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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第八十八話 獅子と虎の対峙

多度山の裾野に、緩やかな野が広がっている。


多度は北勢国人の本拠。


そして――

長島門徒が密かに出入りしやすい土地でもある。


中央を多度川がゆるやかに流れ、

川沿いには雑木林が点在する。


見晴らしは悪くない。

だが、林と川が絶妙に視界を切る。


伏兵を置くには十分。

渡河戦にも持ち込める。


(動ける兵が勝つ)


そう予言した秀政にとって、

ここは格好の野戦地であった。


だが。


それは頼廉にとっても、

同じことであった。



芋粥軍は川の南側に布陣。


多度尚家軍――

否、実質は頼廉の軍は、

北側の林を背に布陣している。


日はすでに傾き始めていた。


決戦は明日。


河村、大野を呼び寄せ、軍議を開いた。

秀政は立ったまま敵陣を見据えている。


風が川面を撫でる。


その視線が、ふと止まった。


頬を、汗が一筋流れる。


村瀬が横目で見た。


「殿、どうされた?

 腹でも壊されたか?」


秀政は答えない。


しばし沈黙。


やがて、低く問う。


「村瀬……奴らは本当にただの国人か?」


「は?」


村瀬が眉をひそめる。


「事前の報では、将足りえる者は

 多度尚家くらいにございます。


 奴は紛れもなく、ただの国人」


「……だとしたら」


秀政の視線は敵陣から離れない。


「この違和感は何だ」


「違和感? 何がです」


秀政は指で敵陣を示す。


「敵は千と言ったな」


「はい」


「七百ほどしかおらぬぞ」


河村が目を凝らす。


「確かに……」


村瀬が言う。


「井口殿が数を見誤ったか」


秀政は即座に首を振る。


「それはない」


声が硬い。


「井口は堅実な男だ。

 調べ上げた上で報せている。


 あれが七百を千と見誤ることはない」


大野が口を開く。


「では、多度が誇張して吹聴したのでしょう」


秀政は再び首を振る。


「それもない」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「他国との侵攻や防衛ならば、誇張は常とう手段だ。

 敵の戦意を折るため、数を盛ることはある。


 だがな」


視線が鋭くなる。


「七百を千と誇張したところで、

 戦意もくそもない。

 織田が兵を増やすだけだ。


 国内の反乱で、

 戦いを回避することはない。


 反乱側が誇張しても自ら首を絞めるだけだ」


村瀬が腕を組む。


「……では、殿の出陣を知り、三百が離散したか」


秀政は静かに笑う。


「それもない」


敵陣を指差す。


「あの布陣を見よ」


河村と大野も目を凝らす。


整然としている。


陣幕の張り方、兵の間隔、

物見の位置。


「離散するような士気の低さがあるか」


誰も答えない。


「むしろ……」


秀政が呟く。


「漏れ出でるほどの闘気がある」


風が一瞬止んだ。


村瀬が低く言う。


「では」


秀政の声が落ちる。


「三百は伏兵として、

 既にどこかに置かれている」


「伏兵!?」


河村が目を見開く。


「あぁ。それしか考えられぬ」


内心。


(ただの国人が、そこまでやるか?

 多度が千をまとめられるかも疑わしい。


 それがこれほど布陣を固め、

 伏兵まで用意するか?)


嫌な汗が背を伝う。


秀政は即断した。


「河村、大野」


「は」


「今宵は夜襲を警戒せよ。

 方円陣に組み直す」


河村がうなずく。


「明日の戦もある。

 交代で休ませろ。


 だが――」


声が低くなる。


「一時たりとも油断するな」


「は!」


「ここは敵が地の利を活かせる場所だ」


大野が歯を見せて笑う。


「承知しました」


秀政はなおも敵陣を見つめる。


「こんな不気味な奴らとは、

 早々に一戦交えた方がよい。

 余計な気を擦り減らすだけだ」


振り向く。


「夜明けと同時に仕掛ける」


全員が顔を上げた。


「陣太鼓と同時に雁行陣へ移れ。

 まずは射撃戦だ。


 弓をありったけ撃ち込め」


「は!」


「鉄砲隊は林に隠せ。

 ここぞという時に撃ち込め」


河村が静かに頷く。


秀政は続ける。


「鉄砲の音に釣られて敵が左翼に突撃したなら、

 防衛に徹しつつ、伝令を待て」


一拍。


「頃合いを見て偃月陣へ移行。

 西へ後退しながら包み込む」


村瀬が目を細める。


「殿、いつになく本気ですな」


「あぁ」


秀政は静かに答える。


「多度尚家……ただの凡将とは言えぬ」


内心。


(歴史は勝者が刻む)


名将であろうと、

凡将として塗り潰されることもある。


あるいは。


ゲームにすら採用されぬほど、

徹底的に歴史から消されることもある。


(多度尚家という名の歴史に埋もれた名将が、

 実際には居たとしても何ら不思議はない)



松親の言葉がよぎる。


――油断するな。


秀政はゆっくりと息を吐いた。


「油断できぬ相手やもしれぬ」


その夜、

両軍は静かに陣を張る。


風だけが、

川面を渡っていた。



敵本陣。


粗末ではないが、

国人らしい質実な陣幕の中。


大将の座には、多度尚家がいる。


鎧は立派。

家柄に相応しい威厳もある。


――だが。


軍議の場において、

尚家に発言権はほとんどなかった。


隣に座る一人の僧。


静かな目。


無駄のない動き。


下間頼廉。


その周囲を固める百人隊長たちは、

いずれも頼廉配下の戦僧である。


視線が鋭い。


呼吸が揃っている。


尚家は、ただそこに“座っている”だけであった。


頼廉による、一通りの敵味方の状況、そして兵の編成、

大まかな方針を告げ終わった後、しばらくの沈黙が続く。


そして頼廉が再びゆっくりと口を開く。


「さすが謀玄・芋粥備前」


声は低い。


「我らの伏兵に気づいたか」


林の奥、

密かに潜ませた三百。


秀政は見抜いた。


頼廉は小さく笑う。


「方円陣で今夜は守りを固めるようだな」


尚家が恐る恐る口を挟む。


「では、夜襲は……」


頼廉は首を横に振った。


「せぬ」


短い一言。


「焦る必要はない」


頼廉の指が地図をなぞる。


「二十の兵を徹夜組として出せ。

 林で物音を立て続けよ」


百人隊長が頷く。


「は」


「焚火は散らせ。

 兵の動きを悟られぬ程度にな」


「は」


頼廉は淡々と続ける。


「奴らを休ませるな。

 恐怖に包み込め」


尚家が息を呑む。


「夜を削るのだ」


静かだが、容赦がない。


「決戦は明朝。

 その間に我らはゆっくりと休息する」


頼廉の目が細くなる。


「明日の陣形は敵を見て決める」


即断即決。


百人隊長たちが一斉に応じる。


「は!」


兵のほとんどは伊勢の国人たちである。


だが。


その頭脳と神経は――

すでに本願寺の精鋭に置き換わっていた。


尚家はその場に座している。


だが戦を動かしているのは、

この僧である。


頼廉は最後に小さく呟いた。


「謀玄か……」


目を閉じる。


「その智謀、とくと味わってみようか」


その瞳はまるで血に飢えた虎であった。



その夜。


林の奥で、

小枝が踏まれる音が断続的に響いた。


芋粥軍の陣では、

兵が何度も目を覚ます。


まだ戦は始まっていない。


だが。


互いの神経を削る戦は、

すでに始まっていた。


そして。


秀政はまだ知らない。


目の前の千の国人の背後に、

本願寺きっての名将がいることを。


獅子と猛虎。


夜は、静かに深まる。

明日、その爪を競う。

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― 新着の感想 ―
通じないかもですが、信長の野望の風雲録を思い出しましたᕙ(@°▽°@)ᕗ夜と雨の日は隣にならないと相手の隊がわからないのです(+_+)ドキドキさせる方の芋さんがドキドキさせられてますね(┛◉Д◉)┛彡…
どちらが獅子で猛虎かはわかりませんが、芋殿はどっちかといえば狐、それもお稲荷様系統の方が実態に近そう この戦で見事謀玄評価を勝ち取れるかどうか……村瀬が側にいるからまた鬼備前の名前が上がる可能性もあり…
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