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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
4章:決裂と再生

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第39話「恋人からの問い」

玲奈からの『愛してます』と告白を受けた翌日。

練習中のプールサイドは、昨日と同様の活気を取り戻していたが、千尋と玲奈の間には、どこか以前とは違う空気が流れていた。

甘酸っぱいような、それでいて少し緊張した空気。

視線が合うたびに、玲奈は頬を染めてそっと逸らし、千尋もまた、どう接すればいいのか戸惑いながら、それでも玲奈の存在を強く意識していた。

真っ先に空気の変化に気付いたのは、当然ながら明日香だった。

昨日——


***


しらなみ寮・千尋たちの部屋


「おかえりー、千尋、玲奈」

「た、ただいま、明日香」

「ただいま……」

「……んん?」


一瞬だった。

ちょっと目を背けながら視線を逸らす千尋。

明日香と視線を合わせず、頬を染めた玲奈。

自称・千尋マイスターの明日香にはその感情の変化がすぐに見て取れた。

そして、子供の頃からずっとつるんできた幼馴染みの玲奈のことは、自分が一番詳しいと断言できる。

そんな明日香から見た二人は、間違いなく『なにかあった』状態だった。

喧嘩の可能性はすぐに捨てた。

少し前のピリピリした感じは全くなかったからだ。

それでなくても、少し前に大喧嘩というか、気持ちのすれ違いで醜態をさらして仲直りしたばかり。明日香の考える玲奈は、同じ過ちをすぐに犯すタイプではない。

夕食の時も、お風呂の時も、部屋にいるときも、妙に余所余所しい二人。

ある『疑惑』はすぐに持った明日香だったが、確信はなかった。

その疑惑が確信に変わったのは、お風呂のお時間。

『しらなみ寮』のお風呂は大浴場タイプ。

設備の充実した大衆浴場といった感じで、数種類のお風呂とシャワー室、本格的なサウナ室も完備していた。

もちろん女性専用なので、照れる必要はない。

照れるのは相手を『性的対象として見ているとき』だけ。

普通に裸で抱きついたり、胸を揉んだりするのは遊びの範疇で、怒ることはあっても照れることは無い。

少しでも照れた場合、『しらなみ寮』ではすぐにカップリング話の対象になる。

入学時に照れていた千尋も、1ヶ月しないうちに照れなくなった。

明日香と交際を始め、一線を越えた直後の千尋が真っ赤になっていた事件は、『ちひあす』の神話として今も語られている。

『性的対象として相手を見た瞬間から照れが生じる』

それを、千尋は今日のお風呂で再び証明してしまったのだ。

明日香と千尋はいつもベタベタしている。それはお風呂場で変わらない。

二人を『その対象』として意識してる部員は、そのスキンシップだけで真っ赤になる。

しかし、これまで全く照れていなかった人物が一人だけいた。

そう、篠原玲奈である。

明日香の裸なんて見慣れたもの。

千尋とのスキンシップも、もっと過激なものを同室で見ているので動じない。

なのに——


「ごめん、千尋。私は向こうで洗ってくる——」

「う、うん……」


真っ赤になった顔を手で隠し、洗い場の隅に移動する玲奈。

玲奈の視線を意識し、真っ赤になる千尋。

その変化に気付いたのは、当然ながら明日香だけではない。一緒に入った女子は全員が気付いた。

ずっと二人の動きを追い、ヒソヒソ話をしている状態。

一部の部員などは、二人を見ることすら出来ず、鼻を押さえていたほど。


(……まさか玲奈のやつ、帰り道で《《やった》》のか?)


《《やった》》というのは卑猥な行為ではなく、告白のことだ。

胸がザワザワする。

都予選での和解を経て、明日香には玲奈との間に戦友のような感情が芽生えていた。

しかし、千尋に関しては別だった。

あの夜のキスは仲直り——一度きりのキスということ飲み込んだ。

明日香はあの後にたっぷり上書きをしたので、千尋の一番は自分で変わりない。

『玲奈も、千尋への思いを断ち切るために、最後にキスをした』

そう自分に言い聞かせ、明日香は無理矢理納得していた。

だがしかし、踏み込んでくるなら話しは別だ。

千尋の一番は自分。

その事実は誰にも——たとえ、戦友として認めた幼馴染みであっても譲れない。

部屋に戻って明日香は玲奈にカマをかけたが、いつもの調子で軽くあしらわれた。

明日香の脳裏に一瞬『勘違い』という単語が浮かぶが、千尋に《《夜のお相手》》を断られたことで、それは絶対の確信に変わる。


「ごめん、明日香。今日はそういう気分じゃなくて……」

「一回だけ、ね?」

「一回だけでも無理。いいから寝るよ。おやすみ」

「う、うん。おやすみ……」


千尋は机で作業中の玲奈をチラ見し、布団を被った。


「……玲奈さんや、これはどういうことだい?」

「寝ろって言われたでしょ。さっさと寝なさい」


玲奈は振り返ること無く、ノートパソコンのキーを叩き続ける。


「いーよー。こっちこっちは楽しくやらせてもらうから」


ふてくされた明日香はスマホ片手に布団にもぐり、自分のファンクラブ【SUN♡SPLASH】のチャットルールに降臨する。


『千尋に相応しいのはだれ!!!!』

『明日香様です!』

『ちひあすが至高にして頂点』

『でしょ!!!!』

『(千尋と明日香のキスシーン写真①)』

『(千尋と明日香のキスシーン写真⑧)』

『いいねいいね!! どんどん貼って貼って!!』

『今日のお風呂事件について』

『ん〜? BAN希望者かな?』

『ちひあす最高!!』

『太陽には太陽!!』

『うんうん、でしょでしょ!!!!』


〈 Water Bird (若葉マーク)が入室したぞ♪ 〉


『ん? ご新規さん? いらっしゃーい!』

『キャプテンは真実の愛に目覚めた。これからは♡ちひれな♡の時代。あの目はラブラブ間違いなし。貧乳太陽は不要。これからは包容力のある大人の時代。それすなわち、篠原先輩の時代ということ』


〈 名誉会長権限により、Water Bird は追放されたぞ♪ 〉


『ふう。荒しは即追放するよ♪』

『さすが名誉会長!!』

『ちひれなとかw 夢見すぎw』

『だよねー♪』

『ここはちひあすの聖域。邪教徒は不要』

『うんうん♪』


こうして、明日香は夜遅くまでFCメンバーたちと盛り上がっていたのだった。


***


そして今日のプールサイド。

千尋と玲奈の様子は変わらなかった。


「れ、玲奈、ちょっといいかな? この後のメニューだけど——」

「——うん、良いと思う。さすが千尋。頼りになるわ」

「あ、ありがと……」


玲奈は普段通りに振るまっていたが、千尋が玲奈を強く意識していたのだ。


(……なにあれ。まるで付き合い始めた頃の千尋じゃん……)


明日香と付き合い始めた頃の千尋も、今と同じように視線が泳いでいた。

その仕草は全く変わっておらず、明日香の視界に映る玲奈が、まるで過去の自分のように見える。


(ん〜〜〜!! モヤモヤする!!)


そして、三者三様のモヤモヤを抱えながら、その日の練習は終わった。

互いに意識し、互いに牽制して、帰寮する。

ギスギスした空気は流れていないが、部員たちやFCメンバーたちはずっとヒソヒソ話をしていて、三人が落ち着くことはなかった。

そして、一日のルーティンが全て終わり、それぞれが寛ぐ時間——。

玲奈は珍しくデータ整理ではなく、読書をしていた。

千尋はそんな玲奈の様子と、何か言いたげに自分を見ている明日香の視線を感じ、居心地の悪さを覚える。

答えを出さなければならない。

玲奈ためにも、明日香ためにも、そして自分自身のためにも。


「ねえ、千尋」


悶々とした部屋で最初に声を上げたのは明日香だった。

ベッドから起き上がり、千尋のベッドに腰掛ける。

その表情は真剣そのものだった。


「わかってるよね。いい?」

「……うん」


玲奈がぴくりと肩を揺らし、本に視線を落とす。

彼女もまた、この会話の行方を固唾を飲んで見守っているようだった。


「ズバッと聞くけど、玲奈と何かあったでしょ?」


単刀直入な問い。

千尋は息を飲む。

隠し通せることではない。

そして、隠すべきことでもないと思い、正直に打ち明ける。


「……玲奈から、気持ちを、伝えられた」

「やっぱり……」


明日香の声が、わずかに震える。


「それで。千尋はどうするの?」


まっすぐな瞳が千尋を射抜き、答えを求めている。


「玲奈のこと、どう思ってるの?」


千尋と玲奈の肩がピクッと動く。


「私のことさ、一番だって、言ってくれたよね?」


不安と、ほんの少しの詰問の色。

千尋は顔を上げ、明日香の手をそっと握る。


「もちろん。明日香は私の大切な恋人。それは絶対に変わらないよ」


その即答に、明日香の表情がわずかに和らぐ。だが、千尋は言葉を続けた。


「でも……玲奈のことも、私にとって——」


千尋の視線が、玲奈の背中に移る。


「——本当にかけがえのない、特別な人なんだ」


その言葉に玲奈は振り返り、千尋と目が合う。


「チームがバラバラになった時……玲奈が泣きながら自分の弱さを見せてくれたから、私たちは前に進めた。ね、明日香」

「うん、まあ、そうだね……」

「玲奈の支えがなかったら、私も明日香も、スタート台に立てなかったかもしれない」


千尋は再び明日香に向き直り、真剣な眼差しで言った。


「玲奈は——私の大切な人」

「「……」」

「そして……大好きな人、なんだ」

「「ッ——!」」


明日香の瞳が見開かれ、玲奈は両手を口に当て、真っ赤になる。


「もちろん、明日香は大切な恋人。それは絶対」

「……」

「だけど——」


明日香の手を握る両手に力が入る。

これ以上口にするのは恋人への裏切りかもしれない。

口にしたら明日香を傷つけるかもしれない。

また、あのギスギスした関係に戻るかもしれない。

しかし、千尋は自分の心に嘘はつけなかったし、大切な人たちに嘘をつくつもりもなかった。

本音で語り合う大切さを、あの夜に知ったから……。


「玲奈も大切な……一人の恋人として、真剣にお付き合いしたい」


千尋は、自分の心にある答えを言葉にした。

それは、どちらかを選ぶのではなく、どちらも大切にするという、彼女なりの誠実な決断だった。


「……ずるい」


明日香の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「そんなのずるいよ、千尋……」

「ごめん」

「私が一番だって、言ったくせに……っ!」


明日香は千尋の胸に顔を埋め、子供のようにポカポカとその身体を叩く。

だがその拳には、怒りは込められていなかった。


「ぐすっ……っ……玲奈が、千尋にとって、大切なの……わかる、からっ……!」


嗚咽と共に、明日香は千尋の首に腕を回し、その肩に顔を埋めた。


「しょうがないじゃん! 千尋が好きだって言うならっ……!」


それは、完全な肯定ではなかったかもしれない。

けれど、千尋への深い愛情と、玲奈の存在を認めざるを得ないという、苦渋の末の受諾だった。

千尋は泣きじゃくる明日香を強く抱きしめる。

そして、二人を見守ったまま硬直していた玲奈へと、そっと手を伸ばす。


「……いいの?」

「うん」


玲奈は震えながらその手を握り返し、自分の頬に当て、その温もりを確かめる。

三人の間で揺れ動いた心は、一つの形を見つけようとしていた。

それは歪で、不器用な形だった。

しかしそれは、彼女たちだけの、真実の形でもある。

千尋の中で固まった決意。

それは、三人の関係を新たなステージへと進めるための、確かな道しるべだった——。

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