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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第八章 伊勢太守編(国作り編)

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第百二十三話 回り始めた国

天正二年十一月中旬。


稲生館。


湿りを帯びた空気の中、

秀政は静かに書付を見ていた。


足音。


「若殿、竹内、戻りました」


障子の向こうから声がする。


「入れ」


二人が入室する。


長政と竹内が、

潮の匂いを残したまま、頭を下げる。


「九鬼嘉隆――中立を約しました」


短く、だが確かな声。


秀政は顔を上げる。


「……そうか」


あえて一拍おく。


「よくやった」


長政の肩がわずかに緩む。


竹内が小さく息を吐く。


秀政は二人を見据える。


「軽い仕事ではなかったはずだ」


「はい」


長政が答える。


「九鬼は、最後まで試して参りました」


「当然だ」


秀政は頷く。


「海の者は利を見る。


 だが、それ以上に“裏切らぬか”を見る」


少しだけ表情を緩める。


「信用してもらえたな」


静かに言う。


「それでよい」


竹内が苦笑する。


「……肝が冷えましたが」


「それがどうした?」


秀政は言い切る。


「肝が冷える仕事をせぬ者に、

 国は任せられぬ」


その言葉に、二人が姿勢を正す。


「しかし、よくやった」


もう一度、はっきりと。


その時、外で足音が重なった。


「殿!鷺山様より急使!」


秀政が目を向ける。


「通せ」


兵が入り、文を差し出す。


秀政はそれを開いた。


一瞬の沈黙。


そして、口元がわずかに上がる。


「……落ちたか」


長政と竹内が顔を上げる。


「鷺山は、もう鳥羽を落としたぞ」


空気が変わる。


秀政は続ける。


「見事にやりおったな」


文を読み上げる。


「兵は五百を残し、

 千五百を帰還させる。


 残兵にて新たに砦を築く――か」


使いの者に顔を向ける。


「よい、鷺山に伝えよ。

 堅牢な砦を作れ。

 北畠に二度と鳥羽を触れさせるな」


即断。


「は!」


使いの者がその言葉を携え、再び走り出す。


「守りに入る判断も早い」


文を畳む。


「これで鳥羽は、我らのものだ」


静かに言い切る。


そして、顔を上げた。


「……次は志摩だな」


空気が引き締まる。


長政と竹内に視線が向く。


「長政、竹内」


「は」


「はっ」


「もう一度、志摩へ行け」


二人の背筋が伸びる。


「今度は中立ではない」


一拍。


「従属を迫れ」


重い言葉。


だが、秀政は続ける。


「ただし――」


視線が鋭くなる。


「九鬼との約は守れ」


「は」


「それは、戦国にあっても捨ててはならぬ」


静かに、だが強く。


「信義だ」


竹内が頷く。


「九鬼には自治を許せ。


 半ば独立のまま、我らに従わせる。


 他の国衆も同じだ。

 押さえつけるな。

 縛りすぎれば、必ず離れる」


長政が真剣な顔で聞いている。


秀政は続ける。


「まずは九鬼だ」


指で地図を叩く。


「志摩の実質的な主。

 ここを押さえれば、七割は掌に入る。


 残りは、流れで従う」


二人を交互に見る。


「九鬼とは正式に盟を結ぶ。


 従属の形を取らせるが、

 実態は同盟に近い」


竹内が目を細める。


「……強いですね」


「強い」


秀政は即答する。


「九鬼と芋粥の連名で動けば、

 志摩の国衆は抗えぬ」


さらに言葉を重ねる。


「九鬼と敵対している者――


 安楽島、小浜、鳥羽……

 まとめて折れ。


 九鬼と我らの名でな。


 意味がわかるか?」


「いえ」


長政は素直に答える


「もはや芋粥は戦国大名だ。

 国人どもとは格が違う。


 我らの一声で、

 敵対する者でさえ、

 一箇所に集めることもできる」


長政が静かに頷く。


「……はい、分かりました。

 義父上は、今度はその格を使えと」


「そうだ、見かけの従属で十分だ。

 芋粥という大樹が盟主となり、

 志摩連合を作れば良い。


 盟主であるだけで、利は得られる」


「なるほど、それも調略の一手……」


秀政は最後に言った。


「これで志摩の海は、我らのものとなる」


にやりと笑う。


「伊勢湾の制海権を握る」


その言葉の重さが、部屋に落ちる。


「事実上――志摩は我らの領となる。


 だが」


視線を二人に向ける。


「支配ではない。


 治めるのだ」


静かに言い切る。


「行け」


長政が深く頭を下げる。


「はっ!」


竹内も続く。


「はっ!」


二人は立ち上がる。


その背は、先ほどよりもわずかに大きく見えた。


秀政はそれを見送りながら、地図へと目を落とす。



秀政は立ち上がって、兵に告げる。


「千種屋の屋敷に参る。


 誰か訪れたなら、

 急ぎの者はそちらへ回せ。


 そうでなければ日を改めさせよ」


「は!」



稲生館を出る。


外の空気は、わずかに湿っていた。


だが――

以前とは違う。


土の匂いに、熱がある。


秀政はゆっくりと歩き出した。


まず向かったのは、水路だった。



分水路。


鈴鹿川から引かれた水が、

幾筋にも分かれて流れている。


人夫たちが、泥にまみれて働いていた。


「殿!」


南條が気づき、駆け寄る。


「ご覧ください。

 水が、ここまで来ました」


誇らしげな声。


秀政は水の流れを見つめる。


「……いい流れだ」


「はい。

 これで、この先の田も生き返ります」


水は、静かに広がっていく。


かつて干上がっていた土地へ。


秀政は足元の土を踏む。


柔らかい。


「南條」


「は」


「この先はどう見る」


南條は即座に答える。


「二百町は確実。


 この勢いが続けば、

 五百町も見えて参ります」


「欲を出しすぎじゃ。


 だが――

 止めるな」


南條が笑う。


「承知しております。

 しかし、殿は本当に博識でございますな」


「まぁな。全て南蛮技術の受け売りよ」


(いや、本当はゲームの数値上昇の裏を考えている内に、

 色々調べ、俺ならこうやる。


 それなら倍上昇するだろう。


 など考えているうちに、

 頭に残った知識だ。


 あの暇を持て余した時間が、

 そしてあのガキ臭いシミュレートが、

 まさかここでこんなに役立つとはなぁ)


「南蛮とはすごい国々ですなぁ」


「あ?あぁ、南條、これは国家機密だ。

 おいそれと吹聴するなよ」


「は!」



さらに進む。


開墾地。


まだ切り株の残る土地に、

人々が鍬を振るっている。


「石をどけろ!」


「そこは根が残っとるぞ!」


声が飛び交う。


その中に、女や子供の姿もある。


秀政が立ち止まる。


一人の男が気づき、頭を下げた。


「殿」


「苦労はないか」


「は。


 飯が食えます。


 それだけで、十分でございます」


その言葉に、周囲の者も頷く。


「ここでやり直せる。


 それがありがたい」


秀政は小さく頷いた。


「そうか」


それ以上は言わない。


だが、その場の空気がわずかに柔らぐ。



次に向かったのは、市場予定地。


仮設の市が、すでに立っていた。


荷が並び、声が飛び交う。


「安いぞ!塩だ!」


「新しい鍬だ!」


「魚もあるぞ!」


荒木が人の間を縫って現れる。


「殿、お越しでしたか」


「どうだ?」


荒木は笑う。


「人が増えました。

 物も回り始めています」


一歩、近づく。


「やはり――」


「何だ?」


「千種屋は、やりますな」


「ん?」


荒木が苦笑いしながら答える。


「荒稼ぎしておりまする。


 町を作る。市場を作る。

 これらは、商人にとって、

 儲けの種のようですな。


 まぁ、そのおかげで数段早く、

 市場ができておりますが」


「それでいい、

 商売は商人に任せるものだ」


市場を見渡す。


まだ粗い。


だが――

確かに“町”になり始めている。



さらに歩く。


白子湊。


仮の防波堤に、船が横付けされている。


荷を運ぶ声、縄を引く音がひっきりなしに続く。


そして、海の匂い。


一人の船頭が声をかけてきた。


「殿!」


「どうだ、使い勝手は?」


「上々でさぁ!


 波もだいぶ抑えられてます」


別の者が続ける。


「荷が濡れねぇのはありがてぇ!」


笑い声に活気、どこを見ても溢れる。


秀政は海を見た。


(……動いている)


人も、物も、金も。


そして――

国も。



一通り見て回り、足を止める。


遠くに、千種屋の屋敷が見えた。


新しく整えられた建物。


この地において、数少ない“整った場所”だ。


秀政は歩き出す。

今まで見てきたものを思い出す。


(戦で取っただけでは、

 国にはならん。


 こうして回り始めて、

 初めて――

 国になる)


そのまま門前へと至る。


門番が気づき、慌てて頭を下げた。


「殿、ようこそおいで下さいました!」


秀政は頷く。


「入るぞ」


そう言って、屋敷の中へと足を踏み入れた。



屋敷の奥。


とある一室の前で、秀政は足を止めた。


中から、算盤の音が途切れなく響いている。


ぱち、ぱち、ぱち。


休む間もない音に、紙をめくる音、

そして筆の走る音。


秀政は障子を静かに開けた。



中は――戦場のようであった。


十人ほどの勘定奉行が机に向かい、

誰一人として顔を上げない。


目の下には隈、額には汗、

これまでの激務が想像出来る。


そして中央には、

お悠がいた。


髪が乱れ、

目を血走らせながら、

算盤を弾いている。


ぱち、ぱち、ぱち。


書付に数字を書き込み、

承認の印を押す。

すぐに次の紙へ。


止まらない。


(……これが今の鈴鹿か)


治水、開墾、市場、湊。

そして――戦。


金が流れすぎている。


国である以上、

金の管理は止められない。


一瞬でも止まれば、崩れる。


その均衡を、この部屋が支えていた。


その時、一人の奉行が顔を上げ、

凍りつく。


「……殿?」


その一言で、空気が変わる。


お悠の手が止まった。


ゆっくりと顔を上げる。


一瞬。


そして――

慌てて立ち上がる。


乱れた髪を整えながら、外へ出てくる。


「弥八様。


 どうなさいました?」


息はわずかに荒い。


だが、声はいつも通りだ。


秀政は書付を差し出す。


「いや、鷺山より鳥羽の砦の建造費と戦費の報告があってな。


 城下を見て回るついでに、持ってきた」


お悠は受け取り、すぐに目を走らせる。


ほんの一瞬、眉がわずかに寄る。

そして――

小さく息を吐いた。


「……承知しました。


 処理いたします」


書付を横の奉行へ渡す。


それはすぐに別の手へ渡り、

さらに次へ。


流れるように回っていく。


その途中で――

一人の小さな手が、

それを受け取った。


見慣れた顔。


秀政の目が止まり、驚きの声が上がる。


「……お?」


その人物も顔を上げた。


「あ?」


わずかに驚いた声。


「父様」


「お明か」


明がぺこりと頭を下げる。


そのまま、算盤を弾きながら答える。


「はい。


 私も母様のお手伝いをしております」


ぱち、ぱち、と指が動く。


迷いがない。


秀政は少し目を細めた。


「そうか」


お悠が横から口を添える。


「どうしても手伝いたいと申しましたので。


 ですが――

 明は一度でほとんどを理解いたします。


 計算も正確で、要領も良い。


 頭の回転も速く、暗算も得意です。


 勘定の才は、どうやら受け継がれたようです」


明は照れた様子もなく、ただ手を動かし続けている。


「ここは……この数字が合いませぬね」


隣の奉行に書類を手渡す。

そして別の奉行から書類を受け取り、

さっと目を通す。


「これは後回しでいいわ、次を回して」


周囲の奉行とも自然に会話している。


秀政は小さく笑った。


「ははは」


一拍。


「芋粥の未来は、安泰だな」


明が少しだけ顔を上げる。


だがすぐにまた、手元へ視線を落とした。


(……いや)


秀政はふと視線をお悠へ向ける。


(たまには、お悠と外を歩こうと思っていたが)


部屋の中、疲れ切った顔、

それでも止まらぬ手。


(これを見ては、言えぬな)


「では、戻る」


短く告げる。


「はい」


お悠も深くは止めない。


ただ一礼した。



屋敷を出る。


再び、鈴鹿の街へ。


水が流れ、


人が働き、


声が響く。


先ほどとは違って見える。


(……回っている)


だがその裏では、

あの部屋が止まれば、すべてが止まる。


秀政は空を見上げた。


「……そろそろか」


一拍。


「政庁として、鈴鹿館を作るか。


 広い政庁があれば、

 勘定奉行の数も増やせようものだ」


静かに呟く。


その言葉は、


この地が“仮”から“本拠”へ変わる合図であった。

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― 新着の感想 ―
秀吉と違い本拠地を今作ると信長から取り上げられるなぁ、備前守与えて毛利切り取りしだいからの鈴鹿取り上げとか、本来なら丹羽の役割信孝と四国平定切り取り次第からの阿波守とかの未来が
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