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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第八十一話 仕込み完了

元亀三年、暮れ。


山々の稜線に薄く雪が乗り、

南伊勢の空気は凛として澄んでいた。


北畠氏館を離れ、

秀政、松親、村瀬の三人は、

復興が進む村落を巡っていた。


山裾の田は整地され、

用水は掘り直され、

新しい堤が築かれている。


子どもたちの笑い声が、

冬空の下に響いていた。


「……思いのほか、うまくやっているな」


秀政が腕を組み、静かに言う。


「具房殿が“当主としての言葉”を示せば、

 家臣たちは動く。

 伝統ある北畠にも、まだ人は居るということか」


松親が帳面を閉じた。


「はい。復興帖の運用も形になっております。

 村ごとの優先順位も守られている。

 寺社への“復興寄進”も具房殿の人柄もあり、

 大きな反発もなく進んでおります」


村瀬が、堤を叩きながらうなずく。


「堤の普請も丁寧じゃ。

 普請役の割り振りも無理がない。

 あの若殿、素直に聞き入れすぎるのが少々心配なくらいよ」


秀政は苦笑した。


「それだけ切実なのだろう。

 父と織田の間に立つと決めた男だ。

 覚悟はある」


松親が、わずかに目を細める。


「ここまで仕込めば、我らもお役御免かもしれませんな」


「……あぁ」


秀政は南の山並みを見た。


「南伊勢は、具房殿だけで回りそうだ。

 我らもいつ長島に戻るか考え始めてもよいかもしれん」


その時だった。


背後から、低く響く声。


「おやおや――」


三人が振り向く。


冬の日差しを背に、

一団の武者が立っていた。


中央にいる男は、

一目で分かる格の違いを纏っている。


豪奢ではない。

だが隙がない。


鋭い眼光。

鍛えられた体躯。

老いてなお衰えぬ気迫。


北畠具教。


「織田の伊勢惣奉行殿が、

 誰の許しを得て、この北畠の地に入り込んだ?」


空気が凍る。


秀政は一歩前に出て、深く頭を下げた。


「こ、これは権大納言様。

 式部少輔様より、北伊勢の情勢をご報告するよう

 仰せつかりましたゆえ、

 此度ご挨拶に参上仕りました」


顔を上げる。


「南伊勢は、実に良い土地にございますな。

 国も栄え、雅を感じます」


具教は、じっと見つめる。


その視線。


刃だ。


素人の秀政ですら、

皮膚の上を何かが撫でるような闘気を感じた。


(これは……)


戦場の殺気とは違う。


積み重ねた修羅場の重み。


「左様か……」


具教がゆっくりと歩み寄る。


「そういえば、伊勢惣奉行殿は

 戦場では“鬼備前”と申すらしいな」


秀政の背に、嫌な汗が流れる。


「いえいえ、お買い被りにございます。

 噂の独り歩きにて」


具教の口元が、わずかに歪む。


「わしもな、剣を志す身。

 一手、指南いただきたいものだな」


(待て、何を言っている、こいつ。

 剣豪が、低武力の俺に絡んでくんな!)


「いえ、権大納言様に御指南など――

 恐れ多くございます」


具教の目が細くなる。


冗談ではない。


本気だ。


空気が、ぴんと張り詰めた。


その瞬間。


村瀬が、すっと前に出る。


「兄弟子殿――

 我が主をあまり揶揄わないで下され」


具教の目が見開かれる。


「……ん?

 新九郎か!?

 息災だったか」


村瀬は、にやりと笑った。


「はい。兄弟子殿もお変わりなく。

 わしは今、この鬼備前の家来をしております」


具教の視線が秀政へ移る。


「……なるほど。

 伊勢惣奉行殿は、新九郎の弟子か。

 鬼備前も頷けなくはないな」


「はい。ですが、まだまだ。

 兄弟子殿が腕試しをするような技量ではございませぬ。

 それでしたら、わしが一手お相手仕りましょうか?」


具教の口元が、わずかに上がる。


「それも良いな」


(やめろ

 ここで本当に始まったら面倒だぞ)


秀政はすぐさま一礼した。


「権大納言様、申し訳ありませぬ。

 それがしどもは、これより北伊勢へ戻らねばならぬ身。

 長居は叶いませぬ」


「長島か?」


具教が鼻で笑う。


「聞いておる。

 織田も難儀しておるそうだな」


「はい。それゆえ、

 この雅な南伊勢を拝見しておりますと、

 なかなか離れがたく。

 しかし、そうも申しておれませぬので」


具教はじっと見つめたまま言う。


「ふん。

 せいぜい門徒ども相手に健闘すればよい」


一歩、近づく。


「織田は、この南伊勢で

 良からぬことを考えるでないぞ?」


圧。


試されている。


「は、心得ました」


秀政は深く頭を下げた。


「それでは、これにて失礼仕ります」


馬を引き、三人は街道へ向かう。


背中に、刺さるような視線。


(早く離れたい……)


しばらく無言で進み、

山道を折れたところで、ようやく秀政が息を吐いた。


「……生きた心地がせなんだ」


松親が静かに呟く。


「厄介な人に目を付けられましたな。

 しばらくは立ち入れそうにありません」


「そうだな。

 ちょうど離れようと考えていた時分だ」


秀政は村瀬を見る。


「村瀬、助かった。

 よく機転を利かせたな。

 あれ以上やり取りが続けば、面倒だった」


村瀬が肩をすくめる。


「殿が無惨に打ちのめされたら、

 わしが作った“鬼備前”が台無しですからな」


「まぁ、そうだ。

 一瞬で化けの皮が剥がれる」


苦笑する。


「だが、仕込みは終えた。

 具房殿はもう動ける」


松親がうなずく。


「田丸殿を通じて、

 具房殿との繋ぎは維持いたします。

 困ったことがあれば、助言いたしますので」


「うむ」


秀政は北の空を見た。


「俺たちは北へ戻ろうか。

 長島の仕置きを再開だ」


松親の声が、静かに落ちる。


「はい。

 義兄上はようやく心置きなく、

 長島へ注力できますね」


「心置きなくもなにも、

 まだ南伊勢にいたかったわい」


「また我儘を言う……。

 私は一旦、田丸殿に事情を伝えてから

 追いまする」


「あぁ、分かった。村瀬、行こうか。


 いや、待てよ。

 松親、一旦白子湊で待ち合わせよう」


「白子ですか?分かりました。

 後から白子へ向かいます」


「うむ」


南伊勢は仕込んだ。


あとは具房次第。



松親は具房の元へ一旦たちより、

田丸に事情を説明した。


「分かりました。式部少輔様と松親殿の

 繋ぎはこの行家にお任せくだされ」


「お頼み申す」


この善良な公家武者である行家を見て、

松親はふと考えを巡らせる。


(この南伊勢はある意味、

 我ら芋粥家に似た状況にある。

 正統たる名君、具房を差し置いて、

 他血の織田が乗っ取ろうとしている。


 義兄上は芋粥のことの重大さを、

 ご理解いただけていない。


 この北畠が炎上すれば、あるいは……)


「行家様。惜しいですな」


「何がですか?」


「式部少輔様は紛れもなく名君ですな。

 北畠を救うでしょう」


「はい!それはわしも思いました。

 北畠が再び力を持つには具房様は希望ですな」


「はい、だからこそ惜しいと」


「ん?」


「まだ式部少輔様はお若い。

 いずれ奥方も持たれれば若子様も

 お生まれになるでしょう。


 式部少輔様の若子様なら、

 きっと利発な方でしょうな」


「えぇ。

 ……そうですね」


少し行家の返事に間を感じられた。

何かに気づいたのだろう。


無表情のまま、松親は行家を見つめていた。


「おっと、義兄上をお待たせしていたのだった。

 行家様、後はお頼みします」


「はい、お任せあれ」


そこまで言うと松親は立ち去った。

心の中で呟きながら。


(行家は善良な人だ。

 なんの悪気もなく自らの考えを具房の周りに、

 告げるだろう。


 正統なる血筋は茶筅丸ではなく、具房の血だと。


 その後は知らん。


 茶筅丸が勝つか、具房が勝つか。

 いずれにせよ、血が流れよう。


 義兄上は、正当な血を軽んじれば、

 いずれかに血が流れることを、それで知るべきだ)


そして、

何気なく秀政が仕掛けた具房支援は、

彼がこれまで優先してきた史実保護に一石を投じた。


これまで頑なに歴史は、

変化を拒絶してきた。


だが、この小さな一石によって――

歴史の流れを確かに変えた。



白子湊


「おぉ、松親、やっと来たか」


「お待たせしました。

 ところで義兄上、どうして白子に?」


「あぁ、ここから津島港まで行き、那古野へ帰る」


「は?」


「正月はお悠や子たちと過ごしたい。

 今年の正月は何も起こらん。


 起こったとしても井口で事足りる」


「……童でもあるまい、わがままを……」


「松丸にも会いたい。二年じゃぞ?

 二年会ってなければ、他人扱いされる。


 明と蘭も俺の顔を忘れているかもしれん」


(……、まぁ、松丸君を可愛がるのは良いことです)


「分かりました。お供します。

 村瀬殿は伊勢の道場にお戻りください」


「ん?わかった」


「あぁ、二年ぶりじゃ!」


元亀三年十二月。

第二次長島一向一揆の激戦を前に、

一時秀政は平安を得る。

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イモ先生のなんたら講座開けたらなあ、どうして豊臣はああなった!なお勉強。できたら。豊臣って誰?(笑)
千種松親をほかの方々は馬謖に例えてるけど、どちらかと言うと本多正純の印象がある。 才を鼻にかけ、独断専行の気があり、主君に深く信頼された父親が死ぬと敵対派閥の罠に掛かり失脚する。 当に同じ結末を暗示し…
いつも芋粥、楽しく拝見させて 頂いてます、先週の祭日含む3日間 長島城跡行って来ました もう何も無いですね、長島跡地には学校あるくらいで ただ、揖斐川、長良川の間 無数の中洲や、小島があっただなと想…
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