表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

幼馴染【優しい雨が降るとき】

その男が、俺の目の前を横切ったとき、俺は自分の目を疑った。

見覚えのありすぎる背中。

スーツ姿を見るのは始めてだけど、それでも俺があの人を間違うなんて有り得ない。


幼馴染の従兄弟の晶彦。


俺の初恋の、そうして今も続く片恋の相手。



俺が、晶彦のことが好きだと気付いたのは、小学生の頃だ。

小さい頃から、晶彦は俺には甘かった。

ウチの親と晶彦の親は非常に仲の良い姉妹だった。兄弟のいなかった晶彦は俺のことを弟だと思っていたし、俺も本当の兄貴だと思っていた。

そのくらい晶彦は俺の面倒を見てくれたし、どんなに泣いていても、晶彦が宥めれば泣き止んだ。

晶彦が抱っこしてくれるのはあったかくて、母親に抱かれるのとは違う安心感があった。

だから、晶彦と俺が兄弟じゃないって知ったときには、母親たちに裏切られた気分になったし、それは晶彦も同じだったらしい。

半日二人して押入れに篭もってハンストした。

そこを宥められて出てきたのは、兄弟じゃなければ、ずっと一緒にいられない。とする俺たちの主張に、母親たちが一計を案じた結果だ。

「じゃあ、晶彦が龍樹ちゃんをお嫁さんにしちゃえばいいのよ」

「お嫁さんにしたら、一緒にいられる?」

「ええ、ずっと一緒よ」

それが嘘だと気付いたのは、俺より晶彦が先だった筈だ。

でも、晶彦は何も云わなかった。

俺の夢が破られたのは、小学校に上がる頃。

同じクラスのおませな女の子によってだ。

俺に告白してきた女の子に、俺は当然の如く

「俺は晶彦のお嫁さんだもん」

と答えると、一笑にふされてしまった。

「男の子はお嫁さんになんかなれないもん。だから、龍樹くんのお嫁さんはアタシね?」

女の子にしてみれば、当然の結論だったのかもしれない。

でも、俺にしてみればびっくり仰天。おろおろと泣き出してしまった。

学校から走って帰って、晶彦の部屋へと駆け上がり、問い詰める。

「晶彦、男の子はお嫁さんになれないの? 晶彦は俺をお嫁さんにしてくれるんだよね?」

めちゃくちゃなことを云って晶彦を困らせたと思う。でも、その時の俺には切実な問題だった。

言葉に詰って、俺から視線を外した晶彦に、俺は思いっきり枕をぶつけた。

「晶彦のうそつき!」

ずっと一緒にいるって云ったのに! お嫁さんにもなれなきゃ、どうしたら一緒にいられるの?

俺はワンワン泣いて晶彦を攻めた。

晶彦の手が俺を引き寄せて、膝の上に乗せてくれる。泣いている俺の涙を、晶彦がぺろりと舐めた。

「うそつきじゃないよ」

「うそつきだもん」

「うそじゃない。誰にも内緒の、お嫁さんには出来るよ」

晶彦は俺をじっと見ていた。

「内緒のお嫁さんなの?」

「うん、大人たちには内緒のお嫁さん」

誰にも云っちゃだめだよ。

「龍樹が18になったら、僕のお嫁さんになってね」

とそういって、晶彦は俺の涙をもう一度舐めて、それから唇にキスした。



今なら俺にも判る。

晶彦は、俺を宥めただけなのだ。でも、俺はそのときの約束をずっと忘れられずにいる。

晶彦はそれからも俺には甘かった。

どんなときでも俺優先。友達より、カノジョ(聞いたことは無いが、あれだけカッコいい晶彦がモテない筈はない)よりも、常に優先順位は俺にあった。

俺が遊園地へ行きたいとねだっても、何かが食べたいと云っても。


晶彦の父親がリストラに合い、高校を出てすぐに働かなければならなくなっても、休みの日は俺と遊ぶし、俺の誕生日だって、欠かさずに祝ってくれた。


でも、今年は違う。

晶彦は春から地方赴任なのだ。

いつも誕生日を友人と祝ったことの無い俺に、祝ってくれる友人は皆無だ。

只でさえ、晶彦と一緒にいた俺には、休みの日に遊ぶ友達なんかいない。


くさくさした気分が、降り出した雨で余計に重苦しい。

やけくそで止むのも待たずに走り出す。

晶彦が勉強を見てくれなくなってから、やる気も起こらずにいたら、補習を受けなきゃいけない羽目になっていた。

全部、晶彦の所為だ。腹立たしくて、恋しくて、泣きそうだ。


一つ先の信号を渡る若いサラリーマンの後姿が涙で霞む。


「え?」

呆然と立ち尽くす。

直感で晶彦だと気付いた。

何で? 晶彦は赴任先の遠いところにいるはず。

帰ってきているなら、俺にメールさえ寄越さない筈が無い。

「そっか」

唐突に俺は悟った。

晶彦にとって、俺は一番じゃなくなったんだと。


もう走る気力さえない。

俺はとぼとぼと雨に濡れながら、家路を辿った。



「龍樹、あなたずぶぬれじゃないの! 母さんの云う通りに傘持っていかないからよ」

家に帰ると同時に、母親の小言が降ってきた。

「うん。気をつける」

もう、甘やかしてくれた晶彦はいないんだ。しっかりしなきゃ。

「早くお風呂入って。晶彦ちゃん、来てるんだから」

「え?」

晶彦が来てる?

「今日はお休み貰ってきたんですって。って、龍樹?」

母親に投げるように身体を拭いていたタオルを返すと、自分の部屋へと駆け上がった。

戸を開けると、スール姿の晶彦がびっくりした顔で俺を見ている。

「晶彦!」

「馬鹿!」

駆け寄ると、晶彦に怒鳴りつけられた。

「こんなに濡れて! 風邪でもひいたらどうするんだ!」

怒鳴りながら、勝手知ったる俺の部屋のクローゼットから、バスタオルを取り出して俺の髪を拭いてくれる。

「服も脱げ。そのままじゃ、ホントに風邪ひくぞ」

「う、うん」

云われるまま、服を脱いだ。

裸になった俺を包み込むように、晶彦がタオルで水滴を拭う。

「冷え切ってるな。風呂入るか?」

「晶彦も一緒に?」

風呂に入ってる間に晶彦が消えそうな気がして、俺は晶彦のスーツの袖を掴んだ。

「何だ。いくつになっても、甘えん坊だな」

俺を甘やかしてくれる晶彦の声。

「だが、今日は駄目だ」

きっぱりと晶彦は云った。

「お前の裸なんか目にしたら、暴走しちまうよ」

「晶彦?」

見上げると晶彦が苦笑いをしている。

「覚えてるか? お前が18になったら、僕の内緒のお嫁さんになるって云ったこと」

真剣な目で、晶彦は俺を見ていた。

晶彦も覚えてたんだ。

「何で、内緒なのか、今のお前には解ってるよな? それでも僕のお嫁さんになる?」

俺は無言でうなずく。何か云ったら、目の前で消えてしまいそうな気がした。

「指輪の代わりだ」

バスタオルに身を包んだ俺の腕に、そっと腕時計がはめられた。

「給料三ヶ月分とは行かないけどな。それでも僕の精一杯だ」

「晶彦…」

ぎゅっと晶彦に抱きつく。

涙が溢れて止まらない。

「お前は大人になっても泣き虫だな」

晶彦が俺の涙を舐め取った。そのまま、キス。

「誓いのキスだよ」



<おわり>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ