第七十九話 南伊勢改革
「式部少輔様がこの南伊勢を建て直せば、
父君も家臣たちもあなたについてきましょう。
そうすれば、南伊勢から、
戦を遠ざけることができます」
「立て直す……」
「はい、そうです。
式部少輔様は、まず何に取り掛かるべき
……と思いますか?」
「そ、そうだな……村落の復興か?」
「はい、そうです。それは必要です。
荒れた村を復興させます。
そして年貢の軽減と均一化をしてください。
寺社領との調整も欠かせません」
「具体的には?」
(少しは自分でも考えて欲しい所だが……)
「村ごとの復興帖を作りましょう。
まずは疲弊度と復興度を把握する必要があります。
田畑の荒廃率に、戸数、牛馬の数、税負担、
寺社の影響力、これを見て助ける村の優先度を、
決めてください」
「な、なるほど。一度に全部救うというのは、
聞こえが良いが夢物語だということだな?」
「はい、その通りです。
必要であれば伊勢惣奉行の文書奉行が、
作成した文書形式をお渡しします。
部下を使って、それらの形式に沿って、
全てを調べ、記載させてください」
「分かった。」
「実際に復興の手立てはわかりますか?」
「すまぬ……。分かりませぬ」
「種籾と農具を貸与してください。
返済は三年後、不作であれば免除、
これで式部少輔様の仁政が伝わります。
そして離散した百姓の帰村は罪を問うては
なりません。離散は為政者の罪。
これも仁政です」
「わかり申した」
「用水路、堤防の修繕もお忘れなく。
南伊勢は山が多く、川が暴れやすいです。
村ごとに普請役を割り振ってください。
北畠家が木材と縄を支給するのです。
九鬼の海民にも助けを求めてください。
彼らは川舟の扱いが上手いです」
「分かりました。
年貢の優遇もやった方がよろしいでしょうな?」
恐る恐る具房が提案する。
ようやくのやる気に秀政から笑みが漏れた。
「はい!そうです。
南伊勢は村ごとで年貢が不統一で、
地侍が勝手に取り立てているとも聞きます。
年貢を“石盛”で統一してください。
つまり田の質で上田、中田、下田に分け、
それで税率を決めるのです。
地侍の恣意的な取り立てを禁止。
村ごとに“年貢目安表”を作るのも良いですね。
この明確な税を決めた上で、この三年に限って
復興免税を式部少輔様の名で行いましょう。
一時的に年貢は減りますが、
十年先を見越して下さい。
結果として北畠家に入る年貢は今より増えます」
「なるほど」
「あと一番難しいのは寺社領です。
寺社領は免税が多い。ここから取らねば、
村を助ける事は出来ません。
争わずに寺社から年貢を取れれば、
式部少輔様の政治の力を認めぬ者はいなくなるでしょう」
「どのように?
これは今までの当主も頭を悩ませたことです」
「そうですね……確かに難しい」
これまで黙って聞いていた松親が遂に口を開いた。
「よろしいですか?腹案があります」
「おぉ、松親、申せ」
「はい。
まず一つ。
免税は廃止せずに、寺社に新たな税を増やしてください。
復興税です。
いわゆる復興のための寺社から寄進でありますが、
これを寺社による慈愛の寄進と触れ回って、
村の復興に当てます。
村は助かり、民は北畠と寺社に感謝します。
つまり寺社側の面子を立てます。
二つ。
寺社が独自で民に課税している“加地子”を禁止します。
代わりに北畠が寺社に「復興祈祷料」という名目で米を支給する。
そうすれば、村の負担は確実に減ります。
どうせ復興に金を使う予定なのです。
必要な経費です。
寺社が勝手にやるよりは北畠が管理した方が良いです。
民が肥えれば、
加地子の代わりに別の税を、
北畠が民に課せば良いだけ。
三つ。
寺社の僧兵を治安維持に転用しましょう。
父君のように力で僧兵を抑えるのではなく、
役割を与えて懐柔するのです。
北畠と寺社は敵ではなく、仲間と思わせるのです。
そして式部少輔様の温和なご性格であれば、
寺社も余計な警戒はせんでしょう」
(相変わらず、松親は見事だな)
「なるほど……寺社とも仲良くするのですな」
興奮する具房に対して、優しく秀政が問いかけた。
「やれますか?」
「やる……この北畠のために、南伊勢のために、
そして、私が北畠の当主と認められるために!」
その声は、先ほどまでの少年のものではなかった。
「はい、それでしたら我々もしばらく滞在し、
支援致します」
「頼み申す」
にこりと笑って、穏やかに秀政が諭す。
「ついでに申し上げます。
政治とは、悪い意味ではなく……
金です。
それを忘れる為政者は多い。
最初の一歩を踏み出すための金がなければ、
どんなに高い理想があっても実現は出来ないのです。
金は民から無限に湧いてくると思っている者もいます。
ですが――そんな幻術はありません」
「金か……」
「復興には金がかかります。金の目途も立てずに、
勇み足で突き進むと、途中で力尽きます。
民からすると持ち上げておいて叩き落されるのです。
逆効果です。
北畠にこの政策をやり切る金はありますか?」
「……北畠も裕福ではない。
先の織田との戦いで随分と使ったし、
伊勢自体が荒れて、金が入ってこなくなった」
「でしょうね。これほど良い土地柄なのに、
金を作る努力が足りていません」
「金を作る?」
「志摩の湊を使ってください。
いくらでも交易で金を生み出せます。
そして志摩には海の民がいる。
九鬼水軍です。
彼らに頼めば、安全に交易がおこなえます。
もし津島との交易をお望みであれば、
我が白子の水軍も海の安全を保障できます」
「交易か。我らは公卿でもあり、武士でもある。
商人の真似事をせぬ。
それが北畠の家風に残っておりますゆえ」
「千種屋を志摩に入れます。
任せて頂ければ、北畠の金を増やして見せます」
「分かった。任せる」
「松親、頼むぞ」
「はい、兄に伝えておきます」
「三か月で政策と資金の準備をしましょう。
それまで我らが全力で支えます」
「頼む、私が善政を敷けば、
南伊勢はこれ以上荒れずに済む」
「はい」
(南伊勢が安定すれば、長島に全力を注げる。
そしてこの政策の真の旨味は千種屋が頂く)
会見が終了し、
与えられた部屋で松親と二人きりになった。
「近ぉ」
松親が黙って近寄る。
「改革はどんなに善政でも反対勢力がある。
この三か月で誰が敵になるか忍びを使って
探ってくれ」
「はい。時間がないので余計な反対は避けたいですからね
義兄上はこれ以上申されなくても結構です。
ただ於菟はお借りします」
「すまんな、具房殿に汚れ役はやらせられん。
汚れすら知らせる必要もない」
「はい」
「具教殿には手を出すなよ?
これはあくまで平和的な代替わりだ」
「もちろん承知しております。
今余計なことをして火を吹けば、
伊勢は救いようがなくなりますからね」
「わかっていれば良い。
我らは内政で伊勢を救うのが役目よ。
殺しは必要な分だけで良い」




