第49話「関東大会に向けて、チームを一丸に!!」
関東大会への出発前夜。
白波女子学園のミーティングルームには、再び全選手とスタッフが集結していた。
窓の外はすでに夜の帳が下りているが、室内の空気は明るく、そして熱いエネルギーに満ちていた。
——1ヶ月前の都予選前夜。
あの時にこの部屋を支配していたのは、重く、冷たく、息苦しいほどの沈黙だった。
互いに疑心暗鬼になり、言葉を飲み込み、ただ不安だけが蔓延していたあの夜。
だが、今は違う。
「——以上が、明日の移動スケジュールと宿舎の流れ、そして会場入り後の動線です。各自、再度確認を徹底してください」
前方のスクリーン前に立つ玲奈が、指示棒を片手にテキパキと説明を終える。
その声は澄んでいて、迷いがない。
以前のような張り詰めた『冷徹さ』ではなく、チーム全体を包み込んで導こうとする『強さ』と『温かさ』が感じられた。
「質問は?」
「はい! 昼食のタイミングは?」
「それはBパターンの時間帯で。レース時間から逆算して各自調整して下さい。少しでも不安がれば私やマネージャー組に相談すること」
「了解です!」
玲奈も部員たちもハキハキしており、レスポンスが早い。
全員が同じ方向を向き、すでに戦う『心構え』ができている証拠だ。
説明を終えた玲奈が一歩下がると、入れ替わりに美沙顧問が前に進み出た。
腕を組み、鋭い視線で部員一人ひとりを見渡す。
その威圧感に、場の空気がピリッと引き締まる。
「……顔つきが変わったな」
美沙顧問が短く言う。
「都予選での情けない姿はもうどこにもないようだ。あの敗北から這い上がり、お前たちは確実に強くなった。技術だけじゃなく、心の強さもな」
レジェンドからの言葉に、部員たちの背筋が伸びる。
「だが、慢心はするな。関東大会には、打倒白波に燃える強豪たちが待ち構えている。特に聖明女学院は都予選での勝利で勢いづいているはずだ。受けて立つな。挑戦者として食らいつき、そして突き放せ。いいな!!」
「「「はいっ!!」」」
美沙顧問が満足げに頷き、スッと後ろへ下がる。
そして最後にチームの前に立ったのは、千尋、明日香、玲奈の三人だった。
三人が並ぶだけで、部員たちの視線が熱を帯びる。
かつてバラバラだった三人は今、誰よりも強い絆で結ばれ、白波の象徴としてそこに立っていた。
明日香が一歩前に出る。
いつもの太陽のような笑顔で、拳を突き上げる。
「みんな! 関東大会の目標は一つ! 完全優勝して、気持ちよーく『優勝記念海水浴ツアー』に行くことだよ!」
「「「おおーっ!!」」」
「千尋のビキニが待ってるぞぉぉぉ!!」
「「「おおーーー!!」」」
明日香の言葉に部員たちは拳を突き上げ、笑いが籠もったやる気を叫ぶ。
昨日買いに行った水着と海水浴の話はすでにチーム全体に共有されていた。そして水着の写真もアップされ、明日香はそれを使って水泳部のグループチャットを散々煽っていたのだ。
一部の部員に関してはすでに全力全開であり、大会終了まで気力が持つかどうか心配なレベルだった。
「辛い練習もこのために乗り越えてきたんだからね! 海で思いっきり遊ぶために、プールでは死ぬ気で泳ぐよ!」
「「「はいっ!」」」
場の空気がさらに明るくなる。明るすぎて普通なら美沙顧問の『喝!』が出るが、今は万全な調整役がいた。
軽いため息をついた玲奈が口を開く。
「浮かれるのは勝ってからにしなさい、バカ明日香」
「へーい」
いつものツッコミにまた笑いが起きるが、空気は変わった。
玲奈はすぐに真剣な表情に戻り、続ける。
「みんないい? 第一目標は勝利することよ」
「「「はい!!」」
「私はチーフマネージャーとして、あなたたちが最高のパフォーマンスを発揮できるように全力を尽くします。データも、体調管理も、メンタルケアも、私たちマネージャー組に全部任せて。泳ぐあなたたちは前のコースだけを見て、全力で泳げばいいわ」
「「「はい!!」」」
頼もしい言葉に部員たちは深く頷く。
そして最後に、千尋が中央に進み出た。
千尋は全体をゆっくりと見渡し、静かに、しかし力強く語り始めた。
「都予選の時——」
その言葉だけで空気が変わる。
「——私は、キャプテンとして何もできませんでした。チームを不安にさせ、バラバラにしてしまい、敗北の二文字をみんなに背負わせてしまった。あの時の悔しさは今も焼き付いていますし、絶対に忘れません」
千尋の声が、熱を帯びていく。
「でも、私たちは乗り越えました。本音でぶつかり合い、涙を流し、そして許し合った。今の白波は以前の白波とは違います。傷ついた分だけ、絆は深まり、より強固になりました」
千尋は、明日香と玲奈の手を両側から強く握りしめた。
二人は頷き、力強く握り返す。
「個人の力だけじゃない。三人の力だけじゃない。ここにいる全員の力が合わさって初めて私たちは『最強』になれる。私はみんなを信じています。だからみんなも、私たちを、仲間を、そして自分自身を信じてください!」
千尋の瞳には揺るぎない自信と、仲間への深い愛情が宿っていた。
「関東大会。個人としても、チームとしても、最高の泳ぎで圧勝しましょう! そして証明しよう! 白波女子学園水泳部こそが、高校最強であると!」
「「「はい!!」」」
大きく息を吸い、拳を突き上げて叫ぶ。
「行くぞ、白波ーーー! 勝利を掴むために!!」
「「「オオーーーーーッ!!!」」」
ミーティングルームに地震のような咆哮が響き渡った。
それは、不安も迷いも一切ない、勝利への渇望と確信に満ちた声だった。
***
ミーティングが終わって解散した後も、部員たちの興奮は冷めやらぬようだった。
寮は活気に満ち、笑い声が延々とこだまする。
そして部屋に戻った千尋たちは、壁に飾られた三着の水着を見上げた。
三人には水着が明るい未来を示しているように見えて、思わず笑みがこぼれる。
「……絶対、勝とう」
「もちろん」
「ええ、負ける気がしないわ」
三人は自然と肩を組む。
言葉は少なくても、心は完全に通じ合っている。
嵐を越え、新たな絆で結ばれたチーム白波。
準備は整った。
あとは、その力をぶつけるだけ。
関東大会へのカウントダウンは終わりを告げた。
熱い夏の本番、インターハイをかけた大一番の幕が上がり始める。




