第2話「お昼はいつも争奪戦!」
昼休みのチャイムが鳴り終わるより早く、購買前には黒山の人だかりができていた。
パンの香りと笑い声。学園名物『購買戦争』である。
カウンターでは、白エプロンを下げた10人の店員たちが神業の如く動いていた。
「ちょっと出遅れたわね……」
玲奈は肩でため息をついたが、その横を明日香が駆け抜けていく。
「千尋っ、急いで! 今日の限定は“白波サンド”だよ!」
「え、あれって十個しかないから、もう——」
「だいじょぶ! ファンクラブに『千尋が好きなパンはこれ!』って拡散しといた!」
「バカ明日香、なんてことしてんのよ、あんたは——!」
玲奈のツッコミが届く前に、購買前の人だかりに亀裂が入り、千尋の前だけが綺麗に開けられる。まるで、大海に一筋の道が出来るように……。
「堂島先輩っ、列あけましたぁ! お早くっ!」
「ありがとう。でも、順番は守らないと。気持ちだけ受けとっておくよ」
「そういうところが大好きですぅ——!」
千尋が隙間に入るより早く、その声と隙間は埋もれていった。
カシャ!
喧噪の中、スマホのシャッター音。
玲奈がスマホを向けてきている女子の前に無言で出る。
「撮影禁止。ここは練習場じゃないの」
「ひぃっ、玲奈先輩……っ!」
一瞬でスマホが引っ込み、その女子は足早に去って行く。
千尋が苦笑して玲奈の肩を叩く。
「ごめんね玲奈。ありがとう」
「キャプテンを守るのが私の仕事だから」
玲奈が誇らしそうに笑顔をみせるが、明日香はやれやれと言った様子だった。
「ちょっと怖くね。いいじゃん、写真ぐらい」
「駄目よ。こんな人混みでみんなが千尋と写真をーとか言ったらどうするつもり? 危ないでしょ。明日香、あんたが変なことを流したせいで待ち伏せられたのよ」
「あー、はいはい、すんませんでしたー」
「もういいいよ玲奈。明日香も悪気があってしたわけじゃないと思う」
「はあ。千尋が明日香をそうやって庇うからこの馬鹿は——」
「玲奈も私を大切に思ってくれてるから怒ってるんだよね。今はそれでいいよ」
千尋が玲奈の手をぎゅっと握り、うんうんと頷く。
「……いっつもこう。いいわよ、今はパンの確保が最優先だから」
「ツンデレ」
明日香が小声で呟き、玲奈がじろりと視線を刺す。
「なにか言った?」
「なにもー。玲奈は素直でおとなしいお嬢様だなーって思っただけだよー」
そんなやり取りをしばらく続けていると、いつのまにか人混みが消えていた。
千尋たちはガラガラのショーケースに向かい、残っているものを探す。
「んー、今日はカレーパンかメンチカツパンのみ……どっちもどっちだね」
「あ、千尋さん」
千尋たちが悩んでいると、若い女性店員の一人が声をかけてくる。
「堂島さん、あの、これ……」
「これって、白波サンド? 売り切れなんじゃ……?」
「あ、えっと、堂島さんがこれを好きだって聞いて……店員特権で確保しときました!」
他の店員は苦笑いをしているが、その店員だけは澄み切った笑顔で胸を張っていた。
そこには、ファンクラブのピンバッジが誇らしげに留められている。
それを見た千尋は遠くを見つめ、明日香は誇らしげに頷き、玲奈は頭を抱えたのだった。
***
前庭では多くの生徒がちらばり、芝生の上やベンチで楽しそうに昼食をとっている。
千尋たちも春の日差しが気持ちいいベンチに座る。
「これ、どうする?」
千尋の手には限定10個の白波サンドが握られていた。
しっとり三角食パンにチョコミントのクリームがサンドされ、色とりどりのフルーツが盛られている、幻の白波サンド。
想い人と分けて食べると必ず結ばれるという、白波女子全員のあこがれのサンドイッチ。
パンの上には、分け合って食べられるよう、木のナイフが刺さっている徹底ぶり。
千尋はそれぞれのパンを頬張る二人を見てため息をつき、ナイフで三つに切り分ける。
「はい、明日香、玲奈」
「ん? いいの?」
「……私も?」
「いつもお世話になってるからね。食べたことないし、みんなで食べようよ」
「うん、ありがとー」
「ありがとう、千尋」
明日香はぱっと受け取り、玲奈はゆっくりと受け取る。
「じゃ、千尋、んー」
明日香は小さく切り分けられたサンドを口にくわえ、千尋に顔を突き出す。
「いいよ。いただきます」
「ん!」
明日香の口にくわえられたサンドはどんどん千尋の口に消えていく。
やがて唇と舌が重なって動きが止まる。
二人の目は嬉しそうに輝き、顔がゆっくりと離れていく。
そして今度は千尋がサンドを加え、明日香が食べ進めていた。
「……バカップル」
玲奈は口移しでいちゃつく二人を横目に、自分のサンドをちびちびと口に運ぶ。
その指と口の動きは、そこに誰かの温もりを求めているようだった。




