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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第二章 郡代編

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第二十七話 芋粥家臣団

秀政は数日ぶりに伊賀から戻った。


門をくぐった瞬間、

家の灯りが、ほっと胸を緩める。


「弥八様!」


先に気づいたのは、お悠だった。


その後ろから、

小さな足音が二つ、ぱたぱたと近づく。


「ちちさまー!」

「おかえりなさい!」


明と蘭が、勢いよく飛びついてくる。


「おっと」


秀政は膝をつき、

二人をまとめて抱き上げた。


「ただいま。留守番、ご苦労だったな」


「ちちさま、いがはこわかった?」

「おばけ、いた?」


「……いたな、こーんなのがっ!」


怖い顔で答えると、

二人はきゃっと声を上げて笑った。


その様子を見て、

お悠が、少しだけ安堵したように微笑む。


「無事で何よりです。

 お食事、もうすぐ整います」



久しぶりに、

家族そろっての夕餉だった。


湯気の立つ椀。

素朴だが、落ち着く味。


明と蘭は、途中で眠くなり、

お良に連れられて奥へ下がっていった。


静かになった座敷で、

お悠が、箸を置く。


「弥八様」


「ん?」


「東西南北の代官の件ですが……

 父が、すでに選定を終えております。

 あとは任命下されば……」


秀政は、わずかに眉を上げた。


「もう、か」


「はい。

 いずれも、千種屋の主力番頭でございます」


「……全員か」


「はい」


少し間があった。


望んだことではあるが――

千種屋の影が、

愛知郡の内政を覆いすぎる。


それを、秀政は気にしていた。


「説明してくれ」


お悠は頷き、

一人ずつ名を挙げた。


「まず――

 東区代官・清六」


「調停と交渉が得意で、

 村落同士の争いをまとめることに長けています。

 年寄衆からの信も厚く、

 東の安定化には最適かと」


秀政は、静かに頷く。


「次に――

 西区代官・権兵衛」


「こちらは威圧と治安。

 睨みを利かせるのが仕事の男です。

 不正の芽を、最初から潰す役目に向いています」


「西は荒れやすい。

 適任だな」


「南区代官・弥市」


「数字に強く、検地と年貢管理が得意です。

 水利の調整も任せられます」


「南は銭が動く。

 間違えられん場所だ」


「最後に――

 北区代官・与三郎」


「帳面整理と情報管理。

 人と物、銭の流れを記すことに長けています」


「……情報屋向きか」


「はい。裏表の動きを把握する役です」


説明が終わる。


秀政は、しばらく黙ったまま考え込んだ。


全員、千種屋の番頭。

能力は折り紙付きだ。


――だが。


「……このままでは、

 千種屋色が強すぎるな」


「はい」


お悠も、それは理解していた。


「だから、決めた」


秀政は、はっきりと言った。


「全員、武士に取り立てる」


お悠が、少し驚いた顔をする。


「それと同時に――

 商人としての立場から、切り離す」


「……名字と諱を、お与えになるのですね」


「あぁ」


秀政は、ひとりずつ名を口にした。


「清六は――

 泉川清允いずみかわきよのぶ


「権兵衛は――

 荒木重直あらきしげなお


「弥市は――

 南條利昌なんじょうとしまさ


「与三郎は――

 木曾与英きそよしひで


名前を与える、ということ。


それは、

責任と首を差し出させるということでもある。


「商人の番頭ではなく、

 俺の家臣として立たせる」


秀政は遠くを見つめた。


「千種屋のためではなく、

 愛知郡のために働かせる」


(建前はな……本音としては千種屋を

 肥えさせればいい。

 言わなくても義父殿は上手くやる)


お悠は、静かに頭を下げた。


「……心得ました」


「内政は、これで回る。

 そうだ、義父殿も武士に取り立てる」


「父もですか?」


「千種屋松兵衛、改め、俺の“政”を与える。


 千種政成ちくさまさなりだ」


「千種政成……“政”を偏諱いただけるとは

 父も喜びましょう」


「一門衆として、家老になってもらわねばならんからな」


「はい」


「義父殿には、次男もいたな」


「はい、弟の松千代は、まだ十四です」


「千種にも跡継ぎが必要だろう。

 元服させて、武家に取り立てる。

 千種松親ちくさまつちかだ」


「まぁ、松千代までも

 取り立てていただけるのですか?」


「あぁ、俺には信用できる家臣が一人でも多く必要だ」


秀政は、湯呑を手に取る。


「義父殿は引き続き大旦那を兼ねると良い。

 だが、ようやく――

 俺にも“家臣団”ができたな」


それは、

戦で名を上げる家臣ではない。


だが――

国を動かすために、欠かせぬ者たちだった。


こうして、

芋粥弥八郎秀政は、


剣ではなく、

人と仕組みで戦うための――

最初の家臣団を、手に入れた。



翌日。


郡代代官所は、朝から慌ただしかった。


新代官たちの出仕。

帳簿の入れ替え。

引き継ぎの確認。


内政が動き始める音が、建物全体に満ちている。


そんな中――


「……浪人が、一人」


門番が、少し困ったように報告してきた。


「娘を連れておりまして、

 仕官先を求めていると」


秀政は、眉をひそめた。


「断れ」


即答だった。


「今は、余計な者を入れる時ではない」


郡代に就いたばかりだ。

探り、売り込み、成り上がり狙い――

この手の者は、これから嫌というほど現れる。


「それが……」


門番が、言いにくそうに続ける。


「阿拝殿の紹介だと申しておりまして。

 書状を預かっております」


「……阿拝?」


秀政の手が、止まった。


差し出された書状を見る。


間違いない。

伊賀で契約した、藤林阿拝家――

その阿拝監物清常の名だ。


秀政は、露骨に嫌そうな顔をしてみせた。


「……とりあえず、話だけは聞いてやる」


(おぉ!来た来た!)


「中へ通せ。ただし、別室だ」



通された部屋は、

普段使われていない、簡素な一室。


そこに現れたのは――


擦り切れた旅装の侍と、

その背後に立つ、十五歳前後の少女。


「浅野五郎兵衛清隆と申します」


男は深く頭を下げた。


「こちらは、耀よう


少女も、無言で一礼する。


秀政は先ほど見せた、

嫌そうな顔とは一転して

満面の笑みで出迎えた。


「……阿拝殿は、早いな。

 もう、派遣してきたのか」


浅野は、顔を上げた。


「はい」


「それがしが、

 今回の任務において――」


一拍。


「頭と、師範を務めさせていただきます」


秀政の目が、細くなる。


「……浅野殿が

 中堅の忍か?」


「はい。

 阿拝家において、

 頭領を除けば二人しかおらぬ“中忍”の一人にございます」


(……なるほど)


秀政は、内心で頷いた。


(忍を“家臣”として送り込む。

 そういう建前か)


「……待て」


ふと、引っかかる。


「阿拝家は中忍の家格だ。

 中忍は、頭領一人のはずだが」


浅野は、少しだけ口角を上げた。


「それがしの真の名は――

 阿拝五郎兵衛清孝。

 監物清常の、弟にございます」


「……」


秀政は、即座に言った。


「いくら身内とはいえ、

 三十貫より多くは払えぬぞ?」


「もちろん」


浅野は、即答した。


「三十貫の約束。

 それ以上は、一文たりとも頂きませぬ」


(……本来、中忍なら百貫は下らぬ。

 三十貫で“弟”をよこすか)


再び笑みがこぼれる。


(よほど、阿拝殿に気に入られたな)


「今のそれがしは――

 中堅忍の浅野五郎兵衛清隆」


浅野は、淡々と言った。


「その名で、芋粥家に仕えます」


秀政は、短く頷いた。


「分かった。

 浅野殿を、我が家臣とする」


真面目な顔に戻って命じる。


「名目上は家臣。

 裏では――

 忍調略を一任する」


「かしこまりました」


「……その娘は?」


秀政の視線が、耀へ向く。


「ご息女か?」


「いいえ」


浅野は、首を横に振る。


「血の繋がりはございませぬ。

 十貫の若手の一人にございます」


少女が、一歩前へ出る。


「耀にございます」


「……」


秀政は、まじまじと見た。


「この耀は、短刀の達人」


浅野が言う。


「この者に勝てる者は、

 そう多くはおりませぬ」


「……そうは見えぬが」


「忍とは、

 そう見えぬことこそ力にございます」


浅野は、静かに続けた。


「我が娘として、

 芋粥家の侍女にしていただきたい」


「秀政様、奥方様、

 そしてお子様方の身の安全を――

 この耀が、常に守ります」


秀政は、少し考え――


「それは、ありがたい」


と、率直に言った。


(俺は、武力も統率も低い地味武将だ。

 身辺警護は、最優先事項だ)


「他の者は?」


「三名。

 時をずらして参ります」


浅野は、淡々と説明した。


「まず――

 聞き耳の達人、市助」


「旅籠、茶屋、

 人の集まる場所で自然に情報を集めます。

 伊賀では“耳の市助”と呼ばれております」


「次に――

 目利きの弥平」


「荷の量、人の動き、

 村の変化を一瞬で見抜く“見る忍び”」


「最後が――」


一瞬、間があった。


「影潜りの忍び、霧隼。


 旅芸人にも、農夫にも、

 僧にも化けられる。


 顔に特徴がなく、

 記憶に残らぬ


 伊賀でも珍しい、

 潜入専門の忍びにございます」


浅野は、最後に付け加えた。


「兄に言わせれば――

 “こいつは五十貫はする”と」


秀政は、内心で息を吐いた。


(……完全に元は取れすぎだな。

 若手どころか精鋭じゃないか)


「よし」


秀政は、はっきり言った。


「受け入れる」


「これで――

 表と裏、両方の家臣団が揃った」


浅野は、静かに頭を下げる。


「清隆、忍仕事だけでは手が余ろう。

 俸禄も上乗せする。

 我が家臣として侍働きもしろ」


「は、その方が普通らしく見えますな」


「当家の軍事は一切任せる。

 お前が我が芋粥家の侍大将だ」


「!? 過分なご期待、裏切らぬようにいたします」


こうして。


芋粥弥八郎秀政のもとに――


千種政成……

そして浅野清隆


内政を司る表の家臣団と、

影を操り武を司る裏の家臣団が、

静かに結成された。


郡代という肩書きの裏で、

もう一つの“力”が、

確かに根を張り始めていた。

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