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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
5章:恋と笑いと日常と——

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第42話「ファンクラブ狂騒曲と後輩の思い」

新たな関係性が始まった千尋たちの部屋でのドタバタ劇から数日。

寮の中は嵐の前の静けさのように、穏やかながらもどこかソワソワした空気に包まれていた。

その原因とは——言うまでもなく、水面下で急速に広まりつつある「噂」だった。

きっかけは都予選2日目のメドレーリレー後。

抱き合って喜ぶ千尋、明日香、玲奈の姿を捉えた一枚の写真。

それは、白波女子学園水泳部公式ファンクラブ【White Wave】のコミュティに『感動の瞬間!』として投稿された、ごく普通の写真だったはずだ。

しかし、恋愛の波動に敏感な一部のファンは、その三人の表情や距離感に、以前とは明らかに違う『何か』を感じ取っていた。


『この篠原先輩、めちゃくちゃ乙女の顔してない?』

『わかる! いつものクールビューティーじゃない!』

『キャプテンを見る目が恋する乙女!』

『え、でも公式カプは明日香先輩じゃ……?』

『写真の明日香先輩も、なんか玲奈先輩のこと、優しい目で見てない!?』

『まさか……あの夜に何かが……!?』


憶測は憶測を呼び、短文SNS【Chirp】上では瞬く間に新たなハッシュタグがトレンドを駆け上がった。


『#白波は家族 ってそういうこと!?』

『#ちひあすれな 爆誕?』

『#百合ハーレム 新時代到来か……」


当然、各ファンクラブの会員専用チャットルームも大荒れとなった。


【SUN♡SPLASH】(明日香FC)では——


『明日香様の立場は揺るがない!』

『玲奈先輩はあくまで部活上のパートナー!』

『でも、あの写真見ると……』

『お風呂での明日香様の狼狽ぶりも気になる……』

『まさか名誉会長(明日香)公認……!? いやいやいや!』


——といった混乱が。


【BlueScript】(玲奈FC)では——


『ついに我らが玲奈様の時代が来た!』

『Water Birdの予言通り! #支える愛 は勝つ!』

『でも、キャプテンには明日香先輩も……どうなるの!?』

『玲奈様が幸せなら、それで……(涙)』


——と、歓喜と戸惑いが入り混じる。


そして、渦中の人物のFCで最大勢力を誇る【QUEEN’s Current】(千尋FC)では——


『千尋様ならあり得る……』

『だって、あの包容力だもん』

『どっちも娶るとか最強すぎん?』

『何人までいけるんだろ——』

『千尋様のお心のままに!』

『私もあの腕に抱かれたい』


——と、賛否両論、カオスな議論が繰り広げられていた。


この状況に最も頭を抱えていたのは、二年生エースにして、千尋ファンクラブの執行役員でもある藤原詩織だった。


「……由々しき事態です」


昼休み。

部室のマネージャーエリアで、詩織は玲奈に詰め寄っていた。

その手には、SNSの過激な書き込みをプリントアウトした紙が握られている。


「篠原先輩。このままでは、ファンクラブ間の対立が激化し、部の士気にも影響が出かねません。なにか、公式で声明を出すべきでは? あるいは、部内での恋愛に関する明確なルールを設けるとか……」


詩織は真剣な表情で『白波水泳部・恋愛許可制度』の草案が書かれた書類を取り出す。

その瞳には、部の秩序を守ろうとする、生来の真面目さが宿っていた。

しかし、玲奈は冷静に、そして少し意地悪く微笑んだ。


「藤原さん、カレント(千尋FCの略)執行役員、いつもご苦労様。でも、部の制度にまで口を出すのは少し越権行為じゃないかしら?」

「うっ……! し、しかし!」

「それに……ルールで縛れるほど、恋は単純じゃない。あなたもよくわかってるでしょ?」


玲奈の視線が詩織の胸元——制服の下に隠された、千尋の写真入りロケットペンダント——を一瞬捉えると、詩織は顔を真っ赤にして俯いた。


「わ、私のこれはキャプテンへの尊敬の念であって、断じて恋とかでは——!」

「ふふ、どうかしらね」


玲奈が楽しそうに肩をすくめる。

その瞬間、部屋を区切る目隠しパネルから人影が飛び出してきた。


「ル、ルールで恋は縛れません!」


どもりながも、凛とした声と共に入ってきたのは、一年生マネージャーの水瀬美羽だった。

彼女は玲奈から渡されたばかりのデータファイルを胸に抱き、真っ直ぐな瞳で玲奈と詩織を見据えていた。


「篠原先輩が幸せなら私も嬉しいです! ルールで縛るなんておかしいです!」


美羽は勢いのまま目をカッと開き、思っていることを口にする。


「人を好きになる気持ちは——誰にも止められません!」


その言葉には、玲奈への尊敬と、千尋への憧れが絡み合っていた。

美羽の心の中もまた、この新しい状況によって静かに揺れ動いていたのだ。


「美羽さん……」


詩織が驚いたように美羽を見る。

普段のオドオドした彼女らしくない、有無を言わせない迫力のせいか、詩織には彼女が少し大人びて見えた。


「水瀬さん……」


玲奈もまた、後輩の意外な剣幕に少し戸惑う。

大人しくて仕事の出来る後輩だと思っていたが、意外な情熱を感じ、その人柄に好感を抱く。


「ルールは反対、です! キャプテンにも篠原先輩にも、幸せになってほしい……です……はい……」


前半で勇気を使い切ったのか、その声は徐々にトーンダウンし、口調が遠慮がちになっていく。


「ありがとう、水瀬さん」

「篠原先輩……」


玲奈は視線を逸らしてしまった後輩に優しい声を掛け、前を向かせる。


「私は幸せになりたいし、千尋にも幸せになってほしいと思ってるわ」

「はい……」

「そして——明日香にも幸せになってほしいと思ってる」

「「……え?」」


詩織と美羽の声が重なる。


「千尋には誰も泣かせてほしくないし、私も泣かせたくない」

「「……」」

「みんなで幸せになれる未来……私は、それを目指したい。素敵でしょ?」


玲奈は美羽にウィンクし、自信満々に口にする。


「先輩……素敵ですぅぅぅ……」


美羽はよほど感激したか、うっすらと涙を溜め、玲奈の胸に飛び込む。


「先輩、絶対にキャプテンと幸せになってくださいね〜〜〜、ぐすっ……」

「ええ、水瀬の想いは裏切らないわ。絶対に」

「——!!」


二人が感動の嵐に包まれる中、輪から外れた詩織は思考を巡らせる。


(……今の言葉、どういうこと? はぐらかされてるような気もする。キャプテンと篠原先輩はまだ付き合ってないってこと?)


美羽をなで続ける玲奈に疑惑の目を向ける。


(周囲が勝手に盛り上がってるだけ? 篠原先輩は朝倉先輩を応援してる?)


詩織が二人を見ながら様々な可能性を考えていると、玲奈の机に置かれた写真立てが目に入る。

少し前に詩織が見たときは、千尋たちが入部したときの集合写真が飾られていた。

1年生から今まで、初志貫徹の意味を込めて、ずっと同じ古い写真を飾っていると思っていた。それが今は——


(……キャプテンたちの3ショット写真? 寮部屋、かしら?)


写真に写っているのは、右から順に、明日香、千尋、玲奈だった。

三人ともちょっと崩れたパジャマ姿のせいで、妙に色っぽく見える。

千尋が二人の腰に手を回し、明日香と玲奈が頬を染めて千尋に寄りかかっていた。

詩織は軽く目をこすり、写真をよくよく見る。

写真の第一印象は『新婚生活一日目の朝』だった。

まるで初夜を終えた新婚が、新しい日常を記念してその瞬間を残しておきたかったから撮った——そんなイメージ。

目をこすってマジマジみた第二印象は——同じだった。

何度見ても、どうみても、愛し合ってる新婚夫婦の一幕だった。


(嘘……。あれじゃまるで噂通り……いえ、噂以上の親密な関係ってことに——)


詩織が混乱していると、ふいに写真立てが倒れる。


「……へ?」


写真立ては持ち主の手によって倒されていた。

そしてその目は捕食者のように鋭く光り、詩織を捉えていた。


「見た?」


玲奈の底冷えするような声。

詩織の背中に悪寒が走る。


「見てません! なにも!」

「まだ秘密だから、ね?」

「はい! あ、お昼休みも終わりますし、失礼します!」


詩織は軍人のような敬礼と回れ右をし、部室を後にする。


「なにが秘密なんですか、篠原先輩?」

「恋の行方、よ」

「私は篠原先輩の恋をずっと応援してます!」

「ありがとう。じゃあ私も、水瀬さんの恋を応援するわね」

「は、はい! もしも好きな人が出来たら絶対に相談します!」

「……ええ。待ってるわ、ずっと、ね」

「はい!」


昼休み時間を終える鐘が鳴る。

ファンクラブの狂騒と後輩たちの揺れる心。

そして、まだ始まったばかりの三人の新しい関係。

夏の大会シーズン本番を前に、恋と規律を巡る、新たな風が流れ始めていた。

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