第4話「ファンクラブ騒動!」
白波女子学園・水泳部部室。
顔を出したばかりの太陽の光が窓から差し込み、明かりを付ける前の部室をうっすらと照らしていた。
朝練のために一番乗りをしたのは、千尋と明日香、そしてチーフマネージャーの玲奈。
「なによ、これ……」
玲奈は部室のドアを開けた瞬間、息を呑む。
本来はベンチや机、ロッカーやホワイトボードしかない、玲奈が整えた実用的な部室。しかし目の前の机には、色とりどりの花束、ぬいぐるみ、箱詰めのスイーツが山積みされていた。
「ファンクラブからの差し入れでーす!」
「は?」
「堂島先輩の自己新のお祝いでーす!」
段ボールを抱えた下級生たちが次々と入ってくる。
それぞれの腕には、ファンクラブの腕章がしっかり留められていた。
「まだまだ増えそーだねー」
「油断してたわ。昨日はなにもなかったから……」
「昨日は買い出し期間だったらしいからねー」
「は?」
「ほらこれ、千尋が自己新とった夜に配られてたやつ」
明日香はそう言うと、バッグから一枚の紙を取り出す。
そこに書かれていたのは『号外』の文字と『堂島先輩ついに1:56:11!』の文字。ようはファンクラブの号外で、千尋の自己新を讃えるための記事だった。
そして記事の最後には大きく『これを記念して、水泳部に差し入れを行います! 寄付金や品物の持ち込み大歓迎! 締め切りは本日23:59まで!』と書かれていた。
「当日に集めて、昨日整理して、今につながってるわけね……」
「そだね」
「で、明日香はどうして黙ってたわけ? こんなにごちゃごちゃしてたら練習に支障があるでしょ」
「千尋のお祝いを私が止めるわけないっしょ。あ、てっぺんのクッキー缶は私が寄付したやつだ」
明日香は誇らしげに、山の頂点にあるクッキー缶を指さす。
クッキー缶も朝日を照らし、実に誇らしそうだった。
「ふっ……」
玲奈は鼻で笑うとそのクッキー缶を両手で持ち、天高く持ち上げる。
その缶の眼下には、贈り主の頭があった。
「バカァァァーーー!!」
「いだぁぁぁあああーーー!!」
部室に鈍い音がひびき渡り、贈答用のクッキー缶は見事に凹んだのだった。
「バカバカバカ、バカ明日香! あんた仮にも副部長でしょ!? 部活を優先しなさいよ! どうすんのよこの山! 邪魔なのよ! キィィィーーー!!」
玲奈は凹んだクッキー缶を振り回し、虚無にむかって発狂していた。
「アタタタタ……ツンデレからバーサーカーにクラスチェンジでもしたか……」
「これは明日香が悪いんじゃないかな? 部室の鍵開けたの明日香でしょ?」
「千尋たちが起きる前に連絡もらってさ、ちょちょっと」
「いつもなら笑って全部受け取るんだけど、この量はちょっとアレだからさ、悪いけどちょっと持ち帰ってもらうよ」
千尋はバタバタと走り回るファンクラブの一人を捕まえて、少し持って帰るようにお願いをする。
「堂島先輩がそういうなら……。でも——!」
「うん、気持ちは受け取ったよ。ありがとう。これでいい?」
「ほえ?」
千尋は一人一人を抱きしめて頭をなで、おでこにキスをして感謝を述べる。
効果は抜群だった。
数秒の失神から蘇った彼女たちは、引っ越し屋顔負けの速度で贈答品を片付け始める。
すぐに部室は綺麗になった。
残るのは適量の贈答品と、我を忘れて暴走する玲奈だけ。千尋はスキを見て玲奈を強く抱きしめ、耳元で優しく囁く。
「玲奈」
「!?」
「大丈夫。ほら、もう綺麗になったから。もう大丈夫、大丈夫だから」
「ち、千尋……」
一瞬で我に返った玲奈は、クッキー缶を手放し、千尋の背中に手を回そうとする。
「千尋、私は——」
「5秒ルール発動! 必殺! 別れのストリームライン!」
千尋と玲奈を包む淡い水玉は、明日香の入水によって綺麗に分断される。
玲奈は恨めしそうに明日香を見るが、明日香の目には玲奈が映っていなかった。
「ど、どうしたの、明日香?」
「バカップル禁止令!」
「あ、抱きつきは5秒とかいう……」
「そう! 8秒も抱きついてた!」
「いや、今の場合は仕方ないんじゃないのか?」
「だから——!」
明日香はむりやり千尋の唇を奪い、ぐっと身体を密着させる。
「んー!?」
「……はっ! バカップル禁止令! キスは1秒よ!」
今度は玲奈によって二人は引き離される。
「いいじゃん! 先にルール破ったのは玲奈のほうじゃん!」
「アレは抱きつきじゃなくて慰め、ノーカンよ! 明日香はモロでしょ!」
「じゃあ私もキスじゃなくて慰め! ものすっごく傷ついた!」
「なにが慰めよ!」
「そっちこそ!」
明日香と玲奈はガシッと組み合い、グギギギという音が聞こえてきそうな姿勢になる。
「あー、私のせい、かな?」
千尋はよく分かっていなかった。だから——。
「二人とも、ごめん。これで許して」
組み合っている二人をまとめて抱きしめ、二人の頬に軽くキスをする。
「「 …… 」」
明日香と玲奈はスッと離れる。
まるで、感情が抜け落ちたような動きで。
「大丈夫? 明日香? 玲奈?」
「「 大丈夫 」」
二人の声が重なった。
明日香と玲奈は目を丸くして見つめ合う。
そして、戦場を生き抜いた兵士のように固い握手を交わし、表情に色が戻ったのだった。




