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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第二章 郡代編

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第二十七話 芋粥家臣団

秀政は数日ぶりに伊賀から戻った。


門をくぐると、家の灯りが見えた。

秀政は思わず肩の力を抜く。


「弥八様!」


先に気づいたのはお悠だった。


その後ろから、小さな足音が二つ、ぱたぱたと近づく。


「ちちさまー!」

「おかえりなさい!」


明と蘭が勢いよく飛びついてくる。


「おっと」


秀政は膝をつき、二人をまとめて抱き上げた。


「ただいま。留守番、ご苦労だったな」


「ちちさま、いがはこわかった?」

「おばけ、いた?」


「……いたな、こーんなのがっ!」


怖い顔で答えると、二人はきゃっと声を上げて笑った。


その様子を見て、お悠が少し微笑む。


「無事で何よりです。

 お食事、もうすぐ整います」


*


久しぶりに家族そろっての夕餉だった。


湯気の立つ椀。

素朴だが落ち着く味。


明と蘭は途中で眠くなり、お良に連れられて奥へ下がっていった。


静かになった座敷で、お悠が箸を置く。


「弥八様」


「ん?」


「東西南北の代官の件ですが……

 父がすでに選定を終えております。

 あとは任命下されば……」


秀政はわずかに眉を上げた。


「もう、か」


「はい。

 いずれも千種屋の主力番頭でございます」


「……全員か」


「はい」


少し間があった。


望んだことではあるが――

千種屋の影が愛知郡の内政を覆いすぎる。


それを秀政は気にしていた。


「説明してくれ」


お悠は頷き、一人ずつ名を挙げた。


「まず――

 東区代官・清六」


「調停と交渉が得意で、村落同士の争いをまとめることに長けています。

 年寄衆からの信も厚く、東の安定化には最適かと」


秀政は静かに頷く。


「次に――

 西区代官・権兵衛」


「こちらは威圧と治安。

 睨みを利かせるのが仕事の男です。

 不正の芽を最初から潰す役目に向いています」


「西は荒れやすい。

 適任だな」


「南区代官・弥市」


「数字に強く、検地と年貢管理が得意です。

 水利の調整も任せられます」


「南は銭が動く。

 間違えられん場所だ」


「最後に――

 北区代官・与三郎」


「帳面整理と情報管理。

 人と物、銭の流れを記すことに長けています」


「……情報屋向きか」


「はい。裏表の動きを把握する役です」


説明が終わる。


秀政はしばらく黙ったまま考え込んだ。


全員、千種屋の番頭で、能力は折り紙付きだ。


――だが。


「……このままでは千種屋色が強すぎるな」


「はい」


お悠もそれは理解していた。


「だから、決めた」


秀政ははっきりと言った。


「全員、武士に取り立てる」


お悠が少し驚いた顔をする。


「それと同時に――

 商人としての立場から切り離す」


「……名字と諱を、お与えになるのですね」


「あぁ」


秀政はひとりずつ名を口にした。


「清六は――

 泉川清允(いずみかわきよのぶ)」


「権兵衛は――

 荒木重直(あらきしげなお)」


「弥市は――

 南條利昌(なんじょうとしまさ)」


「与三郎は――

 木曾与英(きそよしひで)」


名前を与える、ということ。


それは責任と首を差し出させるということでもある。


「商人の番頭ではなく、俺の家臣として立たせる」


秀政は遠くを見つめた。


「千種屋のためではなく、愛知郡のために働かせる」


(建前はな……本音としては千種屋を肥えさせればいい。

 言わなくても義父殿は上手くやる)


お悠は静かに頭を下げた。


「……心得ました」


「内政はこれで回る。

 そうだ!義父殿も武士に取り立てる」


「父もですか?」


「千種屋松兵衛、改め、俺の“政”を与える。


 千種政成(ちくさまさなり)だ」


「千種政成……“政”を偏諱いただけるとは父も喜びましょう」


「一門衆として、家老になってもらわねばならんからな。

 ここに武家千種が立ち上がる」


「はい」


「義父殿には次男もいたな」


「はい、弟の松千代はまだ十四です」


「武家の千種にも跡継ぎが必要だろう。

 元服させて、武家に取り立てる。

 千種松親(ちくさまつちか)だ」


「まぁ、松千代までも

 取り立てていただけるのですか?」


「あぁ、俺には信用できる家臣が一人でも多く必要だ」


秀政は湯呑を手に取る。


「義父殿は引き続き大旦那を兼ねると良い。

 だが、ようやく――

 俺にも“家臣団”ができたな」


それは戦で名を上げる家臣ではない。


だが――

国を動かすために、欠かせぬ者たちだった。


こうして芋粥弥八郎秀政は刀ではなく、人と仕組みで戦うための――

最初の家臣団を手に入れた。


*


翌日。


郡代代官所は朝から慌ただしかった。


新代官たちの出仕。

帳簿の入れ替え。

引き継ぎの確認。


内政が動き始める音が建物全体に満ちている。


そんな中――


「……浪人が一人」


門番が少し困ったように報告してきた。


「娘を連れておりまして、仕官先を求めていると」


秀政は眉をひそめた。


「断れ」


即答だった。


「今は余計な者を入れる時ではない」


郡代に就いたばかりだ。

探り、売り込み、成り上がり狙い――

この手の者はこれから嫌というほど現れる。


「それが……」


門番が言いにくそうに続ける。


「阿拝殿の紹介だと申しておりまして。

 書状を預かっております」


「……阿拝?」


秀政の手が止まった。

差し出された書状を見る。


間違いない。

伊賀で契約した藤林阿拝家――

その阿拝監物清常の名だ。


秀政は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。


「……とりあえず、話だけは聞いてやる」


(おぉ!来た来た!)


「中へ通せ。ただし、別室だ」


*


通された部屋は、普段使われていない簡素な一室。

そこに現れたのは――


擦り切れた旅装の侍と、その背後に立つ十五歳前後の少女。


「浅野五郎兵衛清隆と申します」


男は深く頭を下げた。


「こちらは、耀(よう)」


少女も無言で一礼する。


秀政は先ほど見せた、嫌そうな顔とは一転して満面の笑みで出迎えた。


「……阿拝殿は、早いな。

 もう、派遣してきたのか」


浅野は顔を上げた。


「はい」


「それがしが、今回の任務において――

 頭と師範を務めさせていただきます」


秀政が満足そうに頷く。


「……浅野殿が中堅の忍か?」


「はい。

 阿拝家において、頭領を除けば二人しかおらぬ“中忍”の一人にございます」


(……なるほど)


秀政は内心で頷いた。


(忍を“家臣”として送り込む。

 そういう建前か)


「ん?……待て」


ふと引っかかる。


「阿拝家は中忍の家格だ。

 中忍は頭領一人のはずだが?」


浅野は少しだけ口角を上げた。


「それがしの真の名は――

 阿拝五郎兵衛清孝。

 監物清常の弟にございます」


「……」


秀政は即座に言った。


「いくら身内とはいえ、三十貫より多くは払えぬぞ?」


「もちろん」


浅野は即答した。


「三十貫の約束。

 それ以上は一文たりとも頂きませぬ」


(……本来、中忍なら百貫は下らぬ。

 三十貫で“弟”をよこすか)


再び笑みがこぼれる。


(よほど阿拝殿に気に入られたな)


「今のそれがしは――

 中堅忍の浅野五郎兵衛清隆」


浅野は淡々と言った。


「その名で芋粥家に仕えます」


秀政は短く頷いた。


「分かった。

 浅野殿を我が家臣とする」


真面目な顔に戻って命じる。


「名目上は家臣。

 裏では――

 忍調略を一任する」


「かしこまりました」


「……その娘は?」


秀政の視線が耀へ向く。


「ご息女か?」


「いいえ」


浅野は首を横に振る。


「血の繋がりはございませぬ。

 十貫の若手の一人にございます」


少女が一歩前へ出る。


「耀にございます」


「……」


秀政はまじまじと見た。


「この耀は短刀の達人」


浅野が言う。


「この者に勝てる者は、そう多くはおりませぬ」


「……そうは見えぬが」


「忍とはそう見えぬことこそ力にございます」


浅野は静かに続けた。


「我が娘として、芋粥家の侍女にしていただきたい」


「秀政様、奥方様、そしてお子様方の身の安全を――

 この耀が常に守ります」


秀政は少し考え――


「それはありがたい!」


と率直に言った。


(俺は武力も統率も低い地味武将だ。

 身辺警護は最優先事項だ)


「他の者は?」


「三名。

 時をずらして参ります」


浅野は淡々と説明した。


「まず――

 聞き耳の達人、市助。


 旅籠、茶屋、人の集まる場所で自然に情報を集めます。

 伊賀では“耳の市助”と呼ばれております。


 次に――

 目利きの弥平。


 荷の量、人の動き、村の変化を一瞬で見抜く“見る忍び”。


 最後が――」


わずかに間を置く。


「影潜りの忍び、霧隼。


 旅芸人にも、農夫にも僧にも化けられる。

 顔に特徴がなく記憶に残らぬ。

 伊賀でも珍しい潜入専門の忍びにございます」


浅野は最後に付け加えた。


「兄に言わせれば――

 “こいつは五十貫はする”と」


秀政は内心で息を吐いた。


(……完全に元は取れすぎだな。

 若手どころか精鋭じゃないか)


「よし」


秀政ははっきり言った。


「受け入れる」


「これで――

 表と裏、両方の家臣団が揃った」


浅野は静かに頭を下げる。


「清隆、忍仕事だけでは手が余ろう。

 俸禄も上乗せする。

 我が家臣として侍働きもしろ」


「は、その方が普通らしく見えますな」


「当家の軍事は一切任せる。

 お前が我が芋粥家の侍大将だ」


「!? 過分なご期待、裏切らぬようにいたします」


こうして、芋粥弥八郎秀政のもとに――

千種政成、そして浅野清隆。


内政を司る表の家臣団と、影を操り武を司る裏の家臣団が揃った。


郡代としての組織だけではない。

芋粥家そのものも、ようやく形になり始めていた。

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― 新着の感想 ―
愛知郡というと東郷町の付近ですね。こないだ愛知県愛知郡東郷町っていう住所を知りました。丘陵地が連なる土地なので、農業地に適しては居ません。収穫量増やすの相当に困難な地です。ノブナガ様に試されてますね。
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