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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第三章 城代編(足軽大将格)

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第四十二話 備え九分にして刃一分

まだ夜の気配が残る刻。

秀政は、静かに目を覚ました。


深い眠りではない。

だが、不思議と頭は冴え、体も軽い。


(……十分だ)


短い休息でも「休めた」という実感がある。

それだけで、戦の朝には大きな差となる。


*


卯の刻。


陣の中に、音を立てぬ動きが広がり始める。

起きる者。

起こされる者。


だが、誰の顔にも夜通しの消耗は見えなかった。


市助が近づく。


「殿」


「敵の動きは?」


「襲撃の兆しはありませんでした。

 ただ――」


市助は言葉を選ぶ。


「向こうは、落ち着きがなかったようです。

 夜の間は常に松明が動き、陣を組み替え、また戻す……

 それを何度も繰り返していました」


秀政は小さく頷いた。


(全く休めておらんな)


そこへ霧隼が戻る。


「――殿」


「報告せよ」


霧隼は、淡々と語り始めた。


「夜の間、敵は完全に警戒状態でした。

 殿がかがり火を消したことで、こちらの様子は一切見えず。

 敵は『いつ襲われるか分からぬ』という状況に置かれておりました。


 加えて――」


霧隼の声に、わずかに力が入る。


「私が物見に化けて、

 『夜襲が来る、来ぬ』

 『右だ、左だ』

 と、誤った情報を断続的に流しました。


 敵は、どの情報も否定しきれず、その都度、兵を動かしておりました」


秀政は目を閉じた。


「指揮系統が確立されておらず、物見も各家の判断で動いています。

 ゆえに誰の配下か分からぬ私の言葉を、首脳部がそのまま拾っております。


 その結果――」


霧隼は言いきった。


「敵兵は、一晩中ずっと警戒と緊張の中で動き続けていました。

 休むことも、満足に飯を取ることも出来ておりません」


霧隼がさらに補足する。


「今や陣には、居眠りして起こされる者、呆けたように座り込む者も多数見受けられました」


報告はそこで終わった。


*


秀政は東の空を見た。

夜明けが近いことを確かめてから口を開く。


「……上出来だ」


霧隼と市助が、顔を上げる。


「敵は今もなお『襲われるかもしれぬ』という恐れを抱いている。


 だから、休めぬ。

 飯も落ち着いて食えぬ。


 そのまま――朝を迎える」


東の空が、白み始めている。


「そして、朝日で見えるのは我らの陣だ。

 五百しかおらん」


市助が息を呑む。


「滝川殿の隊は、完全に隠れている。

 そうなると、夜に動いた佐久間の渡河隊を、敵は織田の本隊と誤認する」


秀政はしたり顔を見せる。


「奴らは焦るだろう。

 先に送り込んだ仲間が、織田本隊の三千五百に殲滅される。


 目の前の小勢の敵を早く倒して、援軍に向かわねば……とな。

 焦る中で、五百などすぐに潰せると考える」


声が低くなる。


「だから――兵を休ませぬ。

 飯も、ろくに与えぬ。

 疲れ切ったまま、一気に我らを踏み潰し、全軍を佐久間の方へ向ける」


秀政は鼻で笑った。


「……愚かだな」


霧隼は黙って頭を下げた。


「各隊に伝えよ」


秀政はすでに次を見ている。


「今のうちに飯を取らせろ。

 火は焚くな、乾飯で腹を満たせ。

 たくさん食ってもいい」


そこで、自信にあふれた笑みをこぼす。


「腹を満たし、装備を整え、迎撃準備を整えた上で――朝を迎えろ」


五百の兵は、大いに“休んだ兵”だ。

対して敵は一晩中、疑いと恐れに縛られた兵だ。


(勝敗は――もう決まっている)


秀政は、静かに兜を手に取った。


*


「清隆にも、今の話をそのまま伝えよ」


「は」


霧隼は即座に動く。


秀政は、次に市助へ視線を向けた。


「市助」


「はっ」


「この隊で、一番声の大きい者を連れてこい」


市助がわずかに首を傾げる。


「……声、でございますか?」


「そうだ。

 腹の底から声が出る奴だ」


「なにゆえ?」


秀政は即答しなかった。


ただ、前方――薄明るくなり始めた川向こうを見据えたまま、ぽつりと言った。


「後で分かる」


市助はそれ以上問わず、駆け出した。


*


夜が終わった。

東の空が白み、川霧がゆっくりと薄れていく。


やがて――朝日が朝明川の水面を照らした。


その瞬間だった。


敵陣が動いた。

松明は消え、幟が立ち、一斉に兵が前へと押し出される。


秀政は馬上からそれを見た。


(……来たな)


迷いがない。

躊躇もない。


疲労など考慮に入れていない動き。


(五百を一気に潰す――そして、佐久間へ全軍を送る。

 そう考えたようだ。まさに予想通りだ)


秀政の前方。

四百の芋粥勢が、静かに隊列を整える。


槍を構え、足を踏みしめ、互いの背中を意識する。

誰一人、騒がない。


敵から見れば、まるで――。

“取り残されて”仕方なく覚悟を決めたように映るだろう。


だが、こちらの兵は士気高揚し、敵の兵はまるで地獄の亡者だ。

秀政は、深く息を吸った。


「――よし」


(全て狙い通り。


 毛利元就の「謀多きは勝ち、少なきは負け候」…か。


 まさにその通りだな。

 俺もそんな名言を残してみたいもんだ)


「殿、いかがなされた?」


敵を前に考え込んだまま、動かない秀政を見て、不思議そうに村瀬が問いかける。


意を決して、秀政は大きく息を吸った。


「よく聞け、芋粥の猛者たちよ!

 敵を見よ!

 奴らはまるで疲れ切った落武者よ!


 敵は我が策に落ち、平時の一分も力が出せぬほどに弱りきっておる!


 戦とは、備え九分に、刃一分じゃ!


 もはや、幼子を捻るよりも楽な相手ぞ!

 これが備前で敵なしと恐れられた"謀玄 芋粥秀政"の真骨頂よ!


 一太刀で叩き斬れ!

 褒美が欲しくば、功を挙げよ!」


(流石に謀神とかは恐れ多いからな。

 まずは控えめに謀玄からだ)


すぐに芋粥全軍から寡兵とは思えないほどの大きな鬨の声が上がる。


「殿、お見事な鼓舞です」


感銘した表情で村瀬が言った。


(この時代はこういうノリがよく受ける。

 思ったより反響があったな)


*


一方、川を挟んだ左翼。

清隆は、朝明川の浅瀬を前に長槍隊を隙間もないほど、並べていた。


二列。


前列は、膝を落とし、槍先を低く。

後列はその隙間を埋めるように、やや高く槍を構えて体を休める。


「詰めるな」


清隆の声は、低くはっきりしていた。


「踏み込むな。

 渡らせるな」


兵たちは黙って頷く。


川の中は足場が悪い。

滑る。

取られる。


そこへ長槍の壁。


数の差はここでは意味をなさない。


清隆は前を見据えた。


(……殿の言う通りだ。

 これは、死地ではない。

 生き残るための場所だ)


敵が襲い掛かった。


「良いか!

 一人に対して複数で突きかかれ!

 落ち着いて一人ずつ仕留めよ!」


渡河の関係上、一度に多くは渡れない。


少数の兵が波状的に、不安定な足場を踏みしめながら、ゆっくりと進む。


そこへ多方向から長槍が突き出されれば、回避のしようもなく貫かれ、そして川を血の色に染める。

ただでさえ、疲れ切って判断力が鈍っている。


伊勢衆に――この突きを防ぐ手立てはなかった。


近づけば突き貫かれる。

川には敵兵の亡骸が浮かび、ますます進みにくくなった。


それでも、敵将は進めと叫ぶ。

まさに地獄絵図。


敵の波状攻撃の合間に、清隆隊は前後入れ替わる。

そして後方で一休みして、体力を回復させる。


この繰り返し。


「突け!突け!

 敵はまるで動かぬ藁人形ぞ!

 日頃の訓練のようじゃ!」


声を枯らさんばかりに叫ぶ清隆。

その隣には矢筒が山ほど置かれている。


川の深みを泳いで渡ろうとする輩が現れた。


清隆は矢をつがえて放つ。

一矢で過たず、泳ぐ敵兵を貫いた。


そのまま、すぐに矢を引き抜き、別の兵を射抜いた。


浅瀬の兵は槍に突かれ、泳げば矢で射抜かれる。

敵兵の士気の下がりようは、目に見えるようだった。


「おのれ!臆すな!伊勢衆の力を見せよ!」


一騎の騎馬武者が槍を振り回しながら、浅瀬を疾走してきた。


清隆が落ち着いて矢を取り、引き絞る。


シュンッ!


放物線を描いた矢が、これも一矢で騎馬武者の首を射抜いた。

そのまま落馬する。


「……あの旗印は……」


清隆はにやりと笑うと、大声で叫んだ。


「小向城城主小向六郎、この浅野清隆が討ち取ったりぃ!!」


「「おぉぉ!!」」


清隆隊百名が鬨の声を上げた。

五倍の敵と相対しているとは思えぬほど、芋粥軍の士気は高かった。


「滝川の部隊が来るまで――これなら耐えられる!!」

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あんまりハッタリを効かすと、将来織田家が備前に侵攻したとき、色々言われそう。
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