第41話「恋人たちの新しい朝」
新たな関係が幕を開けた『しらなみ寮』には、夏の訪れを感じさせる爽やかな朝日が差し込んでいた。
千尋たちの部屋では、小さな寝息が二つ聞こえている。
最初に目を覚ました千尋だった。
明日香と初めて身体を重ねた朝も自分が最初に目を覚ましたことを思い出し、千尋は懐かしくなる。
初めての夜は明日香にリードされ、訳もわからず朝になっていた。
明日香の体温とフワフワした気持ちで目が覚め、その朝はとても幸せだったのを憶えている。
(玲奈は初めてみたいだったけど、しっかりリードできたよね……?)
最初は戸惑いと不安を浮かべていた玲奈の顔が思い浮かぶ。
(明日香が私にしてくれたみたいに、思い出に残る初体験になってくれていたら嬉しいけど……)
睡眠時間は普段と比べて少なかったが、不思議な充足感が千尋の心と体を満たしていた。
「んーーー……」
上半身を起こし、大きく腕を伸ばす。
「……」
「スゥ……スゥ…」
千尋は両隣で穏やかな寝息を立てている二人の寝顔を見て、胸がいっぱいになるのを感じる。
右には明日香、左には玲奈。
昨夜、確かに結ばれた新しい絆と新しい関係。
(本当に、三人で大人の関係になっちゃったんだな……)
千尋はそっと微笑み、二人を起こさないようにゆっくりと身を起すが——
「ん……ちひろー……どこ行くのー……?」
明日香が「むにゃむにゃ」寝言を言いながら、千尋の腰に腕を回して引き寄せる。
「おはよう、明日香」
「おはよぉぉぉ……♡ もっと、ぎゅー、してぇぇぇ……」
甘えた声で、さらに強く抱きついてくる明日香。
その体温と無防備な姿に、千尋の心臓が小さく跳ねた。
夜はある程度の痴態を晒しても恥ずかしくなくなっていたが、そのまま朝になると一気に恥ずかしくなるのだ。
千尋は布団がはだけた自分と二人の姿を見て一気に赤くなる。
そこにあったのはいつもの日常。
都予選でのすれ違いが嘘のように、完全にいつもの——あるいはそれ以上の日常。
千尋はうれしくなり、甘えん坊モードの明日香を撫でる。
「もう朝だよ。そろそろ起きないと……」
「やーだー……充電、充電……」
明日香は千尋の胸元に顔を埋め、すりすりと頬を寄せる。
その仕草はまるで大きな猫のようだと、千尋は思う。
苦笑しながらその頭を撫でていると、今度は左隣から声がかかった。
「……ん……なに……? 朝から騒がしいわね……」
玲奈が寝ぼけ眼をこすりながら身を起こす。
そして、目の前で繰り広げられている光景——千尋の胸に顔を埋めて抱きついている明日香——を認識すると、一瞬で眉間に皺が走る。
「……朝から何やってるのよ」
「愛のモーニングチャージに決まってんじゃん」
明日香は玲奈に挑発的な笑みを浮かべ、「文句ある?」と煽る。
「文句しかないわよ!」
間髪入れず、怒りの声が飛ぶ。
「すぐ横でやられると恥ずかしいのよ! バカ明日香!」
玲奈は条件反射で言い返すが、すぐに「あっ……」と言葉に詰まる。
昨夜の自分は、もっと恥ずかしいことを三人で一緒にやっていたのだ。この程度のことをで腹を立てるのは『恋人』として矛盾しているのではないか——自分は千尋の『恋人』なのに。
(遠慮する必要なんて、もうないのかも——)
その一瞬の逡巡を、明日香は見逃さなかった。
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「おやおやー? なーに? 玲奈もしたいの?」
「ばっ、ち、ちが——」
「ほら、千尋。玲奈にもぎゅーしてあげなよ!」
ぎゅーとしてるのは明日香が抱きついてるからなのに——と、千尋は思う。
明日香が千尋の身体をぐいっと玲奈の方へ押し付ける。
「ちょっ、本当に——!?」
控えめながらも女性らしい胸が目の前に迫る。
玲奈は真っ赤になって両手で押しのけようとするが、それは悪手だった。
千尋の体温と感触が両手を通じてダイレクトに伝わってくる。
初夜の経験が一気に蘇り、玲奈の頭から蒸気が「ピィィィーーー!」っと噴出する。
「え、えっと……おはよう、玲奈?」
状況がよく飲み込めていない千尋が、困ったように玲奈に微笑みかける。
千尋は明日香との逢瀬ですっかり慣れていたが、玲奈はそうではない。
二人の行為をずっと見てきたとはいっても、実際に『それ』を体験したのは昨夜が初めて。慌てふためく反応をするのは当たり前なのだが、経験が浅い千尋はそれに気が付かない。
千尋のその無防備な笑顔と身体が、玲奈の羞恥心をさらに煽る。
「お、おはようじゃないわよ! この——!!」
玲奈の全力で突き放そうとする姿によって、千尋の頭に閃きが走る。
『玲奈は混乱している』
『まずは落ち着かせよう』
千尋は玲奈の手を引き、その胸に優しく抱きしめる。
「玲奈がこんなに慌てるところ、初めて見たかも。これで落ち着く?」
「ば、ばか千尋——! 朝からこんなことするなんて——!」
「大丈夫だよ。これからはコレが日常なんだから。ね?」
「こ、これが、日常に? ッ——!!」
蒸気を噴き出し、天井を見上げたまま、玲奈は落ちた。
「れ、玲奈?」
「……」
落ちた玲奈を心配する千尋とは裏腹に、もう一人の恋人は笑い転げていた。
「あははは! いつもは偉そうなくせしてなっさけなー!!」
「明日香ったら、またそんなことを——」
「……てん、ごく……」
朝の静かな寮の部屋に、玲奈の絶叫と明日香の楽しそうな笑い声、そして困惑しながらもどこか嬉しそうな千尋の声が響き渡る。
それは、数日前までの冷え切った空気とは全く違う、騒がしくも温かい、新しい日常の始まりを告げる音だった。
(私たち、これから本当に大丈夫なのかな……?)
二人の恋人に挟まれ、千尋は嬉しいような大変なような、複雑な気持ちで天井を見上げる。
しかしその表情は、喜びに満ちていた。
嵐を越え、新たな関係を築き始めた少女たち。
彼女たちの、甘くて、時に騒がしい新生活は、飾らない朝で幕を開けたのだった。




