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義兄弟【ジプシーカード】<2>

「ただいま」

返事が無いのを承知の上で、一実は奥に向けて声を掛ける。いくらなんでも、もう文弥は夢の中だろう。

背広を脱いでキッチンに入ると、夕飯の支度が出来ている。

一日中顔を合わせない日が続くようになってから、それは文弥の代わりに一実の帰宅を出迎えるようになった。

何事にもおおざっばな文弥らしいある意味「男の料理」だが、何よりも心がこもっている。

だが、それでさえ罪悪感を抱えた一実には、文弥の無言の抗議のようで箸が付けられない。

時刻は既に真夜中と云って差し支えない時刻だ。

ネクタイを緩めた一実は、疲れきった身体を居間のソファに横たえた。食事をする気は既に無い。

「見合いか……」

天井を見つめてポツリと呟く。

今日のところは断りをいれてあるが、それで何時まで逃げを打てるかは謎だ。現在の会社にいる限り、いつかは受けなければいけない話かもしれない。

だが、受ける訳にはいかないのは、多分に文弥の存在が大きかった。

血の繋がらない『弟』は既に18だ。いつまでも保護者のいる年齢では無い。自分が結婚したあと、その相手が文弥をちゃんと扱ってくれる可能性は薄いだろう。何より、文弥を自分の下から離したくは無かった。

梁川への答はずばり本音だ。

成就する筈の無い思い――――だが、それでも兄としてでもいいから文弥の慕ってくれる自分でありたかった。


一実の手が無意識にポケットを探る。

指先に触れたのは一組のカードだ。占い師だった伯母が自分に残した唯一の形見。

精神安定剤代わりに持ち歩いてしまうのは、昔から不安を抱えたときの癖だ。


伯母から教わった簡単なカードマジックと占いは、小さな文弥を慰めるのに役立ってくれた。

あれは、いつのころだったのだろう。


起き上がって、パラリとカードをめくる。手に馴染んだカードはシャッフルもだんだんと早くなっていく。そのうち、空を舞う様だったカードはぴたりと一実の手の内に収まった。

すっと扇状にテーブルに置く。

幾枚か選んで裏返しのまま、一列に並べた。

左端から表へ返す。次いで、右。

原因、経過、時、そして――――


「一実、まだ起きてたのか」

結果のカードをめくろうとした、一実の動きがぴたりと止まる。

「文弥?」

突然、玄関の方から聞こえた声に、一実は驚きも顕わに振り向いた。

「お前、何で―――」

時刻はそろそろ一時になろうかというのに、居間に現れた文弥はジーンズにTシャツ姿で、いま、外から帰って来たばかりだと云うのが丸判りだ。

「こんな夜中に何処行ってた?」

途端に、一実の口調が詰問調になる。

いくら男でも、昨今は安心できない世の中だ。確かに文弥だとて他の高校生に比べて小柄と言う訳ではないが、かといって取り立てて大きい訳でも、身体を鍛えている訳でも無い。

そこらのチーマーに集団で難癖つけられれば、ひとたまりも無いだろう。ましてや、このあたりは繁華街が近いのだ。

「あ、っと……、バイト」

文弥が気まずそうに頭を掻く。これは内緒のつもりだったなと中りをつける。

「バイト? いつからだい? 俺には内緒で?」

「言う暇なかったじゃん。一実、ぜんぜん家にいないじゃねぇか」

すねた口調で指摘されて、逆に一実は言葉に詰まった。

「それに、目的があるんだ。3丁目のコンビニで4時間だけだし、あと一週間で終わるから」

まっすぐに見つめてくる文弥の視線に、嘘は無い。

自分で決めたことは必ずやり通せと云うのが、この家の教育方針だ。ソレを頑なにまもっているらしい文弥に文句等付けられるはずも無い。

「仕方がないな。ホントにそれで終わるんだね?」

大げさにため息を吐いてみせた一実に、文弥は飛びついて喜んだ。

「サンキュ! 一実、大好きだ!」

「ちょ、ちょっと待て、文弥!」

文弥の熱烈な感謝の抱擁を、一実は焦って引き剥がす。

「一実?」

「止めないか。もう大人なんだから。重いぞ」

思わず勘違いしそうになる自分を押し留めて、一実は目線を逸らした。

小さな頃は文弥の信頼の証だった『大好き』も、大人の身体になった文弥では苦しいばかりの行為だ。

「もう、遅いからね。寝よう。明日に差し支える」

にっこりと笑った顔は、既に冷静な大人の表情を取り繕えた筈だ。怪訝な表情の文弥が寂しげにうなずいた。




一実と文弥が初めて会ったのは、6年前の初夏。

文弥の両親の葬儀の席でのことだ。

交通事故――――夜の街で酔った大学生を避けようとした文弥の父親の車は、雨でスリップしてガードレールへ突っ込んだ。

激しい夕立が、視界を悪くし、渋滞を引き起こした。救急車が到着した時点で、すでに文弥の父親は死亡し、助手席の母親は搬送先の病院で息を引き取った。


あまりにもありふれた、だが、突然の死―――――


気丈に前を向いて、涙も見せない文弥を、付き合いの無い親戚たちが『可愛げが無い』と揶揄する。

だが、一実には文弥の瞳を見たときに判った。

信じたくないのだ、と。泣いたら、両親の死を認めなければならないのだ、と。


必死でそれにすがる文弥を見た瞬間―――思わず、一実は手を伸ばしていた。

「一緒に、暮らそうか?」と。

その手にすがりつくように泣きじゃくった文弥の涙の暖かさを今も覚えている。

あのときから、一実にとって文弥は守るべき存在になった。


それがいつからだろう。こんなに愛しいものになったのは。

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