ツンデレ【アイツと俺と夏休み!】
「誰もてめーと行くなんて云ってねーだろ!」
「いいから、いいから。ほら、こっち来いって!」
景山は強引に俺の腕を取って走り出した。
「景山くん、何処行くの?」
「皆で遊んでなー」
「え~、つまんない!」
女の子たちの不満げな声は、あっという間に遠くなった。
走る景山の足は速い。
手を引かれて走る俺の足がもつれた。
波に足元を救われる。
「わ…ッ、」
顔から海に突っ込むかと、ぎゅっと目を閉じた。
「大丈夫か?」
だが、俺の身体は景山の広い胸の上にある。
俺が転ばないように受け止めてくれたらしい。
「意外と重いんだな」
「たりめーだッ、女じゃねーんだぞ!」
俺はがばりと起き上がり、逆に景山の腕を取った。
「おら、何処へ連れてく気だ?」
俺に手を引かれるまま、景山が立ち上がる。
「俺の秘密基地」
にっこりと笑う景山に、俺はどきりと心臓が跳ね上がった。
いつも、女にちやほやされて、俺たちのことなんか小馬鹿にしている、やな野郎だと思ってたのに。
こんな顔もするんだ。
「ほら、こっちだ!」
再び、俺の手を引いて走り出す景山の顔は、小坊のガキみたいだ。
俺も一生懸命に走る。
そのうち競争みたいになって、いつの間にか並んで走っていた。
手を繋いだまま。
着いた場所は入り江の外れ。
遊んでいた連中はとっくに見えない。
「川辺。こっちだ」
景山が俺を手招く。腰まで海に浸かったまま、どんどん進んでいくが、実のところ、俺はあんまり泳ぎが上手くない。
迷っていると、振り向いた景山が、俺に手を伸ばした。
「三城」
いきなり呼ばれた名前に、俺は思わず、景山の顔をじっと見てしまう。
優しい眼差し。引き寄せられるように、差し伸べられた手の上に、手を重ねた。
導かれるように海の中を進む。
海に浮かんでいる小さな島のような、大きな岩の向こう側へと回ると、岩はまるで椅子のような形に半分削れていた。
「へーっ、おもしれー」
「だろ? ここ、あっち側からだと全然見えないんだぜ」
ホントに秘密基地だ。
「潮が引いたときに来て、見つけたんだ」
「ふーん」
まるで海に浮かんでるみたいだ。ばしゃばしゃと足をバタバタさせる。
なんとなく、楽しくてはしゃいだ気分。
「みき…」
名前を呼ばれて振りむくと、真剣な顔の景山がこっちを見ていた。
「夜までココにいよう。今夜の花火の特等席なんだぜ」
まるで、女の子に囁くように云われて、俺はぷいと横を向く。
赤くなった頬を見られたくない。第一、何で赤くなってるんだよ?
「別にいいけど」
まるで渋々という風に返事をした。
「三城と一緒に花火が見られるなんて、嬉しいよ」
「さっきから、三城三城って慣れなれしーっての」
優しい笑みを浮かべた景山の顔が見ていられなくて、俺はそんな憎まれ口を叩く。
「じゃ、俺のことも名前で呼べよ」
「何で俺がお前のことなんか…」
思わず振り向いた俺を、景山が引き寄せた。
女の子が騒ぐのも判る。近くで見る景山の顔は、綺麗で整っていて、それでいて、大人っぽい逞しさを滲ませている。
「みき…」
囁かれて目を閉じた。
唇が重なる。沈んでいく夕日が俺たちを照らしていた。
「基」
<おわり>