第43話(下)「恋の宣言動画狂騒曲」
理解不能の空気が一瞬流れるが、千尋と玲奈の顔は一瞬で真っ赤に染まる。
対照的な反応を見せたのは明日香だった。
ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべ、「ついに!」と興奮していた。
「さあ、早くしろ! カメラ回ってるぞ! 笑顔で元気よく!」
美紗顧問に急かされ、千尋と玲奈は顔を見合わせる。
「千尋、玲奈!」
「ど、どうしたの?」
「……なによ」
「私たちのラブラブを宣言するときがきたんだよ、世界に!」
ビシッと美沙顧問の持つスマホを指さす。
「えっと……」
「……明日香、あんたはそれでいいわけ?」
玲奈がジト目で明日香を睨む。
「千尋が明日香以外を……私を受け入れた。それを公にしたら今の関係は――」
「私は誰かさんと違って心が広いんよ。毎日3Pしてるし吹っ切れましたー」
「馬鹿ッ――!!」
玲奈が明日香の口を塞ぐが、すでに遅かった。
成り行きを見守っていた部員と観客席から、黄色とピンクの歓声が上がる。
『き、聞いた今の!?』
『聞いた聞いた!1」
『さ、さん、ぴーって……』
『ま、毎日……』
『水泳部寮ってやっぱりそうなのよ!』
『あの三人が――』
外野の声を聞きながら、玲奈はため息をつき頭を振る。
「馬鹿、なんで余計なこと言うのよ……」
「いいじゃん。私と千尋がそういう関係なのはみんな知ってるんだし、そこに一人二人増えても誤差の範囲だって」
「普通は――」
「モテる人は普通に恋人いっぱいいるじゃん」
「そ、そうだけど……」
「亜美先輩なんか10股してたんだし、あのサキュバスと比べたら千尋の身持ちは堅いって」
「あの人は例外なのよ」
毎夜たくさんの女性と関係を持っていた前部長を思いだし、またため息が漏れる。
昔から学園も『しらなみ寮』も『個人の意思を尊重する』方針で、そういった規制はゆるかった。
しかし、寮生活している学生の大半はエリートスイマー。そういったことより、タイムを縮めることに時間を使う。が――その常識を壊したのが、前の部長でる如月亜美だった。
日本代表にも選出された彼女は、その実力を恋愛方面――主に性欲――にも発揮したのだ。
告白してくる部員たちを片っ端から毒牙にかけ、相性の良い人とだけ付き合う。
相性が良ければ付き合える――。
それが、部員たちの意識を変化させた。
意中の相手とパートナーになるために、相手の好みを調べ上げ、女性の魅力を磨く。
すぐに『しらなみ寮』は、競泳の技術を磨くと同時に、女を磨き、相手と想いを交わす場所へと変貌した。
明日香が告白に踏み切れたのはその流れのお陰であり、部活中の過剰なスキンシップが容認されているのも、堂々と性的関係を打ち明けられるのも、前部長の影響を引き継いでいるからである。
玲奈はそんな風潮が嫌いだったし、先輩が卒業してくれてスッキリしていた。
だがしかし――。
(私もいつの間にか『しらなみ』に染まっていた……ということかしら?)
明日香に振り回され、嫉妬し、喧嘩して、恋人のいる千尋に想いを打ち明けた。
(最近はずっとしてるし、明日香とすることも抵抗がなくなってきてるのよね……)
玲奈は前部長がたくさんの女性を侍らせているのは好きではなかったし、千尋にはそうなってほしくないと思っている。
だから自分のことはできるだけ公表したくなかったし、将来的にも打ち明けるのは最小人数にしようと考えていた。
もしも、SNSや公式ファンクラブで大々的に発表してしまったら……玲奈の顔に影が落ちる。
「……千尋は宣言動画のこと、どう思う?」
「騒ぎになっちゃってるしね……仕方ないと思うよ」
「そういうことじゃなくて」
「ん?」
「もしも亜美先輩のように、大勢の人から告白されたら――」
不安を打ち明けようとしたところで、当事者の一人である明日香が割り込んでくる。
「アホ玲奈はやっぱアホだねー」
「なんですって? 明日香は心配じゃないの?」
「私は千尋のこと、信じてるからね」
「私だって信じてるわよ」
「信じてないじゃん。大勢の人から告白されたからなに? 千尋がよく知らない人と関係を持つと思う? ありえないっしょ」
「……」
「玲奈は知らないかも知れないけど、千尋ってメチャクチャ振りまくってるんだよ」
「え?」
玲奈の目が点になる。
「千人超えてから数えるの止めたけどね。千尋の心は私だけのもの、そう思ってたもん」
「……」
「だから玲奈の告白を受け入れるって聞いたときはめっちゃビックリしたし嫉妬した。どんだけ玲奈のこと好きなんだって」
「……本当に、千尋」
玲奈は自分があっさり受け入れられたので、明日香の言葉が信じられなかった。
「うん。告白された回数は多分一万回ぐらいだけど。そして――玲奈のことを明日香と同じぐらい好きだから――真剣に付き合いたいと思った」
「千尋……」
千尋の真剣でまっすぐな言葉に胸が締め付けられ、温かくなる。
「……いいわ。宣言動画、しっかり撮って、堂々と世界に公表しましょう」
「うん」
「あんだけ色々あってまだ千尋のこと信じてないとか。玲奈ってさ……本気で千尋のこと愛してんの?」
「愛してるわよ!」
唐突な明日香の煽りに、玲奈は大声で条件反射する。
そしてその告白は、その場にいる大勢の人間にハッキリと聞こえていた。
玲奈は「しまった!」と口を塞ぐが、手遅れだった。
『聞いた、今の?』
『めっちゃドキッとしたんですけど~』
『玲奈先輩のこと誤解してた』
『冷徹冷静ってイメージだったもんねー』
『実は激情家だった?』
『今日からちひれな推しになる』
明日香がニヤニヤしながら玲奈を見つめる。
「よかったじゃん、ちひれな推しが増えそうで。プークスクス」
「あんたは~~~」
二人はいつもの様にぎゃーぎゃー絡み合いながら喧嘩を始める。
千尋はいつもの光景にホッとし、頬が緩む。
「お前ら、いつまでやってるんだ……」
美沙顧問のあきれたような声が千尋を現実に戻す。
「あ、すいません――え?」
明日香たちから視線を戻した千尋は驚いた。
いつのまにかスマホは三脚に固定され、立派な外付けカメラレンズとマイクが取り付けられていたのだ。
そして、撮影用の反射板を持った部員が横に控えていた。
「ず、ずいぶん本格的ですね」
「世界に誇る我が白波女子学園エースの恋バナだ。スマホで直撮りよりもこちらの方がいい。お前らがぐだぐだしてる間に部員たちを走らせた」
「そ、そうですか……」
見たこともない本格設備に顔が引きつる。
「おい、引くな。これも必要な錬金術なんだぞ」
「錬金術……?」
「プール設備の維持には膨大な経費が掛かるんだ。これは――っと、今はいいか。おい! 朝倉、篠原! 撮影始めるぞ! 痴話喧嘩はその辺にして戻ってこい!」
「「痴話喧嘩じゃありません!」」
「息がピッタリでなによりだ! さっさと来い!」
「「はい!」」
喧嘩の勢いでベンチ付近まで後退していた二人は、肘で牽制しあいながら千尋と美沙顧問のところまで戻ってくる。
そして、後輩から上着を渡された千尋と明日香はそれを羽織、指示された通りに3人でカメラの前に並ぶと、マイクを持った後輩——藤原詩織——が3人の前に立つ。
「えっと、藤原さん?」
「あ、私は司会をやれと言われて」
「司会?」
美沙顧問が軽く咳払する。
「堂島はこういう撮影に慣れてないだろ?」
「ええ……」
「だからインタビュー形式だ。藤原の質問に答えていけばいい。レース後のお立ち台だと思え。それなら慣れてるだろ?」
「はい、それなら……」
千尋は気持ちを切り替え、レース後に行われる勝利者インタビューのようにキリッとした雰囲気を纏う。
「カ、カッコイイです、キャプテン……」
顔を赤らめ、口を手で隠す藤原に美沙顧問の檄が飛ぶ。
「藤原、しっかりしろ! いつものように堅物でいけ!」
「か、堅物ですか!?」
「お前の持ち味は堅さだ! 泳ぎのように論理的に淡々と質問しろ!」
「論理的に……」
「そうだ! お前の気になることを一つずつ質問していけばいい!」
「気になること……はい! わかりました!」
少しだけ考える仕草をした藤原は、ポンと手を打ち、姿勢を正して司会者らしい笑顔を浮かべる。
「質問一つに付き1分。回数無制限。南雲、タイムウォッチで図って合図してやれ」
「はい」
「答えるのは堂島。朝倉と篠原はそれのフォローだ」
「「はい」」
「よし。南雲、カウントダウン5秒だ」
「はい。それでは……5、4、3、2,1——」
美沙顧問の手が振り下ろされ、動画撮影がスタートした。
「いつも白波女子学園水泳部を応援いただき、ありがとうございます。今日は——」
こうして、藤原詩織の堅すぎる挨拶から入った動画の撮影は始まった。
この『宣言動画』の撮影は1時間にも及び、質問の度にプール全体が黄色い歓声に包まれたという。
千尋は困ったような顔を浮かべ、明日香は冗談半分に突飛なフォローをし、玲奈は赤面と突っ込みに終始。
宣言動画は、即日『白波女子学園水泳部公式FC』で公開され、一日で1億PVという快挙を達成。
日本全国からお祝いという名の投げ銭が大量に飛び交い、水泳部のお財布事情は、まるで部の雰囲気のように温かくなったのだった。




