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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第一章 足軽組頭編

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第十話 家という名の枷

秀吉の家は、妙に落ち着いていた。


隣のあばら家に住む俺は、

飯時にこうやってよく招かれた。


戦場の喧騒とは無縁の、

小さいが、よく整えられた家。


竈の火は安定し、

床には余計な物がない。


「どうじゃ、芋」


秀吉が、やけに誇らしげに言った。


「わしの家」


「……落ち着くな」


思わず本音が出た。


「じゃろ?」


秀吉は、鼻を鳴らす。


「これが“家”じゃ。

 帰る場所があるっちゅうのは、ええもんやぞ」


俺は、辺りを見回した。


「戦が多い中、

 よくこんな整った家を保てるな」


「おねのおかげじゃ」


即答だった。


「わしが散らかしても、

 何も言わんで黙って直す」


「余計なことは聞かん。

 だが、言うべきことは、必ず言う」


少し声を落とす。


「……あれがおらんかったら、

 わしはもう死んどる」


(ああ……)


少し笑みがこぼれる。


(完全に新婚の顔だ)


永禄四年。秀吉はおねと結婚した。

その新妻のおねが、土間で俺達に振舞う料理をしている。


「なぁ、芋」


秀吉が湯飲みを傾けながら言う。


「お前、好いた女子は?」


「おらん……ずっと独り身じゃ」


そう答えながら、芋粥は内心で舌打ちした。


(前世では、

 女どころか、

 家から出る理由すらなかった男に、

 何を聞いとるんだ)


「ほぉ」


秀吉が、にやりと笑う。


「まだ女子を知らんのか?その年でか?」


「ば、馬鹿言うな!知っとるわ!

 まだ嫁を持つ気にはなれんだけじゃ」


「強がるな」


慌てて否定するが、秀吉のにやけ顔はとまらない。

やっと秀政の弱点を見つけたとも言わんばかりに。


秀吉のその顔は見ていてむかつくが、実際の所、

小学校を卒業したばかりのような

女の子を嫁にする気が起きないというのもある。


「嫁はその内、考える」


秀吉がにやけながら続けた。


「家がない男はな、

 いつでも逃げられる」


「……」


(逃げ道だらけだった男が、

 それを言われる側になるとはな)


「だが、家がある男は逃げん。

 殿は、そういう男を好む」


俺は、眉をひそめた。


「俺は嫁がいなくても、逃げん」


「それが一番危ない」


秀吉は即答した。


「頭のええ独り身ほど、

 最悪の賭けを打つ」


「……」


「だからや」


秀吉は真顔になる。


「嫁くらい、持っとけ」


その時だった。


戸が、がらりと開いた。


「猿」


低い声。


空気が凍る。


「……殿!?」


秀吉が、慌てて平伏する。


信長だった。


信長が家臣の家を訪れることなど、滅多にない。

ましてや足軽組頭になったばかりの秀吉の元へはなおさらだ。


見ると狩りの帰りのようで、馬を休ませるために、

家臣の家に寄り道しただけのようだ。


秀吉も俺もそう思った。


――だが後になって思えば、

信長は最初から、俺を見に来たのかもしれない。


秀吉の家がこの近くにあると聞いて、

ふと思い出した――

そんな気がした。


信長は腕を組み、

家の中を一瞥する。


「……ふん」


「随分と、浮ついた話をしとるようだな」


「い、いえ!

 決してそのような……」


信長は鼻で笑った。


「猿の分際で嫁をとったか」


ぴしりと一言。


「は!物好きな女子が居ったおかげで

 猿めも嫁が持てました」


秀吉が、床に額を擦りつける。


信長はその軽口を無視して、視線を芋粥へ移す。


「……で」


静かな声。


「こやつが、

 熱田の神意の贈り物か?」


俺の背筋が、ぞくりとした。


「は、はっ……そうにございます」


秀吉が答える。


「わしが見つけました」


「そうか」


信長は、少しだけ考え、言った。


「ならば、尚更だ」


一歩、近づく。


「家を持たぬ男は、

 道具にも、賭けにもなりやすい」


芋粥を見る。


(の、信長はさっきまでの話を聞いていたのか?

 どういうつもりだ?)


「だが、家を持てば違う」


「守るものができる。

 判断が、重くなる」


その疑問も信長の威圧に押されて考えられなくなった。


「重くなった判断こそ、

 使い道がある」


俺は、黙って聞いていた。


「猿」


「はっ!」


「この者の縁を俺が探すぞ?

 お前の家臣じゃ、文句があるかは、念のため聞いておく」


秀吉が、目を見開く。


「お、おそれながら……文句などありようがありませぬ。

 先ほど、この猿めも芋に嫁を勧めておりました。

 殿に世話いただけるとは、芋には勿体ないことにございます」


「こ奴は芋と言うか。面白い名じゃな」


「は、こやつの名は芋粥 弥八郎 秀政。

 元は備前の侍大将の出ですが、

 今は落ちぶれて尾張まできて猿の家来になっております」


そこまで聞くと急に信長が芋粥へ目を向けた。


「ほぉ、芋粥か。良い名じゃ。覚えやすい」


「も、勿体ないお言葉」


(信長に芋粥の名字を褒められた!?)


「侍大将の出のものが猿の家来でよいのか?」


「は、出自が例え侍大将であれど、

 今は足軽組頭にすらなれておりませぬ。

 出自を誇れど、実を伴わねば土岐のように国さえ奪われまする。

 今は猿の家来で十分でございます」


「……面白い奴じゃな。

 猿の家来にしておくのはもったいないくらいだ」


「と、殿。猿めの初の家来を取らんでくだしゃーよ」


「心配するな、猿。そこまで外道ではないわ。

 嫁を繕うだけよ、頭が回る女子がよいな」


信長は即断する。


「芋粥、明日、我が元へ猿と共に出仕せよ」


俺の胸が、わずかに揺れた。


(……本気だ)


「は!」


冗談でも、気まぐれでもない。

統治者の判断だった。


信長は踵を返す前に、言った。


「家を持て、芋粥」


戸が閉まる。


沈黙。


秀吉が、ゆっくり顔を上げた。


「……聞いたな」


「聞いた」


「逃げ道、塞がれたぞ」


俺は、苦笑した。


「……ああ」


「しかし……驚いた」


「俺もだ……信長に俺を知ってもらえたぞ」


「殿のご縁で嫁を貰えば、もはや織田からは抜けられんぞ?」


「まぁいい。

 元より織田を踏み台にする腹づもりだ」


「踏み台……、相変わらず面白い奴じゃの」


「戯れだぞ。本気にするな」


「ははは、殿の前では言うなよ?

 それと、お前はわしの家来だからな」


芋粥はしぶしぶ返事した。


「あぁ、分かっておる。

 大名にする約束を忘れるなよ?」


家を持つ。

守るものを背負う。


(悪くないかもしれんな)


それは――

この戦国で生きるための、

最大の覚悟だった。

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