表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

季節モノ【トリックオアトリート】2

「トリックオアトリート!」

古い日本家屋のドアを開けると、ガキどもが期待に目を輝かせて立っていた。

「は?」

俺はドアを押さえたままの姿勢で固まる。

ここの住人は、現在仕事の後の汗を流している最中だ。

「佐伯、すまん。冷蔵庫にクッキーが入ってる」

どうやら、俺の戸惑いは、しっかりと玄関脇に位置するシャワールームの中まで聞こえたらしい。それとも聞こえたのは、ガキどものデカイ声の方か。


冷蔵庫を開けると、珍しく俺の買って来た以外の食べ物が、綺麗にラッピングされて並んでいた。

こんな光景は、俺がこの家に出入りするようになって数年。初めてお目にかかる。

ラッピングの中身は、コンビニなどで目にするような、クッキーの詰め合わせセットだ。

「ひとり、一個だぞ。食べ過ぎんなよ。暗いんだから、早く家に帰れ」

シャワールームのドアを半分だけ開けて、久世が顔を出した。

童顔系の顔だが、逞しく鍛えられた筋肉質の身体が厳つい印象をかもし出している。

数年前にようやく手に入れた恋人だ。

びしょびしょになった短い髪をかき上げながら、そう子供たちに云い付ける。

「はぁ~い」

「うん、先生!」

口々に子供たちが元気のいい答えが返ったが、その中で一人だけ、返事をしない子がいるのが俺の興味をそそった。

だが、久世を嫌っている風ではない。むしろ、一番久世が顔を出したときに、顔を輝かせた女の子だ。

先生と呼ぶからには、久世の通う柔道場で、久世に教わっている子供たちに違いないが、ごついタイプである久世が、こんなに子供に懐かれているとは信じ難い。


「ねー、隆大センセ。この人が隆大センセの恋人?」

一番、目を輝かせていた子が、そう切り出して、俺のクッキーを渡していた手が、ぴたりと止まった。

「ああ、歩美。そうだ。俺は、嘘は吐いてないだろう?」

簡単にうなずいた久世に、俺の方が慌てた。普段、そういうことを簡単に云ってくれる男ではない。

「ホントだ。綺麗な人だねー」

「歩美の彼氏よりカッコいいだろう?」

ふふんと鼻をならして自慢をする姿など、誰が想像しただろう。俺は天にも昇る心地だった。

久世は、親しい人間には意図的な嘘は吐かない方だ。俺たちの関係もバレたらバレたときだと開き直っている感がある。

「え~、うっそだー。こんなにカッコいい人が、先生の彼氏の訳無いよー」

「お前ら、俺に対する評価が低いぞ」

子供たちと本気で云い合いを繰り返す久世は、今にもシャワールームから出てきそうだ。

例え、子供相手だろうが、久世の身体なんぞ見せたい訳が無い。

俺は、全員にさっさとクッキーを配ると、シャワールームから上半身を出した久世にバスタオルを渡すと、ドアをぴたりと閉じた。

「上がるなら、ちゃんと拭いて、服着て出て来い」

背中でドアを押さえた俺は、改めてガキどもに向き直る。

「俺が久世の恋人だ。何か文句でもあるか?」

ドスを効かせてガキどもを睥睨した。

腕組みをして、玄関先で子供相手に睨みを利かせる姿は、情け無いのひと言に尽きるのだが、それでも久世が彼氏だと云ってくれた機会を逃す気は無い。

「オジサン、大人げないって云われない?」

歩美と呼ばれた子供が、大人びた仕草で首を傾げる。

「お前の可愛げの無さには負けるがな」

「子供相手に威張るな。お前は」

ガチャリとシャワールームのドアが開き、出てきた久世に後頭部を殴られた。

「ほらほら、もう好奇心は満たしただろう。早く帰れよ。お家の人が心配する」

「え~」

口々に抗議をいれるガキどもを、久世はうまくいなして、さっさとドアを閉める。


ぞろぞろと帰っていく気配が、普段は静かな路地裏に響いた。


「女の子はあの年でもマセてるからな。『先生のカレシ、歩美のカレよりカッコいい?』だと」

「なるほどね」

それを確かめに来た訳か。

「今年は、駅前の学習塾でハロウィンをやってて、参加する家を募っていたからな。あそこは、ほとんどの道場の子達が通っているんだ」

「ああ。それで」

ということは、来年も再来年もこの日はこの状態だってことだ。

「で、お前、何て答えたワケ?」

あの子は『ホントに綺麗』って云ってたぞ?

「カッコいいって云うより、綺麗だなって」

云った途端に、久世の顔が真っ赤に染まった。

俺は男の常で、この綺麗と称される顔が嫌いだったのだが、久世に云われる綺麗は嫌いじゃない。

現金なことだがな。

「なぁ。いいか?」

半ば、押し倒しかけた体制で問う。

開きかける口を、自分の口で塞いだ。

そのまま、口腔をじっくりと味わっていると、久世が首を振って俺から逃れる。

「ちょ、待てって…」

「男がこうなったら止まらないのは、お前だって承知だろう?」

そのまんま、玄関で攻防を繰り返していると、ドアホンが間抜けな音を立てた。


「トリックオアトリート!」


さっきとは違うガキどもの声が、商店街の路地裏に響く。

「もしかして、他にもいるのか?」

「当たり前だ。近所のガキどもが全員参加だぞ」

そう云えば、冷蔵庫には山のようなクッキーがあった。あれで終わりな筈は無かったのだ。

俺はため息を吐いて、久世の上から渋々退いた。


「トリックオアトリート!」

声を揃えて、外のガキが叫ぶのが聞こえる。

あられもない姿でドアへ向かう恋人を襖の向こうへと追いやり、俺はドアへと向かった。

どうやら、今日はこれが片付かなければ、何もさせてはもらえないだろう。

ちょっとだけ、御近所付き合いの理不尽さを呪いながら、俺はクッキーを片手にドアを開いた。



<おわり>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ