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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第七章 伊勢惣奉行編(躍進編)

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第百九話 勝ち戦の影

秀政は、急ぎ白子水軍の元へ向かった。


戦はすでに終わっている。

伊勢湾には九鬼水軍の大船が並び、

長島の舟は一隻も残っていなかった。


だが秀政の顔は暗い。


井口が死んだ。


その知らせだけが、

頭の中で何度も繰り返されていた。



浜辺に着くと、

白子潮勝が出迎えた。


顔色が悪い。


深く頭を下げる。


「殿……申し訳ございませぬ」


秀政は首を振った。


「まずは話を聞かせてくれ」


潮勝は唇を噛み、語り始める。


「井口様は……

 ご子息、新右衛門様を救いに向かわれました」


秀政は黙って聞く。


「井口様は作戦を優先し、

 他の船は伊勢湾へ退かせました」


潮勝の拳が震える。


「……その結果、

 井口様を見殺しにする形になってしまいました」


声が掠れる。


「あの時、我らも残って護衛しておれば……。

 あるいは、わしがもう少し早く駆けつけておれば」


秀政はゆっくり首を振る。


「いや、お前は最善を尽くした。

 それに……」


短く言う。


「井口は、そうする男だ」


秀政は海を見た。


「だが……」


静かに続ける。


「井口が浅瀬にはまるとは思えん。

 航路は熟知していたはずだ」


潮勝も頷く。


「私も……そう思います」


そこへ、松親が駆け付けた。

急ぎ足で近づく。


「義兄上!」


息を切らしている。


「井口殿が討たれたと聞きました」


顔を歪める。


「まさか……そんなことが」


秀政は低く言った。


「浅瀬にはまったそうだ」


松親が眉を寄せる。


「井口殿に限って、そのような失敗を……」


そう言いながらも、

声は不思議と落ち着いていた。


少し考えるように目を伏せる。


「もしや……

 干潮と重なっていたのではありませんか?」


秀政が顔を上げる。


「干潮?」


松親は続けた。


「はい、新右衛門殿の兵も関船に乗せたと聞きました。

 過重量で喫水が深くなり、そこへ干潮が重なれば……」


潮勝が頷く。


「……それならば、あり得るかもしれませぬ」


秀政は目を閉じた。


「そうか……」


ゆっくり息を吐く。


「そんな不運が重なったか」


(俺も戦場を駆け抜ける内に、

 物事の違和感には気づけるようになった。


 この……井口の死には違和感がある。


 なんだ、一体)


松親が周囲を見回す。


「それに……弥九郎も見当たりませぬ」


秀政が振り向く。


「弥九郎も?」


「はい」


松親は言う。


「井口殿の傍で、水中からの援護を命じておりました」


一瞬、言葉を切る。


「もしや……関船が襲われた際、助けに入り、

 巻き込まれたのかもしれませぬ」


秀政の顔が沈む。


「弥九郎までもか……」


小さく呟いた。


松親は、少し躊躇うように言った。


「……ところで、井口殿の御遺体は?」


秀政も白子の方を見た。


松親は続けた。


「私が井口殿に水軍を任せたことで、こんなことに……」


声を落とす。


「本来なら、私が死んでいたかもしれませぬ。

 井口殿に押し付けてしまったようで……」


深く頭を下げた。


「せめて厚くご供養をしたいのですが」


潮勝が答えた。


「関船は激しく燃え、そのまま流されました」


一瞬、言葉を選ぶ。


「ご遺体も……おそらく、ご一緒に。

 この辺りは敵味方の船の残骸が散乱しており、

 探すのも困難です」


松親は静かに目を閉じた。


「……そうですか」


小さく息を吐く。


「それは残念でなりません」


松親は心の中で呟く。


(上々だ、鈎爪の証拠も炎と水の流れが、

 全て隠しきってくれる……)



秀政は拳を握った。


「井口……」


声が震える。


「このような勝ち戦で…なぜだ」


潮風が吹く。


秀政の胸にある、

わずかな違和感が消えない。


(井口は――


 あの男は、

 こんな失敗をするような男ではない。


 何かあったのではないか?


 だが……分からん)


秀政は首を振った。


「……生き残りはおらんのか?」


潮勝が静かに答える。


「井口様は慕われておりました。

 兵は皆、井口様と最後まで戦ったようです」


少し俯く。


「誰も……助かりませんでした」


秀政は目を閉じた。


「そうか」


やはり胸の奥で何かが引っかかる。


だが――

今、これ以上考えても、

どうしようもない。


秀政は海を見た。


(井口……。


 安らかに眠れ。


 この芋粥と万丸を、

 極楽から守ってくれ)


波が静かに打ち寄せていた。



秀政は白子水軍の元から、

芋粥本陣に向かって歩いていた。


「結局長島の撫で斬りが起きてしまったか……」


火に焼かれる願証寺を見つめた。


そんな時、急に声がかかった。


「芋!」


振り向くと懐かしい顔がある。


秀吉だ。


「おぉ、秀吉、久しいな。

 達者か?」


「達者も何もわしは昇り龍ぞ。

 暴れまくっとるわい」


秀政の顔に笑みが浮かぶ。


「そのようだな」


秀吉もにやりと笑って続けた。


「芋、お前も昇っとるのぉ。

 武田の赤備えを打ちのめしたとな?」


「あぁ、偶然のことだ。

 次は勝てん」


「いや、例えそうだとしてもじゃ。

 お前が武田を追い返したことで、

 織田は一気に力を増したぞ。


 いやいや、

 わしら近江勢の活躍もあったからじゃな。

 おみゃーの活躍だけじゃねぇ。


 とにかく長島もけりが付いた」


「そうだな」


「おい、耳を貸せ」


言うが早いか、耳元に顔を寄せて囁いた。


「芋、殿から聞いたんだが。

 この長島の論功行賞の場でな。


 わしは家老格になるぞ」


驚いた秀政は秀吉を引き離して、肩を叩いて喜んだ。


「そうか!お前ならそうなるだろう。

 目出度いな!」


「お、おぉ、喜んでくれるか」


そういうと再び顔を耳元に寄せ呟く。


「それだけじゃないぞ。

 まずは若狭・丹後・但馬の押さえを任されるらしい。


 その後は――

 中国攻めの総大将よ。

 切り取り次第でますます功を挙げるぞ」


(なに?!もう中国攻め?!


 そういえばそうだった。


 最近知った。

 俺が長島で忙しく、

 周りの状況の確認を怠っていたが、

 いつの間にか浅井も朝倉も滅んでいた。


 歴史が早まっている。

 歴史改変が激しすぎる。


 既に秀吉は次の敵に向かっている。

 これじゃ、織田が強くなりすぎだ。


 それにしても若狭・丹後・但馬か。

 こいつなら二年から三年あれば、

 成し遂げる。

 そこから播磨へ入るか……。


 ここでも前倒しが起きるな。


 また歴史が変わった……)


「お前もか……」


秀政が呟いた。


「ん? お前“も”?


 ということは、芋、お前もか?」


「あ、あぁ。

 俺も似たようなことは殿より聞いた」


秀吉は笑いながら、少し残念そうな顔をした。


「そうかぁ。

 お前をわしの参謀として、

 殿から頂こうと思ったんだがな。


 まぁ、わしが殿でもお前ほどの者を、

 遊ばせておく気はないわな。


 そうなるとわしと功争いか。


 それはそれで面白いな」


「あ、あぁ。お前に貰わなくても、

 俺は殿から百二十万石もらえるやもしれんぞ」


「やけに大きく出たな。

 よし、勝負じゃ!


 ふははは。

 お互い、どこまでも昇りつめようぞ」


「あぁ」


そういうと忙しそうに、秀吉は去っていった。


井口のことで沈んでいた気持ちも、少しだけ上向いた。


(長島の論功行賞か。

 数か月後だな)


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― 新着の感想 ―
どうやら天(作者様)はどうしても本能寺まで松親を生き延びさせたいようですね… 状況証拠の消滅、水蜘蛛行方不明の合理的処理…頼るべき秀政の違和感も今は秀吉の間の悪い登場と論功行賞への意識で薄れてしまいま…
軍部を支える人がいないので、没落開始。
とうとう一線を越えてしまったな。 もう後戻りは出来ないぞ。
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