第33話「涙の独白、白波の誓い(下)」
涙が乾ききっていな三人だったが、けじめをつけるために、チームを再生するために動き出す。
三人の表情には、先刻までの絶望の色はなかった。
本音をぶつけ合って和解し、互いの存在を再確認したことで、確かな絆が宿り始めていた。
廊下を早歩きで駆け抜けながら、千尋が二人に声をかける。
「一部屋ずつ、三人で一緒に回ろう。ちゃんと顔を見て、直接伝えたい」
「だね!」
「そうね」
もう三人の間に不安やわだかまりはない。
これまで通り——いや、これまで以上に、阿吽の呼吸で意思が伝わっていた。
コンコン——。
最初にノックしたのは、二年生エースにして、メドレーリレーの柱の一人、藤原詩織たちの部屋だった。
「藤原さん、遅くにごめん。堂島だけど、いいかな?」
「はい……って、副キャプテンに、篠原先輩も……? どうしたんですか、こんな時間に」
訝しげな顔をする詩織と、その後ろで不安そうに様子をうかがう同室の部員たち。
その表情には、今日の敗北とチームの不和に対する戸惑いが色濃く浮かんでいた。
千尋たちは、改めて自分たちの愚行を恥じる。仲間たちに、ずっとこんな顔をさせていたのかと——。
千尋は頭を下げた。
明日香と玲奈もそれに倣い、頭を下げる。
「夜遅くにごめんね。大事な話があるから、今から全体ミーティングを開きたいの。急で申し訳ないけど、今からミーティングルームに集まってほしいんだ。お願い」
千尋の真剣な眼差しと頭を下げる二人の姿に、詩織たちは息を呑む。
ただ事ではない——全員がそう感じ取った。
「……わかりました。すぐに行きます」
「ありがとう。私たちはこれから全員に声を掛けて回るから、ちょっと待っててね」
「はい、わかりました」
三人は他の部屋も一部屋ずつ丁寧に回っていった。
驚く後輩、心配そうな顔をする同級生、厳しい視線を向ける部員たち——反応は様々だったが、キャプテン、副キャプテン、チーフマネージャーである三人が揃って頭を下げて呼びかける姿に、誰もミーティングを断ることはできなかった。
やがて宿舎のミーティングルームには、戸惑いと緊張の面持ちで、全ての部員が集まっていた。ざわめきの中、千尋、明日香、玲奈が前に進み出る。
シン——と、部屋が静まり返った。
全員の視線が、三人に集中する。
千尋は集まってくれた部員たちの顔を一人ひとり見つめ、深くて長い息を吐き、意を決して深く頭を下げた。
部員たちの表情には困惑の色が浮かんでいた。
呼びに来られたときにも頭を下げられたが、こうして何度も頭を下げられると、疑念よりも困惑が強くなってくる。
「みんな、夜遅くにごめんなさい。そして……今日の試合、本当に申し訳ありませんでした!」
その声は震えていたが、はっきりと部屋中に響いた。
「今日のリレーでの敗北、そして、チーム全体の不甲斐ない結果……その全ての原因は、私たち三人の未熟さにあります」
千尋は顔を上げ、涙を堪えながらも、まっすぐに部員たちを見つめた。
「私たちの個人的な感情の問題でチーム全体の雰囲気を悪くし、みんなに不安な思いをさせ、そして——『白波』としての誇りと伝統を傷つける結果を招いてしまいました。キャプテンとして、チームをまとめきれなかった私の責任です。本当に、ごめんなさい!」
再び、深く頭を下げる千尋。
その隣では、明日香と玲奈も、涙ながらに頭を下げていた。
明日香は拳を握りしめ、勇気を振り絞って口を開く。
「私のせいで、チームの足を引っ張りました。副キャプテンとして失格です。本当に、ごめんなさい!」
続けるように玲奈も口を開く。
「私も、自分のやり方だけを信じて、周りが見えていませんでした。チームを支えるべき立場の私が、逆にチームを混乱させ、疑心暗鬼にしてしまいました。申し訳ありません!」
リーダーである三人の、心からの謝罪。
最初は戸惑っていた部員たちも、その本気の涙と言葉に徐々に表情が和らいでいく。
所々から、すすり泣く声が聞こえ始める。
千尋は顔を上げて涙を拭うと、決意を込めて言った。
「私たちのせいで起きてしまった敗北は覆りません。本当にごめんなさい。それでも——私たちは、このまま終わりたくない!」
その声には、力が戻っていた。
「私たち三人は、さっき、本音でぶつかり合いました。そしてもう一度、三人で手を取り合うことを誓いました。みんなとも、もう一度、心を一つにして戦いたい。明日のレースで、今日の悔しさを、絶対に晴らしたい——!」
千尋は明日香と玲奈の手を握り、お互いに頷く。
「お願いします! もう一度、私たちを信じてください! もう一度、『最強の白波』を取り戻すために、チームの力を貸してください!」
その魂の叫びは、部員たちの心に確かに届いた。
「キャプテン——!」
「朝倉先輩——!」
「篠原先輩——!」
誰からともなく声が上がり、やがてそれは大きな波となっていった。
「当たり前じゃないですか!」
「信じますよ! 何度でも!」
「明日、絶対に勝ちましょう!」
「白波魂を見せつけてやります!」
涙は、いつしか決意の光に変わっていた。
不安と沈黙に支配されていたミーティングルームは、熱気と希望に満ち溢れていた。
千尋は、明日香と玲奈と顔を見合わせ、力強く頷き合う。
そしてもう一度、一人ひとりと目を合わせ、感謝と謝罪を込めて最大限のお辞儀をする。
「みんな、ありがとう!」
千尋は涙声で叫んだ。
明日香は元気よく「えいえいおー!」と拳を突き上げ、音頭を取る。
「明日、絶対に勝つぞ! 白波ーーー!!!」
「「「オーーーーッ!!!」」」
深夜の宿舎に、白波女子学園水泳部の力強い雄叫びが響き渡った。
壊れた絆は、リーダーたちの涙の謝罪と本気の誓いによって、以前よりもさらに強く、固く結び直された。
悪夢のような一日は終わりを告げた。
白波女子学園水泳部は、夜明けと共に訪れるであろう『再生』への確かな一歩を、チーム全員で踏み出したのだった。




