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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
3章:崩壊へのプレリュード

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第28話「壊れたチームワーク」

千尋の練習での日本記録更新から数日。

都予選は刻一刻と迫っていたが、白波女子学園水泳部の空気は重く、冷え切っていた。

原因は明白だった。

副キャプテンである朝倉明日香の深刻なスランプと、それに伴うチーム内の不協和音。


「はぁっ、はぁっ……くそっ!」


タイムアタックを終えた明日香は、壁を叩きつけんばかりの勢いでタッチし、水中で悪態をついた。

電光掲示板に表示されたタイムは、昨日よりもさらに遅い。

もはや、Sチームはおろか、Bチームのレギュラーメンバーにも劣るレベルだった。

プールサイドでデータを確認する玲奈は、そのタイムを無感情で記録すると、何も言わずに次のメニューへと視線を移す。

まるで、明日香の不調など存在しないかのように。

その冷徹なまでの無視は、明らかに意図的なものだった。

他の部員たちはどう反応していいのかわからず、遠巻きに見ているだけ。

今の明日香にはムードメーカーとしての面影はない。

そんな焦燥感と苛立ちを隠せない明日香に、誰も声をかけられずにいた。


「明日香、少し休憩しよ?」


インターバル中、千尋が意を決して声をかけた。

しかし、明日香は首を振り、千尋の目をまともに見ようとしない。


「平気。次、行ってくる」

「明日香……」


その拒絶のオーラは、千尋に痛いほど届いていた。

キャプテンとして、恋人として、何かをしなければならない。

そう思うのに、言葉が見つからない。

あの夜の練習で気持ちが通じ合い、お互いに笑顔になった記憶が嘘のように感じた。

玲奈も、以前のように明日香を叱咤するでもなく、ただ自分の仕事に没頭している。


(どうすればいいの……? 私が、どうすれば……)


千尋は、バラバラになったチームの中で、ただ一人、立ち尽くすような無力感に苛まれていた。

重い空気の中で行われた練習。

美沙顧問の檄が飛び、玲奈の的確な指示が飛ぶも、波に乗り切れない部員たち。

そんな空気の中で時間は進み、練習は終わる。

部員たちが帰り支度を始める部室。

軽い談笑は聞こえてくるが、いつものような活気はそこにはない。

明日香は誰とも言葉を交わさず、黙々と荷物をまとめていた。


「明日香」


千尋はそっと明日香の隣に立った。


「今日の練習……きつかったね。少し、話さない?」


その瞬間、明日香の中で何かが切れた。


「……話すことなんて、ないよ」


千尋の顔をまともに見られず、その優しい声を聞くと心が痛んだ。

その声の主を考えないようにして、帰り支度を再開する。

しかし、その声の主は諦めなかった。


「最近、ずっと無理してる。私でよければなんでも聞くから……」


千尋の手がそっと明日香の肩に置かれる。


「無理なんてしてない!」


肩の手が振り払われ、怒声が響く。

部員たちの動きが止まり、視線が一斉に集まる。

明日香が顔を上げた。

その瞳は涙で潤み、怒りと悲しみが入り混じった複雑な色をしていた。


「千尋にはわかんないよ! 私の気持ちなんて!」

「明日香……」

「だって、千尋はすごいもん! どんな時だって結果出すし! 私みたいに溺れたりもしない!」


その言葉は、憧れではなく、嫉妬と絶望の色を帯びていた。


「そんなことは——」


千尋が言いかけた言葉を、明日香の叫びが遮った。


「もうチームには私より、玲奈の方が必要なんでしょ!!」


涙が、明日香の頬を伝って床に落ちる。


「データがあって、冷静で、千尋のことを一番分かってる玲奈がいればそれでいいんでしょ!?」

「……」

「私みたいなただうるさいだけの脳筋なんて、もういらないんでしょ!?」


部員たちが息を飲んで二人を見つめている。

だが、明日香の目にはもう、千尋しか映っていなかった。

その瞳は、責めるような鋭さを持ち、千尋を捉えて離さない。

向けられたことのない視線に、千尋は言葉を失う。

その言葉を否定したかった。

そんなことあるはずない、明日香が誰よりも必要だと伝えたかった。

あの夜に伝えた気持ちは本物だし、偽りのない本心。

しかし、あまりにもまっすぐな明日香の悲痛な叫びを前に、声が出ない。

誰も気付かない。

更衣室のドアがわずかに開き、途中で止まっていたことに。

ドアの向こう側。

廊下の影では、玲奈が立ち尽くしていた。

美沙顧問とマネージャー組で現状について話し合いが行われており、マネージャー組は遅れて帰ってきたのだ。

そして——明日香の叫びの全てを聞いてしまった。


『もうチームには私より、玲奈の方が必要なんでしょ!』


その言葉が、玲奈の胸に深く突き刺さった。


(違う……私は、そんなつもりじゃ……)


玲奈は、千尋の隣に立つために、千尋を支えるために、『完璧なマネージャー』であろうとした。

それが千尋の支えになり、チームの支えになると信じていたから。

だが結果的に、明日香の感情を無視し、データと理論だけを突きつけた。

その結果が、これだった。

自分が信じた『正しさ』が明日香をここまで追い詰め、チームを壊している。その現実が、玲奈の目の前に突きつけられたのだ。


(私が……チームを……壊した……?)


玲奈の顔から血の気が引いていく。

タブレットを持つ手が震え、カタカタと音を立てた。

足元がおぼつかず、壁に手をつかなければ立っていられない。


「篠原先輩!?」


後輩マネージャーが玲奈を支え、オロオロする。


「……」


玲奈の口から言葉は出なかった。

自分の正しさが招いた残酷な現実が、その肩に重くのしかかる。

玲奈は、深い絶望の淵へと、突き落とされるように感じていた。

室内では、感情があふれ出して泣きじゃくる明日香を、千尋がただ抱きしめている。

玲奈にはわからなくなった。

なにが正しくて、なにが間違っているのか。

壊れてしまったチームワーク。

三人の関係は、これまでにないほど深く、深く、傷ついてしまった。

そして、部員たちもまた、その混乱に巻き込まれる。

バックを落とす者、歯軋りをする者、もらい泣きをする者——それぞれに深い共感を示し、揺さぶられていた。

都予選を目前に控えた白波女子学園水泳部は、今ここに、最大の危機を迎えていた。

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