擬人化【カフェブレイク】
しくしくと泣く声が聞こえて、シュガーはとことこと近寄った。
そこでは案の丈、ミルクがすすり泣いている。
「ミルク、どうしたんだよ?」
「シュガーぁ…」
べそべそと泣きじゃくる、ミルクの云いたい事は、長い付き合いのシュガーには、もう耳にタコが出来るほど聞いている愚痴に違いない。
「珈琲に嫌われちゃった…」
は~~~っと深いため息を付きたいのを堪えて、シュガーがぽんぽんと頭を叩く。
真っ白なミルクは、心まで真っ白だ。
小さな頃から真っ白で可愛かったミルクを、シュガーは、すごく大切に、甘くしてあげた。
但し、今のミルクはすっかり大きくなっていて、小さなシュガーよりもずっと大きいのだが、小さな頃の関係はそのまんまだ。
「嫌われちゃったって、何をしたんだ?」
珈琲は独特の肌の色と、芳醇な香りで人をひきつける魅力の主で、真っ白なミルクの小さな頃からの憧れの人だ。
「チューしたいって云ったら、いいよって云ってくれたの。それでチューしたら、そんなのチューじゃ無いって怒っちゃって…」
いよいよもって深くなりそうなため息を抑えて、シュガーは優しくミルクの頭を撫でる。
これは、ひと言珈琲に云うべきか、否か。
遊び人の珈琲とは、ミルクは違うのだ。本気じゃなければ、遊ぶのはやめて欲しい。ミルクが傷つくだけだ。
「ああ? とろくさい事云うなよ。あーんなお子ちゃま、俺とキス出来ただけでも、喜んで欲しいもんだね」
べそべそと泣くミルクを泣き止ませて、シュガーは珈琲のところへとやってきた。
「大体、俺は大人がいいんだよ。モルトウィスキーとか、ビターみたいな割り切って付き合える相手としかやりたくないの」
「だったら、キスしてもいいなんて云うなよ。子供をもてあそぶのが、君のやり方か?」
わがままな王様・珈琲には、シュガーの怒りなど届かないことは判ってはいるが、それでも必死で訴える。
「はぁ? あいつが、したいって云ったんだぜ? 俺が、無理やりした訳でもないだろう?」
「そういうことを云う訳だ」
あんまりな言い草に、シュガーはカチンとなった。これ以上は、いくら話しても無駄だ。所詮、珈琲と自分たちでは考え方が違うらしい。
くるりときびすを返す、シュガーに、珈琲は艶然と微笑みかけた。
「たまには、甘いのもいいかもな。ミルクみたいなお子ちゃまはゴメンだが、お前ならいいぜ?」
その微笑みは、魅力的で、珈琲のことを快く思ってはいないシュガーでさえ、思わずクラリときそうだ。
これでは、身体だけは大きくなった、お子ちゃまミルクなど一発だろう。
ちょっと思い知らせてやりたい気になる。
だが、それはシュガーでは駄目だ。
ミルクが一矢報いてこそ、意味がある。
シュガーは台所の片隅で、人の悪い笑みを閃かせた。
「ねぇ、ミルク。ミルクは珈琲とだけしかキスしたくない?」
真っ白なミルクの膝に甘えかかって、シュガーが問う。
「な、なな、何? 何で?」
シュガーの浮かべた、甘くとろけるような微笑に、ミルクはどぎまぎとしてしまって、ひたすら焦るばかりだ。
「僕とは、キスしたくない?」
身を起した、シュガーが妖しく誘う。
「ミルク。僕はミルクとキスしたいな」
目を合わせて、唇を薄く開いたシュガーは、ちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせた。
「ね? ミルク? 僕とキスしよう。練習しようよ、大人になる練習」
甘いシュガーに誘われないものなどいない。
ミルクはふらふらとシュガーの唇に唇をぶつけた。
「ミルク」
これでは、珈琲に怒られる筈だ。バツが悪そうに、シュガーを見るミルクを、シュガーは包み込むように微笑む。
そして、ゆっくりと、今度は自分から唇を寄せた。
触れるだけのバードキス。
何度も角度を変えるうちに、唇はどんどん深く触れ合っていく。
少し、唇を開いて、舌を忍び込ませ、ミルクの舌を誘った。
「シュガー…」
「そう、ミルク。いい感じだよ」
ぽわんと、自分の名前を呼ぶミルクに、シュガーは、また唇を薄く開いてみせる。
誘われるままに、今度はミルクがシュガーにキスしてきた。
触れるだけで離れようとするそれを、シュガーは、自ら誘い込む。
「シュガー。何だか熱いよ」
「そう、そのまま、熱くなっていいんだよ」
ミルクが深く唇を合わせて、シュガーの舌を吸い上げた。
珈琲にあげるの、もったいないな。
このまま、僕が飲んじゃおうかな?
拙いけれど、情熱的なそれに、シュガーが負けそうになった頃、ミルクが突然身体を離した。
「どうしたの?」
シュガーが覗き込むと、そこには今にも泣きだしそうなミルクの顔がある。
「駄目だよ。やっぱり、僕、珈琲じゃなきゃ駄目」
真っ白なミルクの流す涙は、ぽろぽろとこぼれて、真珠のようだ。
それを指先ですくって、シュガーは甘くふわりと微笑んだ。
「行きなよ。珈琲のところ」
真っ白なままぶつかるのが、やっぱり、ミルクらしい。
「うん。ごめんね、シュガー。ありがとう」
「いいよ」
小さいミルクを甘くするのが大好きだったシュガーは、ここでもミルクを甘やかす。
優しく、甘く。駆けていくミルクを見守った。
「おい、シュガー」
声を掛けてきたのは、王様・珈琲だ。
「何?」
夕飯前の忙しいシュガーは、とげとげしい気分で振り向いた。
「お前、アイツに妙なこと、教えただろう!」
「アイツって?」
「決まってるだろう、あの…」
口を開きかけた、珈琲の後ろから、てててっと、駆けてくる足音が響く。
「珈琲!」
シュガーの前だというのに、ミルクはガバリと珈琲に抱きつく。
「おい、お前ッ、止めろって」
ごろごろと珈琲に懐く、ミルクに、シュガーはあんぐりと口をあけてしまう。
「だーめ、僕だけでしょ? 珈琲」
「馬鹿云うな! 誰がお前みたいなお子ちゃまなんか…」
そういって抵抗している珈琲の頬が染まっているのを見て、シュガーはほくそ笑んだ。
「そっか。ミルクのモノなんだ。珈琲ってば」
「馬鹿野郎ッ、誰がだ! お前もいい加減に離せ!」
「痛ぁい、珈琲」
殴られながらも楽しそうなミルクに、シュガーはこっそりと親指を立ててみせる。
それに、ミルクが嬉しそうに微笑を返した。
「さー、僕は忙しいの! ラブラブ馬鹿ップルは、退いた退いた!」
「誰が、馬鹿ップルだ!」
ミルクに引きずられながらの、珈琲の罵倒はやがて遠くなっていく。
真っ白なミルクの真っ白な笑顔が見れただけで、シュガーはあったかい気分になった。
「でも、ミルクも男の子だったんだねぇ」
ごくりと飲んじゃう気でいたけど、あのままだったら、シュガーの方があぶなかったかもしれない。
シュガーの呟きは、夕方の台所の喧騒に溶けた。
<おわり>




