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季節もの【トリックオアトリート】1

季節モノ、ハロウィンネタです。

日本でも、最近はすっかりとハロウィンという祭りが定番となった感がある。

町ぐるみで、イベントが行われるのも珍しいことではない。

それはこのターミナル駅近くの商店街でも同様だ。



「おい、有働。お前、駅前でチラシ配って来い」

先輩社員に手渡されたチラシには、『ハロウィンイベント! 出玉増量!』と何とも情緒の無い文字が並んでいた。

駅前に位置するパチンコ屋に勤める有働には、週に何度かこの仕事が廻ってくる。

店のキャラクターの女の子が魔女の格好をしたイラストのついたチラシを、駅前で通りすがりの人に手渡す。一応は大人だと思える人に渡すのだが、間違えて学生なんぞに渡してしまうと、途端に駅前の交番で指導を食らう羽目になってしまう。

故に、この作業はもっとも社員はやりたがらないものの一つだ。

上手い客あしらいも、手早い作業も出来ない有働は、要領よく断ることも出来ずに、どうしても廻されてしまう。

もっとも、交番の警官も、幾度も同じ失敗を繰り返す有働を、すっかり覚えていてお目こぼしをしてくれるのだから、この配置はあながち間違いとも云えなかったが。



「ウド。お前、またチラシ配りかよ?」

そんな有働に声を掛けてきたのは、小柄ではあるものの、スレンダーで鍛えられたボディを青灰色の作業服に包んだ有働の高校時代の部活のOBである。

「春香さん」

タバコを咥えたままの唇を歪ませ、ニヤリと春香が笑った。

仕草は多少オヤジくさいが、そこらの女の子よりもずっと可愛らしい顔をした春香に、有働は思わず見とれてしまう。

「ほら、寄越せ」

そんな有働に、春香はチラシを寄越せと手を差し出した。チラシはそのままクーポン券になっている。数枚を手に取り、自分と同じ作業服の集団に手渡した。

「やれやれ、ハルちゃんは、ウドちゃんの店でしか打たせてくれないんだよなぁ」

「そうそう、こんなモン受けとったら、マイスターしか行けないじゃん」

ウドの勤めるパチンコ屋はマイスターホールと云う名だ。

「あ、す、すみませ…」

「どーせ行くくせに、文句たれんじゃねーよ」

頭を下げようとする有働の頭を、ヘッドロックの要領でがつんと捕み、春香は文句を並べる同僚に、蹴りを入れる真似をする。

「は、春香さん、くるし…」

苦しいなどと文句を並べたものの、実のところ有働の心の内はもっと複雑だ。赤くなる頬を押さえるのも限界がある。

有働と春香はつい先日、恋人同士になったばかりである。

春香と付き合う前には、まったく恋愛経験皆無の有働にとって、春香とこんな風に接触するのは、口から心臓が飛び出そうな感じでさえあるのだ。

外でのそういう接触はさけて欲しい。

「おいおい、大丈夫か? ウドちゃん」

案の丈、真っ赤になった有働を心配したらしい作業服の一人が覗き込んでくるのに、有働はフルフルと首を振るしか出来なかった。


「適当なところで戻って来いよ」


春香は有働に声を掛けると、同僚たちを率いて歩き出す。

チラシがはけなければ、何時までも店に戻って来ない有働を心配しての言葉だと判って、有働は改めて頬を染めてしまった。

客観的に見ると、二メートル近い長身の男が、頬を染めているなど、キモイ光景に他ならないが、春香はそれを目にして、意地悪く微笑んだ。

ああいう素直すぎる反応が可愛いのだ。



「トリックオアトリート!」

いきなり掛けられた声に、隣を振り向くと、二次成長期前だろう女の子が、にっこりと笑って期待に満ちた顔をしている。

周囲を見渡すと、仮装をした集団が商店街に消えていくのが見えた。

「ああ。ハロウィンか」

最近はイベント事にかこつけての商店街の行事が増えたが、今日は仮装コンテストらしい。

そういえば、さっき有働が配っていたチラシにも、そんなことが書いてあった。

同僚のオヤジ連中は、孫や子供がいる所為か、女の子たちにポケットに入っていたチョコなどを渡している。

だが、甘党でもなければ、子供もいない若い春香には、持ち合わせがなかった。

『トリックオアトリート』

本来の意味では『いたずらとおもてなしどっちにする?』と云う意味である。いたずらされたくないから、とお菓子を与える訳だ。

「トリック」

ほんの悪戯心でそっちを選んだ春香に、目の前の女の子が目を丸くして、頬にチュっとキスをしてくれる。

どうやら、そういうルールになっているらしかった。

可愛い子だし、春香も悪い気分では無い。女の子も笑って手を振り、商店街の中へと消えていった。



「は、春香さん、待って…」

ベッドへと組み敷いた恋人が恥ずかしがって暴れるのは、もはや定番と云ってもいい。

だが、今日はとことん強硬だった。

腕を突っ張って、春香の胸を押しのける。

「ウド?」

「おれ、帰ります」

突然の言葉に、春香が呆然となった。

「冗談じゃねーぞ。お前、俺の云うことが聞けないってのかよ」

体育会において、先輩の命令は絶対で、OBは神さまである。その部活でのしつけが行き届いた有働は、春香に逆らったことなどまったくない。しかも、春香自身に惚れ込んでいるのは、傍目に見ても明らかだった。

実際、春香より二十センチ以上も上背の勝った有働が本気で逆らえば、酔った隙を付いた最初の時はともかく、二度目は無かった筈だ。

「だって、春香さんは…」

泣きそうな顔で見上げる有働は、春香にとっては何よりも可愛い。このまま家に帰すなど、とんでもない話だ。

「俺はお前がいいんだって云ってるだろ? 一体、どうしたんだ?」

優しく頭を抱き寄せると、有働はそのまま春香の肩にコトンと頭を乗せ掛ける。

「女の子とキスしてたでしょ?」

どうやら、有働は『トリックオアトリート』を見ていたらしい。

「お前とはもっとすごいこと、いっぱいしてるだろうが」

「でも…」

可愛らしい春香と、可愛らしい女の子がキスしているのは、何よりも絵になっていた。

有働と並ぶよりも、ずっと違和感が無い。

「トリックオアトリート?」

泣きそうになる有働の通った男らしい鼻梁に、春香はキスを送った。

「なに?」

「ハロウィンくらい知ってるだろ?」

震えるまぶたにもキスを降らせる。

「お菓子なんて、持ってません」

「だったら、大人しく俺に悪戯されてろ」

別の意味で泣きそうな有働を、春香は改めて抱き寄せた。

「トリックオアトリート?」

もう一度聞く。

掠れた声が紡ぐ言葉は一つだけだ。



「トリックオアトリート?」

「トリック」



<おわり>

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