日常系【視線】
シャワーから出ると、軽く頭を拭いた。
タオルを首に掛けたまま、冷蔵庫を開ける。風呂上りのほてった身体に、冷えたビールは、冬でも止められない習慣だ。
「ぷは…っ」
半分ほどを一気に飲み干したとき、ふと、強い視線が絡みつくのを感じる。
半端に開いた襖の奥に存在する、ダブルベッドに身をおこした男は、まるで俺の一挙手一投足さえ見逃すまいとするように、じっと視線を投げかけていた。
さすがに居心地の悪さを感じて、缶ビールを片手にベッドへと戻ると、残りを差し出した。
ニヤリと笑って、残ったビールを飲み干したのは、一応、俺の恋人に当たる男だ。
「お前さ、俺なんか見てて、楽しいか?」
「もちろん」
用意されたように帰ってくる答えが、俺をますます居心地悪くさせる。俺は、そのままベッドへと潜り込んだ。
「お前、俺のこと信用してないな?」
ベッドへ潜り込んだ俺の耳に、よく響く低音が囁きかけてくる。
「お前なら、自分の顔でも見てた方がいいんじゃないのか?」
まさしく、白皙の美貌と云うに相応しい容貌のコイツが、何を思って俺なんかと付き合っているのか。正直、未だに謎だ。
「俺は、自分の顔は好きじゃない。俺の好みは、お前みたいな男なんだよ」
後ろから俺を抱きしめる手に力が篭もる。
「筋肉の付いた綺麗な背中もいいし、それをすっと伸ばして歩く姿もいい」
「そんなに筋肉が好きなら、ボディビルダーとでも付き合えよ」
拒絶より、拗ねた色の強い俺の言い草に、宥めるように、キスが落ちてきた。
「ばーか。見せるための筋肉は、いらないの。ちゃんと機能的なのが好きなんだよ。お前が、きちんと練習してきた証だろ」
そういうのがツボなのか。解からない好みだ。
「それに、締りもいいしな」
綺麗な顔に似合わない、品性下劣極まりない台詞を聞いた瞬間に、俺の蹴りが、中年に差し掛かってもまったく出る気配の無い腹に、見事に決まった。
「お前、今日、布団決定。絶対に、ベッドに上がって来るなよ」
そのまま、ベッドの下に蹴りだされた男に背中を向けて、俺はベッドへと潜り込んだ。
「え? ごめん、すみません。軽いジョークだろ、なぁって」
恋人は、背中に張り付いたまま、謝り倒している。
さて、どのタイミングで許してやろうか。
<おわり>