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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第七十三話 悪化する状況

第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

元亀二年。

長島に、不穏な空気が満ち始めていた。


最初は、些細な衝突だった。

だが、それに対する弾圧が、

やがて大きな波を生んだ。


国人が、

一向宗寺院が、

長島へと身を寄せ始めた。


それに呼応するように、

滝川一益の強硬策が激化する。


村焼き。

武装解除。

門徒と見なされた者の拘束。


それは軍事的には、

理にかなった措置だった。


だが結果として、

伊勢北勢には、ある“空気”が生まれた。


――織田に従えば、焼かれる。

――長島へ逃げれば、守ってくれる。


誰がそう言い出したわけでもない。

だが、その認識は、確実に広がっていった。


農民が逃げ込む。

地侍が逃げ込む。

国衆すら、密かに船を出す。


桑名と長島の間に、

反乱の“機運”が醸成されていった。


そして皮肉なことに――

秀政の富国策が、それを後押しした。


桑名が潤えば、

人が集まり、物が動く。


仕事が生まれ、

金が流れ、

門徒を受け入れる余地が増える。


いくら武具や米を制限しようとも、

人の流入を抑えることができなかった。


滝川の武断は逆効果となり、

秀政の内政もまた、逆効果となる。


正しさと正しさが、

互いに打ち消し合い、

事態を悪化させていった。


さらに、天は味方しなかった。


元亀二年は、

木曽三川の氾濫が相次いだ。


陸路は寸断され、

街道は使い物にならず、

追手は入りにくくなる。


一方で、水路は生きていた。


入り組んだ川筋。

潮の干満。

地元の舟。


船で逃げ込めば、

追われることはない。


長島はいつしか、

“天然の避難所”として機能し始めていた。



桑名城二の丸。

伊勢惣奉行の政庁。


秀政と松親は、

地図を挟んで向かい合っていた。


「……まずいな」


秀政が、低く呟く。


「はい。まずいです」


松親も、即座に頷いた。


「我らの策は、誤ってはいなかったはずです。

 富ませ、引き剥がす。

 理屈としては、正しい」


「うむ」


「ですが……世の流れは、

 悪い方向へ動いています」


「それでいて、あの結果か……」


「はい。

 去る五月、滝川様は一万の兵で、

 殲滅戦を挑まれました。

 柴田様、稲葉様、氏家様も参戦されて、

 総力を挙げての攻撃でした。


 結果は、

 船で奇襲、堤防を切っての水攻め、伏兵、

 夜襲、火矢、水路封鎖など、

 地形を最大限活かされて惨敗です」


(完全にゲリラ戦だな……。

 あの氏家卜全が船を転覆させられて討ち死にした。


 俺の好きな武将のひとりだったのに……。

 いや、名前が独特で)


「恐ろしいな」


「はい、結果的に溺死者数が数え切れません。

 あの柴田様も重傷を負われて撤退されました」


「完敗か……」


秀政は頭を抱えながら考え込む。


「さらに悪い知らせを、お伝えしても?」


「隠しても、状況は変わらん。

 申せ」


松親は、淡々と告げる。


「加賀、越前でも、

 一向宗徒の動きが、きな臭くなっております」


秀政の眉が、ぴくりと動く。


「内部の凪からの情報です。

 ――加賀・越前は、

 “織田と戦う拠点”を探している、と」


一瞬の沈黙。


「……それが、長島か」


「はい。

 最も安全で、最も戦いやすい。

 そう判断されても、不思議ではありません」


「本当に、良くない知らせだな」


「加賀からは金が。

 越前からは武具が。

 尾張からは門徒が。

 美濃からは浮浪者が」


「もう良い。

 やはり、聞かなければ良かった」


秀政は、額を押さえた。


(俺の知っている、

 第二次長島一向一揆――

 そのままだ)


「もし、これに“もう一石”投じられれば、

 暴発は防げぬでしょう」


「……もう一石?」


「例えば――

 宗教的な弾圧です」


秀政は、はっと顔を上げる。


「今は……元亀二年の」


「九月です」


(……あっちゃあ)


「義兄上?」


「そのうち、美濃から知らせが来る。

 特大に、嫌なやつだ」


秀政は、頭を抱えた。



数日後。

その予言は、的中した。


織田軍が、

延暦寺への圧力を強め、

伊勢の寺院にも処罰を加えた。


信長自身による宗教弾圧。


そして――

極めつけ。


延暦寺、焼き討ち。


「……比叡山が焼かれた。

 延暦寺ごとだ」


松親が目を瞬かせる。


「延暦寺……あの延暦寺ですか?」


「そうだ。堂塔も僧も、逃げる者も。

 皆、焼かれたとある」


松親は息を呑んだ。

普段どれほど冷静でも、

この報せには言葉が追いつかない。


「……ひどい。

 いくらなんでも、そこまでやるのですか」


秀政は頷いた。


「これでは、長島にすがる者が増える。

 “信長は仏敵だ”と、そう思う者が必ず出る」


松親は苦い顔をした。


「伊勢を富ませても

 ……この恐怖には勝てませんね」


"信長は仏敵"


その言葉が、

火の粉のように広がった。


宗教的熱狂が、

避けがたく発生する。


もはや、

経済合理性など意味を持たない。


「伊勢北勢が、戦場になるな……」


秀政が、静かに呟く。


「防げませんでした」


「いや……多少は、弱体化したはずだ。

 だが、それ以上に、膨れ上がっている」


「……暴発しますな」


「あぁ」


秀政は、地図から目を離さなかった。


「天正二年頃が、正念場だ」


「天正……?」


「いや、元亀四年か?」


松親が、息を呑む。


「この一、二年で――

 長島に地獄が来る?」


「あぁ。

 我らも、いよいよ

 軍備に舵を切らねばならんかもしれん」


桑名城の二の丸に、

重苦しい沈黙が落ちた。


誰もが理解していた。


これはもう、

誰かの失策ではない。


それぞれが正しく、

それぞれが最善を尽くした末に――

避けられなかった、戦への道なのだと。


秀政は静かに考えこんだ。


(やがて北勢は、泥のように濁り、

 逃げ込む者、煽る者、戦う者が入り乱れ、

 長島は膨れ上がり、沼と化す。


 第二次長島一向一揆――

 あれは戦ではない。

 恐怖と信仰と怨嗟が渦を巻く、

 巨大な濁流だ。


 その濁流に、我らは呑まれるのか。

 それとも、抗えるか。


 ……いや抗うしかない)

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― 新着の感想 ―
投稿ありがとうございます。 時代の展開スピードが一気に進んだので少し驚きがあります。 一次は全てが悪い方向に進んだ結果なので仕方無い面が大きいですが知っている秀政が裏で一部の歴史の一部を曲げるのを期…
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