出す。
「長旅、お疲れでしょう」
「ありがとうございます」
二人は自然に微笑み合う。
その光景を見た瞬間。
アルベルトの胸に、初めて知らない感情が生まれた。
――なぜか、無性に苛立った。
一週間後。
北の女王主催舞踏会。
大陸中の王族、貴族、外交官達が集う、巨大な国際舞踏会が開かれていた。
黄金の大広間。
無数のシャンデリア。
豪奢な音楽。
その中心で。
アルベルト王子は、妙な焦燥感を抱えていた。
◇
(……おかしい)
視線の先。
セシリア・フォン・ローゼンベルク。
今日の彼女は、いつも以上に美しかった。
漆黒のドレス。
銀髪。
蒼い瞳。
だが。
アルベルトが混乱している理由は、そこじゃない。
「カイン殿下」
セシリアが微笑む。
柔らかく。
穏やかに。
まるで春の日差しみたいに。
帝国第七皇子カインが笑みを返す。
「セシリア嬢こそ、お疲れでは?」
「問題ありませんわ」
二人は自然に会話していた。
自然すぎた。
アルベルトが知るセシリアじゃない。
◇
(なんだ、それは)
アルベルトは理解できなかった。
セシリアはいつも冷たかった。
厳しかった。
近寄り難かった。
なのに。
カインへ向ける視線は違う。
声も。
表情も。
空気も。
全部違う。
◇
「兄上」
隣へレオハルトが立つ。
「顔色が悪いですよ」
「……うるさい」
「言ったでしょう」
レオハルトは静かにワインを揺らす。
「兄上は、セシリア嬢を何も見ていなかった」
アルベルトは黙る。
反論できなかった。
◇
思い返せば。
セシリアは、いつも王子を支えていた。
外交。
財政。
軍備。
社交。
全部。
王子が知らない場所で。
なのに自分は。
『冷たい女』
『愛のない女』
そう決めつけていた。
そして。
今になって初めて気付く。
セシリアは。
“相手を選んでいた”のだと。
◇
「セシリア」
気付けば、アルベルトは彼女へ歩み寄っていた。
セシリアが視線を向ける。
「なんでしょう、殿下」
いつもの声。
だが。
もう以前ほど冷たく感じなかった。
「……お前は」
言葉が詰まる。
何を言えばいいのか分からない。
謝罪?
撤回?
違う。
もっと別の何か。
「……その男と、随分親しいんだな」
ようやく出た言葉が、それだった。
レオハルトが小さく頭を抱えた。
セシリアは一瞬だけ黙る。
そして。
「当然ですわ」
静かな返答。
「カイン殿下は優秀ですので」
アルベルトの胸が、妙に痛んだ。
◇
「殿下と違い」
セシリアは続ける。
「感情論で外交を壊しませんし」
「最低限の政治理解もあります」
「軍事均衡も把握しておられます」
「なにより」
セシリアは小さく微笑む。
「教育効率が良い」
カインが吹き出した。
「随分な褒め言葉ですね」
「事実ですわ」
その自然なやり取りが。
アルベルトには、何より苦しかった。
◇
その時だった。
楽団の音楽が止まる。
会場が静まり返った。
高台へ、一人の女性が現れる。
北の女王。
セシリアの母。
絶対君主。
その場の空気が変わる。
「皆様」
女王が静かに口を開く。
「本日は、大切な報告があります」
ざわめきが広がる。
アルベルトの胸騒ぎが強くなる。
そして。
女王は静かに告げた。
「本日をもって」
「セシリア・フォン・ローゼンベルクと、アルベルト王子との婚約契約を終了します」
会場が騒然となった。
アルベルトの顔色が変わる。
「……え」
待て。
待ってくれ。
違う。
これは自分が望んだことのはずなのに。
◇
女王は続ける。
「なお」
「次期契約対象は、既に選定済みです」
視線が動く。
自然と。
全員の目が、帝国第七皇子カインへ向いた。
アルベルトの呼吸が止まる。
◇
「セシリア……!」
思わず声が漏れる。
セシリアが静かに振り返った。
「なんでしょう」
「お前は……」
アルベルトは、ようやく理解した。
自分は。
ずっと。
とんでもない女性を隣に置いていたのだと。
そして。
その女性を、自分から手放したのだと。
「私は……」
言葉が震える。
「君を……」
その瞬間。
セシリアは静かに口を開いた。
「ご遠慮願います」
最初と同じ言葉だった。
だが。
今度、拒絶されたのは。
アルベルトの方だった。
◇
「現契約は既に終了しております」
セシリアは淡々と言う。
「また、次期契約対象選定も完了済みです」
「待ってくれ……!」
「殿下」
セシリアは静かに首を傾げる。
「今さら、何を?」
その言葉で。
アルベルトは完全に理解した。
セシリアは最初から一度も、自分へ執着していなかった。
必要だったから維持していただけ。
そして。
不要になったから切られた。
ただ、それだけ。
◇
カインが静かにセシリアへ手を差し出す。
「参りましょうか」
「えぇ」
セシリアが微笑む。
柔らかく。
穏やかに。
アルベルトが、一度も向けられなかった笑顔で。
その瞬間。
アルベルトはようやく理解した。
自分が失ったものの大きさを。
そして。
本当に“断罪”されたのが、自分だったことを。
舞踏会が終わった後も。
アルベルトは、しばらく動けなかった。
静まり返った大広間。
皆、既に帰っている。
なのに。
頭の中だけが、ずっと騒がしかった。
◇
『ご遠慮願います』
最後に向けられたセシリアの言葉が、頭から離れない。
最初と同じ言葉。
なのに。
あの時とは、意味が違った。
今度、拒絶されたのは自分だった。
◇
アルベルトは重い足取りで自室へ戻る。
扉を開く。
静かな部屋。
ふと視線が止まった。
机の上。
綺麗に整理された書類。
インク。
紅茶。
そして。
小さな鍵付きの引き出し。
昔からそこにあった。
だが。
アルベルトは一度も開けたことがなかった。
◇
「……」
何気なく鍵を差し込む。
カチリ、と音が鳴る。
引き出しを開く。
中に入っていたのは。
一冊の日記だった。
整った文字。
表紙には何も書かれていない。
アルベルトは、ゆっくりページを開いた。
◇
『本日、殿下が初めて政務を最後まで投げ出さずに終えました』
『褒めると調子に乗るので言いませんが、少し嬉しく思います』
アルベルトの指が止まる。
◇
『本日の剣術訓練は散々でした』
『ですが、殿下は誰より努力されています』
『才能が無いのなら努力すれば良い』
『それが出来る方です』
◇
『外交会談にて、殿下は三度も噛みました』
『次回は発声練習を推奨します』
『……ですが』
『最後まで逃げなかったことは評価に値します』
アルベルトの喉が詰まる。
◇
ページをめくる。
そこには。
ずっと知らなかったセシリアがいた。
◇
『殿下は優しい方です』
『感情に流されやすい欠点がありますが』
『民の涙を見て見ぬ振りが出来ない』
『そういう所は、嫌いではありません』
◇
『殿下は人を見る目が甘い』
『騙されやすい』
『放っておくと危なっかしい』
『ですので』
『出来る限り、隣で支えようと思います』
◇
アルベルトの視界が滲み始める。
ページをめくる手が震える。
◇
『最近、殿下は聖女様と過ごす時間が増えました』
『少し寂しく思います』
『……などと書けば、私は母に笑われるのでしょうね』
◇
『殿下に冷たいと言われました』
『否定はしません』
『実際、優しく接するのは得意ではありませんから』
『ですが』
『私は私なりに、殿下を大切に思っていました』
◇
アルベルトの手から、日記が落ちた。
床へ膝をつく。
「……っ」
声にならない。
胸が痛い。
苦しい。
息が詰まる。
◇
思い返せば。
セシリアは、一度も自分を見捨てなかった。
失敗しても。
恥をかいても。
怒りながら。
呆れながら。
ずっと隣にいた。
なのに自分は。
何も見ていなかった。
◇
「俺は……」
震える声が漏れる。
「何を……していたんだ……」
涙が落ちる。
止まらない。
◇
日記の最後のページ。
そこには、短い文章だけが書かれていた。
◇
『殿下が、いつか立派な王になられる事を願っています』
『その時、隣にいるのが私でなくとも』
『きっと私は、殿下の幸せを願うのでしょう』
◇
アルベルトは、崩れるように顔を覆った。
もう遅かった。
本当に。
全部。
遅すぎたのだ。
◇
一方その頃。
北方王城のバルコニー。
夜風の中。
セシリアは静かに紅茶を飲んでいた。
「……よろしかったのですか?」
隣でカインが尋ねる。
セシリアは夜空を見上げたまま答える。
「何がです?」
「最後まで、本音を伝えなかったことです」
少しだけ沈黙。
そして。
セシリアは小さく微笑んだ。
「悪役令嬢ですもの」
その笑顔は、どこか少しだけ寂しそうだった。




