表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第一章 足軽組頭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/38

第十五話 名を残すも、功足らず

坂祝砦。


安藤弥三郎が討たれてから、数日が過ぎた。


秀吉は代理卒長として砦の中央に立ち、

秀政はその傍らで陣を支えていた。


夜襲の後――

敵は、静かになった。


だが、それは引いたのではない。

昼に来ると分かっていた。



初日の昼。


川向こうの林が、ざわついた。


「来るぞ!」


声が上がる。


敵兵は、百に満たない。

だが、まとまって動いている。


「矢、三列!

 引き付けてから撃て!」


秀吉の声が飛ぶ。


矢が放たれ、

敵の先頭が崩れる。


それでも、敵は引かない。


「槍、出すな!

 土塁から落とせ!」


秀政が叫ぶ。


石。

槍尻。

盾ごと突き落とされる敵。


昼攻めは、二刻ほどで終わった。



二日目。


今度は、場所を変えてきた。


「南だ!」


「いや、陽動だ!

 本命は東だ!」


秀政が即断する。


伍長が迷わず動く。


敵は突破できず、引いた。



三日目。


また来た。


数は少ない。

だが、執拗だ。


「……しつこいの」


年配の伍長が、唾を吐く。


「敵も焦っておる。

 まともに考えれば、

 この砦は疲弊しきっているはずだ」


秀吉が言った。


「だが、力攻めで落とせん。

 安藤の頃よりもまとまっておるからな。

 焦りもする」


この日も、砦は持ちこたえた。



四日目。


敵は来なかった。


「……今日は来んか」


「来んのではない。

 様子を見とる」


秀政は、そう答えた。


砦の中では、

兵が自然と自分の持ち場に就いていた。


命じなくても、だ。


(……これが“守れる陣”か)


秀政は、そう思った。



五日目の朝。


土煙が、遠くに立った。


「……味方だ」


猿啄城からの援軍だった。


新たに差し向けられた足軽大将が、

正式な卒長として砦に入る。


兵の数は、十分。

兵糧もある。


明らかに、体制の立て直しだった。


秀吉は、前に出る。


「坂祝砦、これより引き継ぐ」


敵の動き。

攻めてきた時刻。

攻め口。


すべて、簡潔に伝えた。


新たな卒長は、何度も頷いた。


「よく、持たせたな」


その一言に、

秀吉は小さく頭を下げた。



そして――


信長の命が届く。


「木下藤吉郎、芋粥弥八郎。

 清洲へ戻れ」


二人は、撤収の準備を始めた。


伍長たちが、集まってくる。


「……もう行かれるのですか」


若い伍長が、名残惜しそうに言った。


「殿の命じゃ」


秀吉は答える。


「ここは、もう任せられる」


年配の伍長が、深く頭を下げた。


「……あんた達がおる間、

 敵は一度も土塁を越えられんかった」


秀政は、静かに言う。


「それは、お前達が踏ん張ったからだ」



砦を背にする。


秀吉が、ぽつりと漏らした。


「……この後、どうなると思う?」


秀政は、少し間を置いて答えた。


「落ちるやもしれん」


即答だった。


「あの状態で持ちこたえたのは上々よ。

 それは、秀吉、

 お前がよぉ動いたからだ。

 新しい大将も聞いたことがない。

 小者かもしれん」


秀吉は、苦笑した。


「やけにわしを買っておるの、芋」


――数日後。


坂祝砦は、落ちた。


後任の卒長では、

敵の昼攻めを、三度耐えられなかったという。


だがそれを、

今の二人は、まだ知らない。



清洲城。


戻った二人は、そのまま登城を命じられた。


広間には、すでに信長がいた。


「……猿、芋」


低く、よく通る声。


二人は、揃って平伏する。


「坂祝砦の件、子細は聞いている」


秀吉の喉が鳴った。


「猿と芋は――」


信長は、はっきりと言った。


「足軽大将の器は、すでに備えておるな」


一瞬。


秀吉の顔が、ぱっと明るくなる。


「と、殿……!」


胸を張りかけた、その瞬間だった。


「だが」


信長の声が、冷える。


「今、足軽大将にしてやることはできん」


秀吉の表情が、固まった。


「……なぜ、でございましょうか」


信長は、淡々と続ける。


「お前達から引き継いだ三日後、

 坂祝砦は落ちた」


二人の肩が、わずかに揺れた。


「後の卒長では、

 こらえきれんかったようだ」


「……」


「お前達の働きは認める。

 あの夜、砦が持ったのは、

 お前達が“将として立った”からだ」


秀政は、歯を食いしばった。


「だがな」


信長は、二人を見下ろす。


「砦は落ちた」


一呼吸おいて続ける。


「守り切れなかった砦の手柄話で、

 お前達を昇進させれば、角が立つ」


秀吉は、拳を握り締めた。


「功が足りぬ、ということですか」


「そうだ」


即答だった。


「今一つ、大功を立てよ」


秀吉は真剣な眼差しで畳を見つめている。


「それも――

 誰の目にも分かる功をだ」


信長は、背を向けた。


「下がれ」


「……はっ」


広間を出る。


秀吉は、しばらく無言だった。



城下。


歩きながら、秀吉がぽつりと漏らした。


「……悔しいの」


秀政は、静かに答える。


「当然だ」


「わしらなら、もっと持たせられた」


「だが、それは“結果”になっておらん。

 俺らが足軽組頭だからだ」


秀政が秀吉の目を見た。


「もし足軽大将であれば、あの場で功を為せた」


秀吉は、唇を噛んだ。


「結果か……」


秀政が悟り切った表情で秀吉に告げる。


「成り上がるためには、結果しか見られん。

 仮にも殿が俺達の過程と将器を

 見出してくださったとしてもだ。

 頭の固い連中は結果がなければ反対する」


「柴田様や佐々殿か?」


秀吉が呟いた。


「うーむ、功を立てるしかないのう!」



その夜。


秀吉は、自分の家へ戻った。


おねが、すぐに気づく。


「……何かあったの?」


「少しな」


秀吉は、座り込んだ。


「褒められたが、昇進はお預けじゃ」


おねは、何も言わずに茶を置いた。


「悔しい?」


「当たり前じゃ」


「なら、ええ」


おねは、にっこりと笑った。


「悔しいってことは、

 まだ上を見とる証拠じゃ」


秀吉は、顔を上げた。


「悔しくなくなったら、

 それで終いよ」


その言葉に、秀吉は小さく笑った。


「……おね、お前は恐ろしい女じゃ」


「今さら?」



一方。


秀政の家。


お悠は、玄関で待っていた。


「……お帰りなさいませ」


「ただいま」


秀政は、鎧を下ろした。


「昇進は?」


「見送りだ」


お悠は、一瞬だけ目を伏せ――


そして、穏やかに言った。


「当然だと思います」


秀政が、目を瞬かせる。


「理由を聞いても?」


「“守れた”ではなく、

 “名を残した”だけに見えるからです」


秀政は、息を吐いた。


「厳しいな」


「ですが」


お悠は、はっきり言った。


「弥八様が将として立ったから、

 あの五日があった――それは、事実です」


秀政は、黙って頷いた。


「次は?」


「次は――」


秀政は、遠くを見る。


「誰が見ても、

 守り切ったと言わせる」


お悠は、微笑んだ。


「では、その時は」


「?」


「昇進祝いを考えておきます」


秀政は、思わず笑った。



「何はともあれ、

 無事にご帰還いただけただけでも

 嬉しゅうございます」


おねとお悠が、別の場所、同じ時に、

口を揃えて言った。


その夜。


二人は、それぞれの家で思った。


まだ足りない。

だが――


確実に、将へ近づいている。


次に必要なのは、

言い訳の効かない“勝ち”だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ