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第二話 芋粥弥八郎秀政、名を通す

村を離れて、しばらく歩いた。


背後では、まだ黒煙が空に伸びている。

振り返る気にはなれなかった。


足が止まったのは、林の縁だった。


そこに――倒れている男がいた。


鎧姿。

槍を握ったまま、胸から血を流している。


今川の足軽だ。


喉が鳴った。


(……無理だろ)


頭では分かっている。

武器がなければ、生き残れない。


だが、体が拒絶する。

現代日本で生きてきた俺にとって、人の死体は“触れてはいけないもの”だった。


――だが。


焼かれた村。

斬られた農民。

「おっ父もおっ母も死んだ」と言われた言葉。


丸腰のままでは、次は俺だ。


「……悪い」


誰に向けた言葉かも分からず、そう呟いた。


震える手で、胴丸を外す。

血で濡れて、冷たい。


脛当て、兜。

最後に、槍。


ずしりと重みが伝わる。


吐き気が込み上げた。

だが、手放さなかった。


(これがないと、生きられない)


鎧を身につける。


ぎこちない。

だが、確かに違った。


裸の百姓ではない。

――足軽の姿だ。


槍を握り、深く息を吸う。


「行くぞ」


向かう先は、街道。

焚き火の明かりが、木々の向こうに見えた。



林の中。


十数人の男たちが焚き火を囲んでいた。

鎧は揃っておらず、誰もが疲労困憊の顔をしている。


――敗残兵。


俺は、足を引きずるように近づいた。


「……よう」


一人が睨みつけてくる。


「どこの者だ」


間髪入れず、答えた。


「落城しちまったが――

 西曲輪の隊の者じゃ」


数人が顔を見合わせる。


「城が持たなかった。

 仲間は……皆やられた」


嘘ではない。

死体は、山ほど見た。


「今川に、復讐したい。

 一人じゃどうにもならん。

 隊に入れてくれ」


沈黙。


その時――


「あー……」


若い足軽が、俺を指差した。


「こいつ、見たことあるぞ」


心臓が跳ねる。


「二の森村の若い衆じゃ!」


空気が変わった。


「織田の地だ。

 今川の者じゃねぇな」


よし、通った。


「名は?」


年嵩の男が問う。


俺は一歩前に出た。


「弥八郎秀政だ」


一瞬の沈黙。


「……百姓のくせに。

 忌み名があるんかえ?」


失笑が漏れる。


想定通りだ。


俺は顔を上げ、声を張った。


「――俺は百姓じゃねぇ!」


焚き火がはぜる。


「侍じゃ!」


足軽でもなく侍と名乗った。

ざわり。


「俺の名は――」


間を置き、はっきりと。


「芋粥 弥八郎 秀政」


爆笑。


「芋粥ぅ?」

「馬鹿な名字やのう!」

「やはり百姓やないか!」


俺は、鼻で笑った。


「……オメェら、なんも知らんのやな」


笑いが止まる。


「芋粥家はな、

 備前では赤松様の侍大将にまでなった由緒正しき名家じゃぞ」


完全なでまかせだ。


だが、ここは尾張、この場の誰も

備前のことなど詳しく知らない。


「戦で家は潰れた。

 俺は流れ流れて、この地におる」


沈黙。


復讐。

没落。

名だけ残った侍。


――戦国で、最も“ありふれた”話。

そして侍大将の家系というだけで一目置かれる。


年嵩の男が、俺をじっと見た。


「……使えるか?」


俺は即答した。


「今川の動きは知っている。

 次、どこを焼くかもな」


嘘と知識の境界線。


男は短く笑った。


「いいだろ。

 足軽一人、増えたところで変わらん」


焚き火を指す。


「座れ、弥八郎」


その呼び方を聞いて、

胸の奥が、熱くなった。


名が、通った。


芋粥は、笑われなかった。



焚き火の前で、槍を握る。


(まただ)


心の中で呟く。


また、芋粥で天下を取るルートか。

いや、今回は武将プレイだから多少勝手が違うな。

まずは足軽頭を目指す。しかも織田で。


今度は、ゲームじゃない。

血の匂いがする、現実だ。


それでも。


「天下取ったるわ」


小さく、そう呟いた。

桶狭間は、もうすぐだ。

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