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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
1章:新生・白波女子学園水泳部!

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第7話「出発! 白波バスと顧問は止まらない!」

 午前5時25分。

 まだ夜の匂いを残した空気の中、白波女子学園の寮前には大型バスが2台停まっていた。

 ヘッドライトが霧を切り裂くように光り、アイドリング音が校門前に響く。


「寝坊組! あと三名! あなた達だけよ!」


 玲奈の怒声が夜明けの校庭に響いた。

 パジャマのまま駆けてくる一年生、ボサボサ髪で荷物を抱える二年生。

 そして、その間を縫うように、明日香が伸びをしながら悠々と歩いてくる。


「ふわぁ〜、おはよ玲奈。今日も声デカいねぇー」

「遅いのよ副キャプテン! なにしてたの! 起きてたわよね!?」

「え、まあ、4時には起きてたし」

「そうよね。それがどうして寝坊組と一緒に来てるわけ?」

「写真」

「は?」

「夢中になって千尋を撮ってたら準備が遅れちゃってさー」


 玲奈の眉がピクリと動く。

 明日香がスマホを掲げ、千尋とのツーショットを見せつける。

 そこには千尋の寝起き直後の顔やパジャマを着替えてる姿、笑顔のアップや自撮り風のツーショットなど、多数の写真が写っていた。

 写真の千尋は徐々に準備が整い、制服をビシッと着込み、部屋を出る瞬間まで捉えられていたが、自撮り風ツーショットの明日香はずっとパジャマ姿だった。

 写真を見る限り、準備をせずにずっと千尋を撮っていたとしか思えない。


「レッド」

「えぇ! まだ何もしてないじゃん! 遅刻もしてないし!」


 時計の針は5時28分を過ぎたところだ。

 玲奈は鼻で笑い、見下すように告げる。


「マネージャーへの業務妨害で一発レッド」

「そんな規定あったっけ!?」

「5分前に出来たのよ」


 千尋が苦笑しながら待機列から顔を出す。


「まぁまぁ、玲奈。朝から怒鳴ると喉を痛めるよ」

「甘い!」

「とりあえず間に合ったんだし許してあげようよ。ほら、顧問も今来たところだし」

「は? 顧問ならそこに——いなかった……」

「ね?」

「はあぁぁぁー……」


 そして顧問の美紗が缶コーヒーを飲みながら悠々と到着する。

 時刻は5時30分ジャストだった。


「朝から賑やかだなー。去年とは大違いだ」


 缶コーヒーをぐいっと飲み干し、空き缶をバッグにしまう。


「篠原、仕切ってくれてありがとう。声出てるな。カラオケでもやってたか?」

「……違います。怒鳴ってただけです。顧問は白波水泳部の顔なんですから、低血圧とか乗り越えてしっかりしてください。ずっと普段の顧問でお願いします」

「よく言われるけど、この歳になると低血圧はキツくてなー」

「この歳って、まだ35歳じゃないですか」

「あははは、もうおばあちゃんだ」

「おばあちゃんはそんなにツヤツヤしてませんよ。はあ。揃いましたし時間ですので、号令、お願いします」

「はいよっと。んっ、んっ! よし、これで全員揃ったな!」

「「 はい!! 」」


 34名の部員と3名のマネージャーが校門前に整列し、元気よく返事をする。

 顧問とコーチ4名、千尋と明日香、玲奈は正面に並ぶ。


「篠原、点呼」

「はい。中等部から! 愛川さん!」

「はい!」

「相田さん!」

「はい!」


 こうして点呼が続き、全員の出席確認が終わる。


「よし。では事前の座席表通りにバスに乗れ。運転手さんへの挨拶はわすれるなー」

「「 はい! 」」


 全員が勢いよく声を上げ、次々と挨拶の言葉が流れていく。

 運転手のアナウンスと共にバスの扉が閉まり、2台のバスはゆっくりと動き出す。

 こうして、白波女子水泳部は、春季大会へ向けて動き出した。


 ***


 窓の景色がゆっくりと流れていく。

 出発して1時間。

 千尋は目を閉じてイメージトレーニングをしており、明日香はヘッドホンで音楽を聴きながら千尋の肩に頭を預けていた。

 玲奈はというと、通路を行ったり来たりしている。

 配布プリントを回収し、体調チェックを行い、部員たちの朝食確認し、忘れ物のチェックまで、一気にこなしているのだ。

 せわしなく動く玲奈に、美沙顧問が声を掛ける。


「篠原、急がなくてもいいぞ。疲れてるだろ? 少しぐらい休んだらどうだ?」

「休んだらなにかが崩れる気がするんです」

「そうか。まあ、無理はするなよ。働き過ぎると社畜になるぞ」

「社畜はやですね。でも……こういうの、好きなんです」

「篠原は麗子に似てるな」

「副顧問に、ですか」

「そう。なんでもかんでも背負い込んで、全部自分でやらないと気が済まない」


 玲奈は自分が持つ資料や記録ノートの束をぎゅっと握る。


「まあとりあえず座れ。顧問命令だ」

「はい……」


 美沙顧問が隣の空席をポンポン叩き、玲奈は観念したようにそこに座る。

 椅子に座り、資料の束を棚に置いたところで美沙顧問が口を開く。


「麗子が学生の頃は強い選手だったってのは知ってるよな?」

「はい。インハイに三年連続出場したんですよね。優勝もしてます」

「そう。将来有望、代表になれる。そんな期待を持たれてた、私のように」

「知ってます」

「でも、大学ではすっぱり現役を引退した。理由を聞いたことはあるか?」

「いえ」

「麗子は私を背負うために全部を捨てて、私の全部を背負ったんだ」

「全部、ですか?」

「私生活や選手としての全部。それを捨てて私の裏側を全部背負った」


 玲奈は意味がわからず黙り込む。

 それを見た美沙は軽く息を吐き、言葉を続ける。


「朝昼晩、ほぼ24時間体制で付いてくれて、食事も練習メニューも、試合スケジュールや医師の手配も……全部背負ってくれた。今の篠原みたいにな」

「そうですか……」

「本当にそっくりだよ。でもな、同じになってほしくないんだよ」

「え?」

「結婚したあとに打ち明けてくれたんだが……辛かったってさ」

「……え? 辛い?」

「私も初めて聞いたときは『え?』だったよ。最初のうちはずっと私の側にいられて嬉しかったらしい。けど——」


 玲奈の頭に昨日の千尋の笑顔が浮かび、手をつないで歩いたときの気持ちが蘇る。


「——途中から辛かった、止めたかったって」

「どうして……」


 千尋の笑顔と辛さが結びつかず、玲奈は混乱する。


「目的がわからなくなったらしい」

「目的?」

「篠原は自分がなんでそんなに頑張れるのか、その動機をハッキリ理解してるか?」

「私はチーフマネージャーですし、部のために働くことは当然だと思ってます」


 玲奈は迷うことなく断言する。

 自分はチーフマネージャー。自分が頑張らなかったらマネージャーの誰も頑張れない。


「そっか、まだわからないか。そんなところまで麗子にそっくりだ。高校、大学と、麗子もそうだったらしいからな」

「副顧問は尊敬してますし、そっくりと言われると悪い気はしないのですが……」


 副顧問の高木麗子はこの白波美沙の妻であり、学園事務におけるトップ。

 もちろん水泳部の管理にも深く関わっており、マネージャーの玲奈としては顧問より会話する機会が多く、身近な相談相手だった。

 玲奈から見た副顧問はなんでもこなす万能キャリアウーマン。憧れの存在だった。


「悪いところまで真似するな。今の麗子を見習え」


 玲奈には副顧問の『悪いところ』というのが全く思い浮かばなかった。

 部室はもちろん、事務室や育児室でも、凜としてて仕事のできる、立派な大人というイメージしかないのだ。


「……悪いところ、というのが思い浮かばないのですが」

「そうか。なら、ここで私が『悪いところ』を言っても意味ないな……まあ、もっとよく麗子の日常を見てみると良い。どうやって今の状態を保っているのか。それがわかれば『悪いところ』も自然とわかる」

「そうですか……」


 玲奈はモヤモヤしながらも、副顧問の『悪いところ』を必死に探す。


「とりあえず考えるのは止めだ。付き合え」

「え?」


 美沙顧問は座席テーブルを取り出し、バッグから『花札』を取り出す。


「ルールは知ってるよな?」

「こいこい、とかでしたら」

「よし、それじゃ到着するまで勝負だ」

「あ、まだ仕事が……」

「私に勝てたらこれをやるぞ」


 美沙顧問がバッグから取り出したのは、ライブチケットのような一枚の紙。それを見た玲奈は一気に顔つきが変わり、制服の袖をまくり上げる。


「……点数は?」

「着くまであと3時間ぐらいか……20点スタート、50で決着。先に三勝したほうの勝ちだ」

「いいですよ。その『プレミアムお願い券』、絶対にいただきます」

「私は強いぞ。堂島にフリーで挑むつもりでかかってこい」

「はい」


 玲奈はスタート台に立つ凜々しい千尋を頭に描きながら、配られる札を凝視するのだった。


次回から20時更新に変更しますので、よろしくお願いします。

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