第四十話 忍びの功、兵の功
丑三つ時に向けて、見張りの兵を慌ただしく動かさせ、夜襲の準備を偽装させる。
忍びの弥平が敵陣を凝視すると、あからさまに警戒しているのが見えた。
「殿、敵に動きが!」
弥平がしっかりとした口調で秀政に報告した。
「どのように?」
「はい、敵左翼に動きが。
渡河地点“丁”の方角へ、移動を開始しました」
「策にかかったか!
いかほど移動した?」
「暗き故、詳しくは分かりません。
ですが、本隊からも一部左翼に合流している模様。
その数……敵の半数……
いや、それより多いか……」
「上出来だ!他に動きは?」
「右翼から本隊へ兵が移動しております。
各々千、千はいかぬか……。
我らが一方に仕掛ければ、もう一方で挟撃するように思われます」
「うむ、分かった。
想定通り夜襲を警戒した動きだ。
これも策に乗っている。
引き続き監視を怠るな。
滝川殿が回り込むまでなるべく時間を稼ぎたい」
「は!」
*
それから半刻が経ち、霧隼が戻って来た。
上機嫌で秀政が出迎える。
「よくやった!霧隼。
ここまで見事に敵を動かせたのはあっぱれとしか言えん」
「お褒め頂き、ありがたき幸せ。
説得が難しゅうございましたが、伊勢の内情は他の依頼で、熟知しておりましたので上手く誤魔化すことができました」
「うむ、今後も頼りにしている。
寝ずの任務で疲れているのは分かるが、もう一つ頼みがある」
「何でございましょう?」
「佐久間久六の所に走り、渡河直前に滝川の使いと称して、この地図を渡して伏兵を警戒させよ」
「は!」
「よくよく考えれば、佐久間の兵どもが、犬死にでは忍びないからな」
霧隼は書状を受け取り、走り出そうとした。
「いや、待て。
もう一つあった」
霧隼はゆっくりと振り返る。
不平を表に出さないが、疲れは隠しようがなかった。
秀政は銀が入った小袋を投げ渡した。
「追加の任務だ。
この戦が終わったら、町民に化けて、遊んでこい。
そして好きなものを買え、旨いものを食え」
「は?それはどのような狙いで?」
「褒美だ。一日休みをやる。
この戦に勝てれば裏の功一等は――お前だ。
その顔はなんだ?
なぜ忍びだと、褒美がもらえない?
そんなことはない」
呆けたまま立ち尽くす霧隼に、笑いながら声をかける。
「佐久間の件は頼んだぞ」
「は!」
霧隼が走り出した。
「清隆、芋粥隊の伍長を全員呼べ」
*
真夜中であるが、臨戦態勢中の伍長たちが呼び集められた。
「よく集まってくれた。
これより話すことは伍の者らに伝えてしっかりと理解させよ」
緊張しながら伍長たちが耳を澄ます。
「まず状況を説明する。
明朝、戦になることは確実だ。
お前たちも見てわかるように、我らは敵に包まれている」
誰もが不安そうな表情だ。
無理もない。
「敵は左右に四百ずつの八百だ」
半分程度の規模で伝えた。
それでも敵が多い。
絶望の色が表情に映る。
「だが、安心せぇ。
必勝の策がある。
俺はこれまでも戦で指揮を執ってきた。
神仏に誓っても、一度たりとも負けたことがない」
(一度しか指揮したことがないがな)
自信に満ちた表情で秀政が断言することで、伍長たちの顔がかすかに緩んだ。
「必勝の策。
まずは芋粥隊を、左翼の百と本隊の四百に分ける。
左翼は川際で防御を固めて、槍衾にて敵右翼を近づけさせるな。
本隊は、その間に渡河してきた、敵本隊四百に対して突撃をかける。
止まらず、斬り伏せながら突き抜けるのだ」
(実際の敵は、倍の兵。留まれば囲まれる)
「そして突き抜けた後は、反転し、さらに突撃だ。
敵は烏合の衆、我ら精鋭芋粥隊の突撃には対処できん。
これを繰り返せば、敵は大混乱に陥る。
そこを殲滅する」
我慢できなくなって、左翼隊の伍長が口をはさんだ。
「左翼はどうなりますか?」
秀政は特に威圧するようなこともなく、優しい表情で自信を込めて回答した。
「左翼は百で四百を抑えねばならん。
きついと思うだろう?
実は、そんなことはない!
渡河できる地点は限られる。
我らはそこに蓋をする。
敵は足場の悪い川中で戦わねばならん。
しかも一度に多くは渡り切れん。
お前達、百人の勇士どもが、全員一丸となって守りに徹する。
敵に背を見せず、槍で突き続けるのだ。
兵力差を敵は活かせず、われらは寡兵でも楽に耐えられる。
半刻もすれば、滝川殿の本隊が背後から襲いかかる。
そこで我らの勝ちが確定する」
「耐えるだけで……いいのか?」
「そうだ。その通りだ!
簡単だろう?
ここからが大事なことを伝える!」
伍長たちの真剣な目で秀政に注目した。
「戦の場で、兵の功とはなんだ?
そう!首だ。
だが、今回は違う!」
伍長たちの意外な顔を無視して、熱を込めて続ける。
「まず左翼隊、お前達の功は生き残ることだ。
首を取ろうが功とは認めん。
よって、討ち取った相手は棄ておけ。
重い首など放っておけ。要らん!
この戦が終わった際に、生きていた者全員に――
首を二つ取ったのと同じ功を認め、等しく褒美をやる」
「え?生き残るだけで、首二つと同じだって?」
「そうだ、だから皆、競うのではなく協力しあえ。
仲間が多く生き残るほうが、お前たち自身も生き残る道へ繋がる。
すなわち、背を預け合い、怪我した者を庇い隣の者の隙を補え。
協力して複数人で一人を狙い、迫りくる敵を一人ずつ討ち倒せ!」
「は!」
清隆が目を見開いて、その話を聞き入っている。
「次に本隊だ。
ここは四百と四百のぶつかり合いだ。
我らの方は個々は強い。
負けることのない戦だ!」
(実際は倍の敵にあたるがな……)
「本隊は何度も突き抜け、走り徹す必要がある。
故にこちらも首は取らずともよい。
ただ、本隊は敵を討ち取ることが目的だ。
意味をはき違えるな。
功は要る!
首が要らんだけだ。
あんな重い物を持ち運ぶな」
こちらも伍長の一人が疑問を口にした。
「敵を討ち取れと言われますが、首は要らんと?
それでは功はどのようにして認めてくださるので?」
「敵を討ち取った時は、大声で伍と名前を叫べ。
こちらには凄腕の軍監がいる。
お前たちの功は、一つも欠かさず記録する。
安心して、暴れまわれ」
(四百名の戦いであれば、弥平なら全て見通すだろう)
伍長たちは顔を見合わせた。
最終的には堅かった表情も緩む。
納得したようだった。
首を抱えての戦闘は、動きにくく、危険だ。
身軽に戦えて功を認めてもらえるなら、それに越したことはない。
「明日は……お前たち、芋粥の勇士たちの腕にかかっている。
天下にその名を轟かせようぞ!」
「おぉう!」
(戦場のシステムは固めた。
あとは……現場でどう動けるか。
いつまでも低統率の地味武将のままであってたまるか!)




