第十一話 醜女という選択
女が三人、並んでいた。
場所は清洲城の一室。
広さはないが、余計な飾りもない。
信長は上座に座り、
秀吉と俺は少し下がった位置に控えている。
「さて」
信長が、面白がって言った。
「芋粥の縁談だ」
俺は、内心で息を整えた。
(……来たか)
まず、二人。
一人目は、織田家家臣の娘。
ふっくらとした頬、艶のある髪。
年の頃は十五、六。
二人目は、織田家親族筋の娘。
同じく丸顔で、姿勢がよく、物腰も柔らかい。
どちらも――
戦国の価値観で言えば、申し分のない美女だった。
秀吉が、ちらりと俺を見る。
(おいおい!
芋の分際でなんちゅー美女を世話されとるんじゃ!)
そう言いたげな顔だ。
信長は、何も言わない。
ただ、俺の反応を観察している。
(……正直に言おう)
(どちらも、好みじゃない)
悪くはない。
だが――胸が動かない。
そして、三人目。
部屋の隅に、少し離れて立っている。
背が高いわけでもない。
むしろ細い。
頬はこけ、
胸も、尻も、控えめ。
顔は細く、
目だけが、不釣り合いなほど大きい。
化粧気はない。
視線は伏せがちだが、逃げてはいない。
――戦国基準で言えば。
「醜女」
それが、正直な評価だった。
年は十八。
この時代では、完全に行き遅れだ。
秀吉が、小声で囁く。
「……最後のはな、商家の娘じゃ。
お悠と言う」
信長が、淡々と補足する。
「尾張の商人の娘だ。
帳場育ちで、頭は回るらしいがな」
「顔がな……」
秀吉が、言いにくそうに続ける。
「縁談が、ことごとく流れた」
俺は――
その瞬間、目を奪われた。
(……あ)
胸が、はっきりと鳴った。
細い輪郭。
大きな目。
(現代基準なら――美しい。
完全に、好みだ。
違う……もはや一目惚れだ)
戦国の美女。
ふくよかで、安産型で、愛想がいい。
――正直、興味がない。
だが、この女は違う。
幼すぎない。
媚びない。
それでいて、視線の奥に、知性がある。
(……これはやばい。
この女性を俺の嫁にできるのか?)
俺は、即断した。
「この人で」
秀吉が、目を剥く。
「……は?」
信長も、わずかに眉を上げた。
「……ほう」
空気が、一瞬止まる。
秀吉が慌てる。
「お、おい芋!
ちょっと待て!
ちゃんと考えたか?他にも――」
「決めた」
俺は、視線を逸らさなかった。
「この人がいい」
信長が、ゆっくりと問いかける。
「理由は?」
(まずい……
ここで顔が好みとは言えん。
一目惚れしたとも言えん)
秀吉も、じっとこちらを見ている。
――仕方ない。
俺は、一歩前に出た。
「商家の知恵は、
これから武士を支える柱になります」
信長の目が、細くなる。
「ほう」
「戦は、槍だけでは勝てません。
城、兵、金、食い物――
それを回せる女子が、
夫を支える女子が、
家には必要です。」
(足軽組頭でもない俺が、何を言っているんだろうな)
笑いがこみ上げるのを我慢して続けた。
「足軽には縁のない話かもしれません。
だが、侍大将として城持ちとなれば
この感性を持つ女子が傍にいるかどうかは
千兵に値する差が出ます」
(はったり八割)
だが、嘘ではない。
信長は、ふっと笑った。
「……実を取ったか」
秀吉が、感心したように頷く。
「さすが芋……」
(いや、顔だ。
選んだ理由は……完全に顔だ)
だが、もう止まらない。
信長が、試すように言った。
「侍大将の出というのはあながち嘘ではないようだな。
ただの足軽ではない。
見据える先が猿とは違うわ」
「と、殿!
猿めは侍大将どころか、
国持大名を見据えておりまする!」
信長はそれを無視してさらに俺に問いかけた。
「ならば聞こう。
なにゆえ、そう感じた?」
視線を、お悠へ向ける。
俺は優しい笑顔をつくって問いかけた。
「お悠、と言ったな」
「……はい」
声は小さいが、はっきりしている。
「お悠殿。
数字は、できますか?」
お悠は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに答えた。
「はい。
帳簿なら、任せてください」
俺は、息を整える。
「では、問います」
部屋の空気が、引き締まる。
「米一石は、
何人の兵を、何日養えますか?」
一瞬の沈黙。
――即答だった。
「一石は十斗。
一斗で大人一人が十日」
顔を上げる。
「ゆえに、一石で一人を百日。
または、百人を一日です」
――完璧。
(……即答!?)
俺の背筋に、震えが走る。
(当たりだ)
秀吉が、口を開けたまま固まっている。
「……おい……」
信長は、無言だ。
俺は、続ける。
「では、
千人の兵を、十日養うには?」
「百石です」
迷いはない。
「……完璧だ」
俺が、思わず呟く。
お悠は、小さく首を傾げた。
「……?」
他の小姓たちは、明らかに不満そうだ。
(女が、そんなことを考える必要があるか)
(それは侍の役目だ)
顔に書いてある。
だが――
信長だけは、違った。
「……猿」
「はっ!」
「こやつは、
良い縁を得たな」
秀吉が、慌てて頭を下げる。
「は、はは……」
信長は、俺を見る。
「芋粥」
「はっ」
「城を持てば、
この女が活きる」
「は!」
(信長に対する問答としては正解だったか)
「やはり惜しいな。
すぐに足軽大将にしてやる故、
俺に仕えぬか?」
「と、殿ぉ!それは……!」
秀吉が身を乗り出した。
「はっはっは。戯れじゃ。
猿、早ぉ、国持ちになれ。
そして城を分けてやれ」
「は、ははぁ!お任せあれ」
戦国では醜女。
現代では、理想。
俺は――
間違いなく、正しい嫁を選んだ。
それが、
戦のためか、
恋のためかは――
この時点では、
まだ自分でも分かっていなかった。




