第6話「春季大会前夜ミーティング」
白波女子学園・水泳部部室。
時計の針が午後五時を指すと同時に、部員たちが一斉に顔を上げた。
美紗顧問がホワイトボードをトントンと叩く。
「いよいよ明日から春季大会だ。各自、コンディションチェック終わってるな?」
「「 はいっ! 」」
部員たちの元気な返事の波が響く。
明日香は机の上にバッと立ち上がり、「白波魂いれてくよー!」と拳を突き上げるが、そのまま玲奈に首根っこを掴まれ、椅子に強制着席させられる。
「机の上は立つ場所じゃないのよ。わかった?」
「すいませんでしたー、玲奈先生ー」
明日香のいい加減な謝罪で玲奈が声が上げそうになるが、千尋が静めてミーティングは続く。
「さて、今回の遠征は全員じゃなくて代表組だけだ。高等部Sチーム3名、Aチームが18名、中等部が16名。宿泊は三泊四日、バス移動。マネージャー組については、篠原、お前に任せる」
「はい」
玲奈が即答する。
その声のキレは、まるで軍人レベルだった。
美沙顧問が続ける。
「明日の出発は朝五時半。遅刻者は“イエロー二枚”、即・レッド扱いにする。いいな?」
「「 はぁーい 」」
イエロー二枚——これはいわば違反カードが二枚ということ。いまや白波の風物詩。
忘れ物やルール違反をわかりやすく管理する“マネージャー裁定システム”である。
玲奈が1年生の時に提案したシステムで、そのおかげか今では遅刻者もゼロ。
イエローカード二枚でレッド一枚。とくに罰則は設けられてはいないが、素行の判断材料にもなるので教員たちには好評だった。
このカードを受けた部員はほとんどいない。一部を除いて——。
「……そういえば玲奈。明日香はいま何枚目?」
千尋の質問に、玲奈がノートを開き、千尋の顔の前にバッと広げる。
「イエロー29枚よ」
「レッド14回分!? 不良レベル!?」
千尋の驚きをよそに、部員たちは爆笑する。
明日香は異議ありとばかりに立ち上がり、手を勢いよく挙げる。
「それは誤解! イエローの数は千尋への愛の証なの!」
「規定に愛は存在しないのよ」
「じゃあラブラブ度とか!」
「なし」
「ぐっ、この堅物が……!」
笑いが止まらない。
千尋が「まぁまぁ」と割って入り、明日香の手を引く。
「玲奈に反論しても勝てないよ。それにさ……イエローカードもらう時ってだいたい私がらみだから、その気持ちは嬉しいよ。伝わってるから、まずは座って」
「伝わってるならいいよ。30枚いったらご褒美くれる?」
「状況によってね」
座り直した明日香と千尋が二人の世界に入る寸前、顧問が小さく咳払いして場を戻す。
「でだ、スケジュール表は篠原が作ってくれた。移動時間、宿舎、部屋割り、試合ごとの担当、全部完璧にそろってる。各自、よく確認しておくように」
顧問の手から冊子の束が順に回され、全員の手に行き渡る。
千尋は何ページか確認すると、感嘆の息をはく。
「さすが玲奈だね。去年よりわかりやすくなってる。ありがと」
「当然。私のマネジメント能力は日々上がってるのよ。千尋のためにね」
「すごいね。でもそこは私のためじゃなくて部のためにしといて。独占したらもったいないし、玲奈はこの部の支柱なんだから」
「あ、そ、そうね。部のため、部のために頑張るわ」
「うん、ありがと」
「ツンデレ」
「黙りなさい、この淫獣」
千尋はそのやり取りが聞こえていないのか、次々とページをめくり、内容を確認していく。
そして、リレーメンバーのページで指が止まる。
「……ねえ、玲奈」
「なに?」
「リレー走順、私がアンカーでいいの?」
「当然でしょ。千尋以外にいないじゃない」
「このメンバーだと、私が三人目で、明日香をアンカーにしたほうが……」
「ダメよ。明日香は“前菜担当”だから」
「私が前菜!? つーか、担当ってなにさ!?」
「当然でしょ。あんたは前菜、千尋はメインディッシュ。効率的にも雰囲気的にも最適なのよ。あなたにしか前菜は任せられないから期待してるわよ、前菜担当」
「バカにしてない!?」
部室内が再び笑いに包まれる。
美沙顧問も口元を緩め、3人のやり取りを見てそっと頷き、口を開く。
「うん、いいチームだ。笑って遠征に出られるのは強い証拠だぞ。朝倉にも篠原にも期待してる」
明日香と玲奈が同時に「ありがとうございます!」と頭を下げる。
美沙顧問はそれを受けて全員を見渡し、部室全体にも檄を飛ばすのだった。
***
ミーティング後。
部室には千尋と玲奈だけが残っていた。
部室を閉める前の最終チェック。それぞれに部室内を確認し、問題がないことを確認する。
そして終わったころ、千尋がふと声をかける。
「玲奈、いつもごめんね。全部任せっぱなしで」
「みんなが泳ぐことに集中できるようにするのが私の仕事だから」
「うん、ありがと」
短く、真面目な返事。
ほんの一拍、静かな間が生まれた。
「……明日香とのデート」
「え?」
「昨日の白波ストリートでのツーショット、また写真撮られてる。見てないの?」
「あ、ファンクラブのSNS?」
「また噂になってるのよ、“公式カップル”って」
「そっか……全然気がつかなかったよ」
「バカ明日香だけカメラ目線なのが腹立つ」
「明日香って勘がするどいからね。いつも最初に気付くのは明日香だし」
「そうね。そして見せつけるようにあーんしたり、腕くんだり、キスしたり……ずいぶんと楽しいデートだったようね」
千尋は少し照れたように笑う。
「うん、まぁ……私としてはデートっていうより、気分転換だったんだけどね」
「あれで気分転換……なら、私も——」
玲奈はつぶやくように漏らすが言い切らず、視線を切って静かにバッグを持つ。
しかしその瞳には、わずかに期待の色が宿っていた。
そして千尋もバックを肩にかけ、出口に向かう。
扉を開けると外に明日香が待っており、待ちかねたように腕を組む。
明日香を見つめるうれしそうな千尋の横顔に、玲奈は小さく息をのんだ。
(――私にも、そんな笑顔を——)
声には出さなかった。
そして千尋が振り返り、その笑顔を玲奈にも向ける。
「ち、千尋——?」
「どうしたの、玲奈。帰ろうよ」
「あ、そうね。うん、異常なし。電気を消して——うん、これでOK」
玲奈がバタバタとして外に出ると、千尋は部室の鍵を閉める。
「よし、施錠確認。いこ」
「ええ」
「寂しかったよー、千尋ー」
腕をからめてじゃれつく明日香にイラッとした玲奈は、明日香に体当たりをかます。
「なにすんの!?」
「なんかムカついた」
「ふんっ。ここは絶対に譲らないから」
千尋の腕をさらにぎゅっと抱きしめ、明日香は自分の指定席をアピールする。
「この——っ!」
「明日香がごめん。玲奈も、ほら」
「え?」
千尋は空いてる手を玲奈に伸ばす。
「……いいの?」
「もちろん。みんなで手をつないで帰ろうよ。明日から遠征だし、団結強化ってことで」
「あ、団結、ね。うん、団結強化は必要よね」
玲奈は出された手をぎゅっと握り、千尋のとなりに立つ。
「ツンデレも度が過ぎると婚期を逃すぞ」
「うっさい」
千尋たちは笑いながら手をつなぎ、3人で帰寮したのだった。




