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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百二十八話 北畠の最期

第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)開幕

稲生館。


書付に目を通していた秀政が、

ふと顔を上げた。


気配。


「……入れ」


障子が開き、浅野が入る。


無駄のない動きで膝をつく。


「何かあったか?」


「はい」


秀政は短く問う。


「桑名か?」


「いかにも」


即答。


「政親殿、桑名城の二の丸にて

 志摩北畠の要人を保護している模様」


秀政の眉がわずかに動く。


「……北畠の?」


「はい。

 特に隠す気はなさそうです。

 こちらも探りを入れるまでもなく」


「そうか」


しばし沈黙が落ち、

秀政は机を指で軽く叩いた。


「政親が、な」


低く呟く。


「他は?」


「変わりませぬ。

 復興に力を入れておられます」


「そうか」


再び沈黙。


(何だ?


 北畠の要人を、なぜ抱える?


 もはや滅ぶ家だぞ)


思考を巡らせる。

だが、答えが出ない。


(分からん)


小さく息を吐く。


「浅野」


「は」


「お前はどう見る?」


浅野は一瞬だけ考えた。


そして、淡々と答える。


「北畠の断絶を避けるおつもりかと」


秀政が目を向ける。


「……続けろ」


「北畠を根切りにすれば、

 朝廷や公家衆の印象が悪くなります」


静かに言う。


「政親殿は、その“怒りの抜け道”を

 用意されているのではないかと」


秀政は黙って聞いている。


「北畠の血を残し、

 形だけでも家を繋げる。


 それにより、

 芋粥への反発を和らげる」


一拍。


「……そのようにも見えます」


一見、理にかなっている。


政親が、それだけで動くか?

言いかけてやめた。


(もし浅野の推測が正しいなら……

 それなら、なぜその枝葉の志摩北畠だ?

 雅千代を出家させ、寺に入れる方が、

 よほど伊勢の民の心を開けるぞ)


だが、秀政は小さく首を振った。


「それなら、いい」


短く言う。


(いつの間にか俺の方が、

 政親に対して否定的な感覚を持つようになったか。


 浅野の意見は中立的、客観的なものだ)


沈黙。


「浅野」


「は」


「警戒は怠るな」


一拍。


「は」


「……俺は近々、霧山御所を攻める。

 長政の初陣だ。


 それに……名門北畠の最期は、

 俺自身が見届けるのが礼儀というものだ。


 大した戦にもならんだろう。

 長政にとっては、つまらん初陣になるかもしれん。


 なにしろ、家が滅ぶということを

 見せるためだけに連れて行くようなものだ」


「いえ、それも武家にとっては大事なことです。

 誰もが明日は我が身と言えますから」


「浅野、留守は任せた。

 桑名は引き続き、様子を見ておいてくれ」


浅野は深く頭を下げた。


「は」



天正三年三月十五日。


遂に秀政は霧山御所攻めを命じた。


今回は総大将は秀政本人。

副将は長政、そして大河内で合流する鷺山。


秀政、長政が率いる鈴鹿からは千、

大河内で鷺山軍団が率いる五百が出陣し、

合計千五百で霧山御所を攻める。



霧がまだ地を這うように漂う早朝。


秀政の鬼備前鎧の支度を終えたお悠は、

そのまま静かに長政の前へ向き直った。


明はその隣で、

胸の前で手を握りしめたまま、

長政を不安そうに見つめている。


「長政、こちらへ」


お悠が優しく声をかける。


長政は緊張を隠しきれず、

しかし背筋だけはしっかり伸ばして歩み寄った。


お悠は、明に見せるように、

ひとつひとつの動作を、

丁寧に説明しながら鎧を着せていく。


「まず胴を……

 はい、息を少し吸って」


長政が息を吸うと、

お悠は素早く紐を締め、

余った紐を美しく折り返す。


明はその手元をじっと見つめていた。


「草摺の糸は白藍にいたしました。

 若武者らしく、爽やかです」


明が静かに感想を述べる。


「……とても似合っています」


お悠は微笑み、

籠手を長政の腕にそっと通す。


「籠手は軽いものを。

 長政はまだお若い。

 重さで動きを鈍らせてはなりません」


「義母上、そんなことまで……」


「武具は守るものでございますから」


明は小さく頷き、

長政の横顔を見つめた。


お悠は脛当てを締め、

最後に兜を両手で持ち上げた。


銀の若葉の前立てが、

朝の光を受けて静かに光る。



「……これは、長政のために選びました。

 若葉のように、まっすぐ育ってほしいと」


「ありがとうございます」


お悠は兜をそっと載せ、

顎紐を結ぶ。


その手つきは、

まるで幼い頃に着物を着せていた時のように優しかった。


「……これで、よろしゅうございます」


長政は深く息を吸い、

明の方へ向き直った。


兜の下から覗く瞳は、

まだ幼さを残しながらも、

確かに武士のそれになっていた。


「……明、行ってきます」


明は一歩近づき、

長政の両目をまっすぐに見つめ返した。


「……長政様」


一瞬、言葉が詰まる。


しかし次の瞬間、

明は強く、はっきりと言った。


「ご武運を」


「……うん」


二人の間に、

静かで、

しかし確かな絆が結ばれた。


その背後で、

鬼備前鎧をまとった秀政が、

静かに二人を見守っていた。


「長政。行くぞ」


「はい、義父上」


長政は振り返らず、

しかし一度だけ拳を握りしめて歩き出した。


明はその背中を、

涙をこらえながら見送った。


「明、大丈夫です。

 父様がついていますよ。


 鬼備前はいつも笑顔で返ってきて、

 あなたを抱き上げて下さったでしょ?


 今回も長政を連れて、

 笑顔で返ってきてくれます」


「はい、母様」



鈴鹿から千を率いた秀政・長政の軍勢は、

大河内で鷺山軍団五百を加え、

総勢一千五百。


霧山御所に近づくと、


周囲の国人衆は――


誰も動かず、


誰も助けず、


抵抗の気配すらなかった。


ただ、自邸に閉じこもるのみ。


「……やはり、そういうことか」


「義父上……?」


「北畠は、国人衆に支えられる大名だ。

 だが、もう終わっている」


初日。


その日の戦闘は、

霧山御所からの散発的な矢だけだった。



二日目。


秀政は正攻法を取る。


降伏勧告。


北畠具教の切腹をもって、

開城すれば城兵の命は助けると伝えた。


しかし、霧山御所から返ってきたのは――


「我らは北畠の臣。

 最後まで御所を守る」


という短い返答。


長政はその言葉に胸がざわつく。


「……義父上。

 彼らは、なぜ戦うのでしょう」


「誇りだ。

 だが誇りだけでは国は守れぬ」



三日目。


霧山御所は山中の小規模な館で、

兵糧は多くない。


秀政は攻め急がず、

兵糧攻め に切り替える。



四日目。


霧山御所の兵の中から、

夜陰に紛れて数名が逃げ出し、

秀政軍に捕らえられた。


「兵糧が尽きます……

 水も……

 もう持ちませぬ……」


秀政は静かに頷く。


「義父上……

 もう、戦えないのでは?」


「それでも、武士は最後まで形を守る。

 明日が山だ」



五日目。


夜明け前。

霧山御所から白旗が上がる。


しかし――

門は開かない。


秀政は察した。


「……自害か」


「……っ」


やがて、

御所の中から太鼓の音が一度だけ響き、

静かに消えた。


北畠の家臣たちは、

主君を守るためではなく、

“北畠の名を汚さぬため” に死を選んだ。


門が開かれた時、

御所の中は静寂に包まれていた。


長政はその光景を見て、

初めて“戦の重さ”を知る。


「長政。

 これが戦だ。

 勝つことより、

 終わらせることの方が難しい」


「……はい」



霧山御所の門が、

きしむような音を立てて開いた。


中は、

異様なほど静かだった。


血の匂いも、

怒号も、

悲鳴もない。


ただ、

死の静寂だけが満ちていた。


秀政は長政を伴い、

ゆっくりと御所の中へ足を踏み入れた。


広間には、

北畠の家臣たちが整然と並んで座し、

そのまま動かぬ姿となっていた。


腹に短刀を抱え、

顔を正面に向け、

衣服を正したまま。


「……見事な最期だ」


長政は言葉を失い、

ただその光景を見つめる。


お悠が選んだ白藍の鎧が、

わずかに震えていた。


広間の奥には、

北畠家の宝物が整然と置かれていた。


太刀、甲冑、文書、家伝の品々。


どれも埃ひとつついていない。


「……焼かずに残したのは立派だ。

 これらは家が滅びても後世まで残る」


黙ってそれらを見つめる長政。


「義父上……これが……」


秀政が代わりに答えた。


「家が滅びる時の姿だ」


その奥に、

ひときわ小さな白布があった。


秀政は近づき、

そっと布をめくった。


そこには――

まだ乳飲み子の雅千代が、

乳母の腕の中で冷たくなっていた。


秀政は息を呑み、

膝をついた。


「……寺に預ければ、生きられた。

 誇りのために、赤子まで道連れにするか……

 何のための武士か……」


長政は初めて、

“戦”が奪うものの大きさを知った。


さらに奥。


具教の亡骸が、

正座の姿勢のまま静かに横たわっていた。


その傍らには、

具教が常に佩いた名刀が置かれている。


秀政はしばらく黙し、

やがて静かに言った。


「首は取らぬ。

 国を失った以上、

 もはや首に価値はない」


「……では、どうされますか」


「具教殿の亡骸は、

 そのまま菩提寺へ届けよ」


そして具教の刀を見つめる。


「この刀は……具教殿の魂そのものだ。

 これも菩提寺へ」


秀政は振り返り、

家臣に命じた。


「他の家宝はすべて、

 殿が居られる岐阜へ運び出せ」


長政はその言葉を聞き、

胸の奥がざわついた。


秀政は長政の肩に手を置いた。


「長政、見たな?

 これが滅びる者の末路だ」


「……はい」


「武士は、

 この滅びと隣り合わせで生きている」


長政は拳を握りしめた。


「必死に戦え。

 それが家を守るということだ」


「……義父上。

 私は……

 必ず、家を守ります」


秀政は静かに頷いた。


「それでよい。

 それでこそ、芋粥の世継ぎだ」


霧山御所の静寂の中、

長政の初陣は、

確かに“武士としての第一歩”となった。


秀政が北畠の最期に対して、

礼を尽くして扱ったことで、

公家や北畠派の国人衆の反発をかき消した。

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― 新着の感想 ―
伊勢って内政や水軍鍛えてたら信長さん(尾張)経済封鎖して弱体出来る位置にあるのに勿体ない
お悠さんは良き妻であり良き母であり出来た官僚ですね
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