第二十二話 山積みの課題
秀吉と別れ、
お悠たちが待つ家へと戻る。
秀吉には伝えてないが、
あいつは俺がいなくても、
数年後に侍大将になる。
これは歴史の事実だ。
だが俺はどうだ?
能力も地盤も家臣も何も無い。
秀吉から離れたことで、
置いていかれるのは――
俺だ。
焦っているのは――
俺だ。
俺はいち早く地盤と家臣を作る必要がある。
それでいて、秀吉の与力であることを、あいつに忘れてもらっても困る。
あいつの周りには、これから優秀な人材が数多集まるからだ。
地味武将の俺は秀吉に存在感を示し続けなければならない。
「俺にできるのか?」
(やるしかない、甘えは許されない。
全速力で突っ走るしかないんだ。
そうしないと追いつけないのが……
秀吉なのだから)
城下を抜け、
門の前に立ったところで、ふと足を止めた。
――郡代。
ようやく、実感が胸に落ちてくる。
「お悠、待たせたな」
庭を抜け、玄関の前で一度背筋を伸ばす。
戸に手をかけ、声を張った。
「ただいま。帰ったぞ」
次の瞬間、
ばたばたと足音がして、娘たちが飛び出してくる。
「ちちさま!」
座り込み、二人を抱き寄せた。
この様子を見る限り――
奥では、昇進祝いの準備でもしていたのだろう。
すぐに、お悠、松兵衛、
そして義母のお良が姿を現した。
「おかえりなさいませ。
奥で宴の準備ができております」
一夜城は奇跡の功とも言える。
この三人も、昇進は確実と踏んでいたはずだ。
「あぁ、ただいま」
少し間を置いてから、静かに告げる。
「……残念だが、足軽大将にはなれんかった」
我ながら、意地の悪い言い方だ。
「あ……」
お悠の表情が、一瞬だけ曇る。
だがすぐに、いつもの笑顔に戻った。
「そうですか。
次があります。
奥で慰労の宴を用意しております」
――強い。惚れ直しそうだ。
この切り替えの速さに、胸が温かくなる。
「お悠」
「はい?」
「足軽大将にはなれんかったが……」
一拍置く。
「殿直属の、愛知郡郡代に任じられた」
「……はい?」
面白いほど、
お悠、松兵衛、お良が同時に固まった。
三人とも、目を丸くしたまま動かない。
心配になったお明とお蘭が、
順番に揺さぶる。
「ははさま?」
「じじさま?」
「ばばさま?」
「今日は、昇進の宴だ」
「……は、はい。え?
郡代様……?」
ようやく、お悠の理解が追いつく。
「あぁ、俺も驚いた」
「弥八郎様……
郡代、それも愛知郡の、ですか?」
松兵衛とお良も、ようやく正気に戻った。
「あぁ。詳しい話は宴の席でしよう」
そう言って、笑う。
「これからやらねばならんことが、
山ほどある」
*
宴も、たけなわを過ぎた頃。
お明とお蘭ははしゃぎすぎて、
すでにお良に抱かれ、すやすやと眠っている。
秀政は、杯を置き、唐突に切り出した。
「俺には、信用できる家臣がいない」
松兵衛が、静かに頷く。
「そうでしょうな。
これほど急に立場が広がれば……」
「あぁ。
明日には代官たちと顔合わせだ。
使える者は使う。
使えぬ者は、容赦なく切る」
言葉は淡々としているが、覚悟は固い。
「譜代と癒着している者もいるだろう。
邪魔されてはかなわん。
殿の名のもとに、一新する」
「そうなれば、ますます人が足りませぬな」
「最悪、義父殿が推薦する者を使う。
育てるしかない」
「……承知しました。
見どころのある者を、探しておきましょう」
「それとな」
秀政は、お悠と松兵衛を見た。
「二人を、俺の筆頭家臣、芋粥家の家老にする」
「はい」
松兵衛は即答した。
「千種屋をここまで導いてくださった御恩、
必ずお返しいたします」
「弥八様……私も、ですか?」
お悠が、戸惑いながら尋ねる。
「女子ですが……」
「この日ノ本にはな、
姫武将と呼ばれる女子がいる」
(ゲームの中だけだがな……)
「遠江の井伊直虎、
豊後の立花誾千代や妙林尼、
武蔵の甲斐姫、伊予の鶴姫……
数え始めたら山ほどおるぞ」
(……直虎以外、まだ生まれても
おらんが、まぁ分かるまい)
「尾張には――
芋粥悠がいる」
お悠を真っ直ぐ見る。
「お前は、その者たちに決して劣らん」
「……はい」
小さく、しかし力強く頷いた。
「問題は、山ほどある。
兵を養うには金が要る。
兵を率いる将も必要だ」
(俺は武力も統率も三十台の
ポンコツ政治地味武将だからな……)
「当ては、おありですか?」
「……いや。
これも新たに見つけ、育てる」
(有力武将を無闇に動かすと、
歴史が歪む恐れがある。
それは、俺の知識を殺す)
「だからこそ、何より金だ」
秀政は一呼吸置いた。
「郡代になったことで、
年に百貫の俸禄を得た。
足軽組頭の十倍だ」
「まぁ……そんなに!」
お悠が、素直に驚く。
「だが、足りん」
「……え?」
「義父殿、頼みがある」
「何でございましょう」
「先ほど義父殿を家臣にすると言った手前、
言いにくいが、家臣である前に、義父でもある。
毎年五百貫の小遣いを俺にくれ」
「ご……五百貫!?」
「代わりに、俺の権限で
千貫以上は稼がせてやる」
淡々と言う。
「俺が着服はできん。
だから義父殿を富ませ、
そこから小遣いとして受け取る」
「……承知しました」
松兵衛は、腹をくくった顔で頷いた。
「五百貫とは……
大名家のご家老の俸禄並みですな」
「あぁ、家老並みだ」
秀政は、はっきり言った。
「この地位にあるうちに、
家老並みの地盤を築く」
(それくらいやらねば、
秀吉に認めてもらえん。
それに……
柴田たち、譜代ともやりあうには
こちらも家老並みに強くなければな)
杯を置き、立ち上がる。
「明日から、やることが山積みだ」
三人が姿勢を正す。
「お悠、義父殿。
明日から頼む」
「「はっ!」」
こうして――
郡代・芋粥弥八郎秀政の第一歩は、
静かに踏み出された。
秀吉に置いていかれるわけにはいかない……。
その“過剰な"焦りを胸に。




