第48話「ご褒美計画! ビーチウェアの乱!?」
都予選から数週間が経ち、季節は本格的な夏を迎えようとしていた。
関東大会を間近に控えた貴重なオフの日。
千尋、明日香、玲奈の三人は、いつものジャージ姿や制服ではなく、私服に身を包み、駅前の大型デパートを訪れていた。
「よーし! 今日は気合い入れて選ぶよー!」
「声が大きいわよ、恥ずかしい。ずっとそんなテンションでいたら疲れるわよ」
「いいのいいの! 目的は明確なんだから!」
明日香が拳を突き上げる。
話しは昨晩の「明日のオフはどうする?」に戻る——
「関東大会優勝記念・白波水泳部海水浴ツアーをしよう!」
「気が早くない? まだ予選通過しただけだよ?」
千尋が苦笑するが、玲奈は眼鏡をくいっと押し上げて答える。
「モチベーション管理の一環としてはいいかもしれないわね」
「モチベーション管理、ね……」
「ええ。『勝ったら海』という明確なご褒美を用意することで、パフォーマンスを最大化させる。理にかなってるわ」
「珍しく遊びに積極的だけど、もしかして玲奈、自分が行きたいだけなんじゃ……」
「……否定はしないわ」
「うんうん! みんな千尋のプライベート水着のためだったら120%の力を出せる!」
千尋がジト目で明日香を見る。
「それ、明日香だけなんじゃ……」
「私はもちろんだし、玲奈もシオリンも大喜び。最高のパフォーマンスを発揮すること間違いなし!」
「……玲奈もそう思う?」
「え、ええ、そう思うわ。千尋のプライベート水着って全然見ないし」
「そっか。なら——」
「明日のオフ、駅前のデパートに三人で水着を買いに行こー!」
「うん、いいよ。行こっか」
——というわけで、三人はエスカレーターに乗り、水着売り場へと向かう。
売り場は色とりどりのビキニやワンピースで溢れかえっていた。
そこにあるのは、競泳用の機能美とは違う、華やかで少し大胆なデザインの数々。千尋は少し圧倒される。
「うわぁ、すごい種類。私、こういうの着たことないかも」
「でしょでしょ! 千尋はいっつもスポンサーの競泳水着だからねー。今日は私が、千尋の魅力を120%引き出す水着を選んであげる!」
「私の見立てだけが千尋の美を引き出すのよ」
二人の目が怪しく光る。
ここに、千尋を着せ替え人形にした『水着プレゼンバトル』のゴングが鳴らされた。
カーン!!
Round 1:明日香のターン
「ジャジャーン! これなんかどうよ!」
明日香が持ってきたのは、鮮やかなトロピカル柄の、布面積が極めて少ないビキニだった。
「大胆すぎない!?」
「千尋の鍛え上げられた腹筋と長い手足を隠すなんて国家的な損失だよ! 太陽の下で輝く小麦色の肌(予定)と弾ける笑顔! これぞ夏! Let’s、試着!」
「……まあ、試着だけなら」
千尋の試着室からは時々悲鳴にも似たため息が聞こえ、明日香と玲奈はソワソワしていた。
そして——。
「……これ、すごく恥ずかしいんだけど……」
試着室から出てきた千尋を見て、明日香は親指を立てながら鼻血を出さんばかりに赤面する。
「さいっこう……! 裸体とは違う意味で興奮する——!!」
「興奮って……」
カーン!!
Round 2:玲奈のターン
「品がないわね。千尋の魅力はそんな露出だけじゃないわ」
玲奈が持ってきたのは、シックなネイビーのパレオ付きビキニ。大人っぽく、上品なデザインだ。
「テーマは『避暑地の令嬢』よ。千尋の持つクールな美しさと、隠された情熱を表現してみたわ。それに、パレオがあることで、ふとした瞬間に見える太もものラインが逆に扇情的なのよ」
「……解説がマニアックだよ」
再び試着室から聞こえる悲鳴に、二人の期待は最高潮に高まる。
そして——。
「さっきよりは上品だけど……これ、どうなんだろう……?」
パレオをちらっと持ち上げる千尋を見て、玲奈は満足げに頷き、スマホで連写を始めた。
「完璧ね。保存用、観賞用、布教用——」
「布教って……」
カーン!!
Round 3:泥沼のプレゼン合戦
その後も泥沼の着せ替え合戦は続く。
「オフショルで可愛さアピール!」
「いえ、モノキニで背中のラインを強調すべき!」
二人の主張は平行線をたどる一方だった。
店員さんも最初は営業スマイルでニコニコしていたが、あまりにも専門的かつ熱烈な議論とのろけに、引きつった笑みを浮かべ始めていた。
「こっちの上品な物よね! エレガントなチラ見せこそ、千尋の美を引き出せるのよ!」
「明るい色が似合うに決まってるじゃん! 千尋の完成された美は、太陽の下で隠すことなく開放的に見せることでこそ輝く!」
二人がテーマに沿った沢山の水着を手に、持論の応酬を展開する。そして——。
「「どっちが好き!?」」
二人に詰め寄られ、千尋は両手に持たされた水着――明日香推しの『情熱的なレッドビキニ』と、玲奈推しの『清楚系ネイビーフリル』――を見比べる。
(……どっちも恥ずかしいんだけど、二人が一生懸命選んでくれたし……)
千尋は「ふうー」と息を吐き、店員さんに向かって笑顔で言った。
「すみません。これ、両方ください」
「「「えっ!?」」」
明日香と玲奈、ずっと見守っていた店員が同時に声を上げる。
「両方って……千尋、身体は一つだよ?」
「予算オーバーじゃないの?」
「いいの。午前中は明日香が選んでくれた方を着て、午後は玲奈が選んでくれた方を着る。それなら、二人とも満足でしょ?」
千尋は困ったような、でも幸せそうな顔で二人を見た。
「もしも海に行けるんだったら、二人が選んでくれた水着、どっちも着たいよ。最高の思い出、作りたいし」
その言葉に二人は顔を見合わせ、そして同時に赤面した。
「……千尋には敵わないわね」
「だねー。愛されすぎちゃって困るわー」
「お客さん、カッコイイですねー」
「「え?」」
結局、千尋は自分が選んだ予備も含めて三着の水着を購入。
レジではなぜか三割引され、頼んでもいないラッピングもされた。
ちなみに明日香と玲奈は、それぞれ千尋とお揃いになりそうなデザインの水着をこっそり試着し、購入していた。
寮に戻った三人は買ってきた水着を部屋の一番目立つ場所にハンガーで飾り、満足げに頷く。
スポットライトを浴びたように輝くそれぞれの水着。
「よし!」
千尋が水着を見上げながら、力強く声を上げる。
「これで目標は決まったね。関東大会で絶対に勝って、気持ちよくこの水着を着よう!」
「もち! 優勝パレードの代わりに、ビーチパレードだ!」
「浮かれすぎよ。でも……悪くない目標ね」
三人は並んで水着を見つめ、そして互いの顔を見合わせて笑った。
壁に飾られたカラフルな水着は単なる布切れではない。
それは、彼女たちの勝利への渇望と、その先にある楽しい未来への約束手形だった。
「明日からの練習も頑張ろう!」
「うん!」
「ええ!」
ご褒美を目の前にぶら下げられ、やる気をみなぎらせる三人。
関東大会へのカウントダウンは、ワクワクするような夏の予感と共に進んでいくのだった。




