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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百二十九話 浅野の家族

北畠が滅んで、十日ほどが過ぎていた。



浅野との話の最中、

廊下の向こうで、足音が止まった。


「殿。千種松次郎様がお見えにございます」


秀政は顔を上げる。


「……通せ」


浅野に目を向ける。


「席を外してくれ」


「は」


浅野が立ち上がろうとしたその時、

障子の向こうから声がした。


「そのままで構いませぬ、義兄上」


すっと障子が開く。


政親が入ってきた。


変わらぬ顔、

秀政は口元を緩める。


「……久しいな」


「ご無沙汰しております」


一礼。


顔を上げる。


「本日は、祝ってもらいに来ました」


「祝い?」


「はい。浅野殿も、どうぞそのまま」


浅野はその場に残り、座りなおす。


政親が軽く手を打つ。


「お入りなされ」


少し遅れて、一人の少女が入ってきた。


静かに歩く。


だが、その足取りにはわずかな緊張が混じっている。


浅野からの報が頭をよぎる。

なるほど、北畠の血か――

ひと目で分かる。


秀政の目が細くなる。


「……ほう?」


政親が口を開く。


「この度、好いた女子を見つけ申した」


あまりにあっさりと言う。


「御影と申します」


少女が、深く頭を下げる。


「御影にございます……」


声は小さいが、震えてはいない。


政親が続ける。


「妻に迎えたく存じます」


秀政は一瞬だけ沈黙した。

それから、ふっと笑う。


「そうか」


軽く頷く。


「お前が、な」


政親は何も言わない。


御影は頬をわずかに染めている。

その様子は、嘘ではない。


「めでたいことだ」


秀政は言った。


「祝おう」


政親が頭を下げる。


「ありがとうございます」


少しだけ、空気が和らぐ。


少女の所作を一瞥してから、

秀政はわざと軽く笑った。


敢えて冗談を言って、

政親の反応を探る。


「ずいぶんと、良いところの姫に見えるな。


 桑名の復興もほどほどにして、

 京で公家の娘にでも求婚しておったか?」


場の空気がわずかに緩む。

だが、政親は崩れない。


「義兄上は、

 そのような暇はお与えになりませぬ」


淡々と返す。

そして、迷いなく続けた。


「御影は――北畠の姫にございます」


秀政の目が、わずかに細くなる。


(……隠さぬか)


政親はそのまま言葉を重ねる。


「不幸にも、北畠は滅びました。


 ですが、私と御影が両家の鎹となれば、

 北畠の血は残ります」


理屈は通っている。

あまりにも、通りすぎている。


秀政は小さく頷いた。


「そうか。それは良い」


それだけ言った。


(……やはり、そこか。


 北畠を残すのではない。名を残すつもりだな。

 相変わらずだ。合理で、人を切る)


一瞬だけ、御影を見る。

まだ何も知らぬ顔。

そして、本当に政親に惚れているようだ。

幸せそうな顔をしている。


(……この娘が不幸にならねばよいが……)


そして視線を外す。


(ここで止めはしない。


 確かに芋粥にとって利はあるだろう。


 だが――

 これは洗脳と変わらんぞ?


 それとも本当に惚れたか?)


再びからかうように、

秀政が尋ねる。


「政親。

 御影殿の、どこに惚れた?」


御影がわずかに息を呑む。


政親は、間を置かず答えた。


「義兄上」


静かに笑う。


「姉上のどこに惚れたかと、

 ここで問われてお答えになりますか?」


笑顔のまま、一拍。


「自分が困る問いは、およしくだされ」


整った答え。


崩れない。


秀政は、わずかに目を細めた。


(……相変わらずだ。


 隙がない。


 だがな、政親……、

 お前はやはり、近くに置けん)


御影が困ったように微笑む。

場は和やかだ。


(……この娘は、

 不幸にしたくないな。


 お悠にも可愛がるよう、

 頼んでおこう)


「御影殿、今後とも政親を頼みますぞ」


「はい」


「もし、何かお困りのことがあれば、

 我が妻、お悠にご相談なされ。


 何でも助けになります。


 義姉となります。

 御遠慮なく」


「はい、ご配慮ありがとうございます」


「それでは義兄上。

 私はこれから父と姉にもご報告してきます」


「あぁ。政成も喜ぶだろう。

 千種の血を早く残してやれ」


「はい、義兄上。

 一点だけ、お願いがございます」


「何だ?」


「北畠は織田に敵対した家。

 大殿様には、念のため許可を取っておいていただけませんか?


 私が北畠の名跡と官位を継ぎ、

 伊勢を安定させますゆえ」


(……伊勢の安定か。

 結局、名跡と官位が目当てか……。


 伊勢のためであれば殿もお許し下さるとは思うが……)


「分かった。伊勢攻略を終えた報告時に、

 ご相談しておく」


「ありがとうございます。

 それでは我らはこれにて」



政親たちが去った後。


しばらくして、秀政が口を開いた。


「あの政親が、嫁か」


軽く息を吐く。


「あいつも――

 変わると思うか?」


浅野は少しだけ考えて、

静かに答える。


「……分かりませぬ」


秀政は苦笑する。


「そうか」


一拍おいて、ふと思い出したように言う。


「そういえば、浅野。

 お前の家のことは、あまり聞かんな。


 まさか忍びとなると――

 嫁も飾りのようなものか?」


浅野の声がわずかに強まる。


「殿。

 忍びを、何とお思いか。


 拙者とて人の子。

 妻には情もござる」


秀政は黙って頷く。


「おぉ、すまぬ。

 だが、妻を大事にするのは良いことだ」


浅野は続けた。


「兄の許しを得て芋粥の家老として、

 伊賀を抜ける際に妻・志乃も、

 里から那古野へ連れ出し申した。


 ただ――

 男子は里のもの。


 当時二十一と十七の倅は、

 置いて参りました」


「……生き別れか」


「今は兄の下で中忍を務めております」


淡々としているが、重い。


「娘二人は連れて参りました」


「もう嫁に?」


「はい、長女は千代と申しますが、

 侍大将の加治田左馬助正勝に

 嫁がせました。


 赤備え戦では守りの要として、

 右翼を率いた男です」


「あぁ、あの加治田か!

 あれはお前の縁者か!」


「はい」


「次女は綾芽と申します。

 十六になり申した。


 嫁ぎ先を探しております。


 九鬼や白子辺りと結ぶのもありかと」


「そうだな」


(浅野は浅野で芋粥家内で勢力を作っているわけか。


 こいつは忠義に厚いし、冷静沈着だ。

 派閥に巻き込まれる心配はあるまい)


「武家浅野の家を継がせるため側室・佐和も迎え、

 佐和から今六つになる長男と、三つになる娘を得ました。


 ですが、志乃もまた男子を生みました。

 三つになる嫡男が浅野の跡継ぎです」


秀政が小さく笑う。


「そうか、お前もその年でやるではないか」


そして、ふと視線を上げる。


「……待て、浅野」


空気が変わる。


「伊賀は、外の代官を嫌う」


「は」


「だが、身内を繋ぎとするなら従うとも聞く」


浅野の目がわずかに動く。


秀政はゆっくりと言葉を重ねた。


「お前は藤林の分家の中忍家の出」


「……は」


「忍びは、武家の格を尊ぶ。

 いや――羨む、と言った方がよいか」


浅野は否定しない。


秀政は続ける。


「中忍の出とはいえ、

 今のお前は伊勢芋粥の三番家老だ。


 上忍よりも、家格は上となった。


 藤林とも容易に繋がろう?」


浅野が静かに頷く。


「その通りにございます」


「ならば――」


秀政の声が低くなる。


「お前の倅も、伊賀では一目置かれているのではないか?」


浅野は迷わず答えた。


「は。

 それは、そうでございます」


わずかに、誇りが混じる。


秀政が頷く。


「ならば使える」


そして言い切る。


「芋粥側はお前。

 伊賀側は、お前の倅」


浅野の口元がわずかに緩む。


「……いえ、さすがに倅では芋粥の繋ぎは、

 任せてもらえませぬ」


「なら、お前が直接藤林と話をできぬか?」


「で、出来はしますが……。

 拙者も上忍家の前に出ると委縮します。


 出来ればお会いしとうもないのですが……」


「赤備えも恐れぬお前が上忍相手では恐れるか」


浅野が少し恥じながら黙る。


「まぁ、生まれたときから格が違う相手だ。

 確かに気持ちの上では難しかろう」


「……拙者も伊賀調略では前に出るべきだとは、

 わかっておりました。


 ですが、上忍家との交渉を思えば、

 二の足を踏んでおりました。


 申し訳ありませぬ。


 ですが、伊賀を調略するには拙者が適任」


さらに一歩踏み込む。


「言うてはおりませんだが、

 拙者の妻は百地の分家、阿山の出。


 これで藤林、百地の二つの上忍家とも、

 縁がございます」


秀政が思わず笑う。


「おいおい……」


「伊賀を懐柔する足掛かりが、

 ここに転がっておるではないか」


浅野も静かに頷いた。


「はい」


秀政の目が鋭くなる。


「決まったな、やれるか?」


「はい、気は進みませぬが、

 殿のご命令とあらば」


口角が上がる。


「浅野、上忍家と繋ぎを持て」


低く言う。


「次は、伊賀だ」


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― 新着の感想 ―
伊賀は土地としては全体で豊臣政権下ですら10万石の土地ですが,勢力が大小入り乱れ,どこにでも要塞がある.ヨーロッパのスイスみたいな厄介な土地です. 戦をすると勝つことはできても,忍という精兵に要塞の多…
政親にとって本来、最大の後ろ盾な主人公と最強の味方の政成に警戒されてるのが不要なリスクなのです。 いかに政親の頭がよくてもその一点で台無しにしているのが惜しいですね。 本来もっと簡単な難易度を激難しく…
芋殿が血族の情を見落とした結果今の状況を招きましたが、それとはまた違うベクトルで政親も情を見誤ってやらかしそうな気配がありますね……腹心のはずの神崎の為人が見えてこないのも気になりますし 九鬼と盟を…
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